第18話 書店員から一言って、あるじゃない。


 翌日。


 放課後の空き教室のできこと。


「書店員から一言って、あるじゃない。

 アレを見て、私も自分の文章力を試してみたくなったのよ。

 どうかな、上手く描けてるかな?

 この本の魅力がちゃんと伝わってるかな?」


 ツウピースって言ってもジグソーパズルで使うピースのことじゃないよ。


 ピザのことだよ!? ピザって1ピース、2ピースって数えるんだよ。


 面白いですね、うふふ。


「面白くは書けているけど、これは一口メモじゃないなくて、大喜利じゃないか?

 ツウピースの面白さはそこじゃないないだろう」


「そうかな? あまり漫画を読まないヒトの興味を惹く内容だと思うんだけどな」


「俺なら『イタリア人もビックリするほどピザについて詳しく描かれた漫画です。 一読の価値あります』」と書くね」


「なるほどね。いたって普通の文章力ね。

 何の面白みもないわね」


 ちなみ『ツウピース』とは、世界一のピザ職人を目指して奮闘する熱血料理バトル漫画だ。


 紅茶を飲んで一息ついた後。


 俺は背もたれに体重を預けながら


「なあ理沙。幸せって、なんだろうな。

 不幸というわけではないが、とりたてて幸せともいえないという漠然とした虚しさは、多くの人が抱いていることじゃないかな」


 つぶやくと理沙は、膝をちゃんとそろえ、美しい座り方の見本ともいえる姿勢まま。


「確かにそうかもしれないわね。

 女の幸せは『結婚』だなんて言われるけど……私はそうは思うわないわねぇ。

 結婚すれば幸せになれるなんて『幻想』よぉ。

 時代錯誤もいいところだわぁ」


 不機嫌な表情を浮かべて、髪をいじりながら叫び声を上げた。


 足を包む黒のオーバーニーソックスも、いつも通りに脚線美を飾っているな。


「結婚は人生の墓場なんていうセリフも有名だし、結婚することが必ずしも幸せとは言えないけど……それでも俺は……結婚はステキなモノだと思うな。

 夢は見るモノじゃなくて『見せる』モノだからさあ」


「見かけによらず龍一って、ロマンチストよねぇ。

 まあ、そういう考え方は嫌いじゃないんだけどねぇ。

 夢は見るモノじゃなくて『見せる』モノ。うん、とてもいい言葉だわぁ」

  

「ロマンチストじゃなかったら、面白い小説は書けないだろう。

 小説家はみんなロマンチストなんだよ。

 イラストレーターだって、ロマンチストな人たくさんいるだろう」

 

「クリエイティブな仕事をしている人間は、みんな想像力豊かだもんねぇ。

 夢見がちで、乙女チックで、ロマンチストな人が目指す職業だもんねぇ。

 別にリアリストがダメというわけじゃないんだけどねぇ。

 リアリストでもステキな絵を描いているヒトはたくさんいるわぁ。

 一番大切な『好き』って気持ちだと思うからねぇ」


「一概には言えないけど『自分の好きなことを仕事にできるって』やっぱり幸せなことなんだと思うな。

 もちろん、辛いことも苦しいことも、逃げ出したくなったことも、たくさんあるけど……不幸だと感じたことは一度もないな。

 俺にとっての一番の幸運は『理沙』と出会えたことかな。

 誰かを妬ましく思う前に努力しなきゃいけないなんて、理沙と出会っていなかったら考えもしなかったから」


 理沙は自分の胸に手を当てて


「それは私も同じよ。

 イラストレーターを目指して本当によかったと思わっているわぁ。

 龍一とも出会えたしねぇ」


 とても柔らかな笑みを浮かべた。


 そして理沙の方から顔を近づけると、唇を重ねてきた。


 唇と唇が一瞬、触れ合うだけの軽いキスだ。


「これからもよろしくな」


「ええ、こちらよろしくお願いいたします」


 お互い立ち上がって握手を交わした。


「くノ一って、なんかエロいよな。

 忍者を題材とした作品も一度くらいは書いてみたいな。

 伊賀とか? 甲賀とか? 響きがカッコいいもんな」


 俺は理沙に話しかける。


「くノ一の服装は、色香で男を油断させたり、誘惑したいるすため露出が多くなっているって聞いたことがあるわぁ。

 特に幻惑や魅力の術を使う際に都合がいいみたいねぇ。

 忍とは元来『駒』のようなものだからねぇ。

 道具モノのように扱われることが多いわぁ」


 楽しそうに話すたびに、理沙の豊満な胸が大きく揺れる。


 小柄なカラダにはそぐわない乳房は実に豊満で、ブラウスが弾けとんでしまいそうだな。


「なるほどな。薬学の知識とかも豊富なだろうな。

 西洋では魔女。日本ではくノ一みたいな。

 くノ一は闇に生きる女の象徴だな。

 きっと『あらゆる苦痛に耐える』ための厳しい修業とかしてるんだろうな」


「そうねぇ。

 非力な女にとって毒は、野蛮な男に対抗するための手段として、用いられたのかもしれないわねぇ」


 理沙は肩に流れ落ちる髪のひとふさを掻き上げ、小さくうつむいた。


「まあ理沙の場合は、毒なんて使わないでも反則級に強いけどな。

 素手で戦車を壊せるぐらいの強さはあるもんな。

 まさに『チートキャラ』だよな」


「私は漫画のキャラクターじゃないんだから、素手で戦車を壊せるわけないでしょう。戦闘用アンドロイドか? 何かと勘違いしてるんじゃないの。

 私はただの人間よぉ。常識的に考えなさい。

 龍一ってぇ、時たまヘンなことを言うわよねぇ」


「理沙が本気を出したら戦車くらい簡単に壊せると思うんだけどな。

 割りとマジで。戦車って割と装甲が薄いだぜ」


「それでどこ情報よぉ」


 顔面を捉える飛び膝蹴りをかわし。


 股間に食い込む淡いブルー下着がチラリと見え。


 思わずその部分を凝視してしまったが、凄まじい殺気を感じ。


 俺は慌てて顔をそむけ。


「某ネット掲示板で見た」


「それ絶対にデマ情報よぉ。だいたい素手で戦車を壊せるなんて話し……聞いたことがないわよ。

 今日日、小学生だって信じないわよ」


「理沙の拳は金剛石を砕くからな」


「金剛石ぐらい誰でも砕けるんじゃないのかな」


「ぐはぁっ!?」


 顔面に鋭い拳がクリティカルヒットし、膝をついて、その場に崩れ落ちた。


「あっ!? でも勘違いしないで欲しいんだけど。

 無駄な時間なんて思ったこと一度もないわぁ。

 私、龍一と話の大好きだもん♥」


 背中を強く踏みつけながら、理沙はまるで俺の心を読んだとしか思えない叫び声が飛んできた。


「俺も理沙と話すの大好きだよ。色々な発見があるからな」


 床に突っ伏すまま答えた。

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