第3話 新生活は不安と期待に満ちている

 屋敷に入るとレイは、すぐにシャワーを浴びに行ってしまった。


 レイはお風呂好きだ。


 最低一日3回はお風呂に入るほどだ。


 しかも長風呂だ。


 これらの情報は、直接本人から聞いたモノだ。


『理沙視点』


「ねさま、お姉様……」


 深いまどろみの中から、声が聞こえてきた気がしたわぁ。


 カーテンが開けられているのか、秋の差しが、ほんのりとカラダに染みこんできて暖かい。


 それにどこか安心するような、ホッとするような匂いまで漂ってきて、眠気を誘う。


 だが、心なしか? そんな安眠を妨害するようにカラダを揺さぶられ、それに身を任せていると、徐々に頭が覚醒していく。


「お姉サマ。クロネコを連れてきましたよ」


 その所為で、先ほどから耳に入ってくる声がはっきりと聞こえるようになってきた。


 どうやら、妹が起こしに来たみたいね……。




『龍一視点』


「お姉サマ。クロネコを連れてきましたよ」


 薄暗くてよく見えなかった室内の異変に、俺はようやく気づいた。


 床には衣類が足の踏み場もないほど散乱していたのだ。


 よく見ると、それは制服だとわかった。


 その他にも、秋物の私服が無造作に脱ぎ捨てられていた。


 そしてブラジャーやショーツなど、カラフルな下着がばらまかれた床は、デートに着ていく服で悩んでいる年頃の女の子の部屋よりも散らかっているように見えた。


「お姉サマ。またこんなにも部屋を散らかして」


 身をよじりながら理沙が目を開ける。


 寝起き特有の、どこか色っぽいトロンとした眼つきで真愛美ちゃんを見上げて


「もう、うるさいなわねぇ。

 今日は休日なんだから、もう少し寝かせてよね」

 

 「また、そんなはしたない恰好で」


「だって、暑いんだもん。

 それに胸がしめつけられて苦しいんだもん」


「クロネコ。お姉サマをいやらしい目で見るな。汚らわしい」


 シルク独特の光沢のあるパジャマが、ふくよかなカラダを覆っていた。


 ボタンの開いた胸元からは、豊かな胸の谷間が覗いている。


 峡谷きょうこくだった。


 顔をうずめたら窒息しそうなほど、たわわで窮屈な谷間だ。


「見てねえよ。

 だいたいこの部屋……散らかり過ぎじゃないか。

 その、なんだ……。

 目のやり場に困るんだけど」


「今、龍一の声がしなかった?」


「お姉サマ、お忘れですか?

 今日は神村龍一という無礼極まりない男が来る日ですよ。

 それから言いにくいんですけど、もう12時を過ぎてますよ。

 そろそろ起きてください」


「えっ!? 嘘……もうそんな時間。

 昨日は興奮して眠れないから、まなちゃんにレモネードを作ってもらったところまでは覚えてるんだけど」


「犯人はオマエか」


「てへ?」


「着替えるから、二人とも部屋から出っていきなさい」


 部屋から追い出された俺たちは、屋敷の二階にある当主の部屋を訪れていた。


 これからお世話になるので、その挨拶をするためだ。


 ちなみに右隣は書斎である。


 扉を叩き、返答を待ってから真愛美ちゃんが扉を開いた。


「失礼します」


 入りながら言った真愛美ちゃんに、すぐに声がかかった。


「ああ、そこに掛けて待っていてください」


 しかし、声の高さというは発音というか、とにかくイントネーションが変だった。


 日本人とは思えないほど、透き通るようにキレイでやさしい声だった。


 首を傾げつつ、真愛美ちゃんに続いて部屋に入った俺は、ふと小学生のときに見たことのある校長室を思い出した。


 接客用のソファ一式に、奥に窓際に大きな事務机。


 だが、その前に座っているのは、ちょびひげ生やした剛胆な男ではなく。


 鮮やかな赤い髪をした女の子が事務机に腰を下ろし。


 髪に似た色のネクタイが付いたセーラー服に、真っ赤な小さめのヒールを履いた脚をゆらゆらと振り子のように揺らしながら真昼間から仕事もしないで、一升瓶をぐびぐびと飲んでいた。


「幼女が事務机に腰を下ろして、日本酒を飲んでいる……なんだこの異様な光景は」


「ちょっと、クロネコ。

 思っていることが、そのまま口から出ているわよ」


 慌てて口を押える。


「あんな見た目をしているけど。

 とうに100歳を過ぎたババアだから、騙されちゃダメだよ」


「マジかよ。冗談とかじゃなくて……」


「ええ、冗談でも嘘でもないわ。

 現当主である『ルリエール・ド・ビクトエール』の異能である『惰眠』は、とても恐ろしい能力よ。

 怠ければ怠けるほど、欲しているモノを引き寄せる力があるよ」


「まさか? その力で……あの美貌も手に入れたというのか?

 それが本当なら、確かに恐ろしい力だな」


 などと話していると、ルリちゃんのカラダが黄金色に光り輝き。


 今度は高級赤ワインとグラス。


 さらに高級チーズが事務机の上に出現した。


「まるで奇跡のみわざだな。

 後光すら見えてくるぜえ」


「なんど見ても驚きの光景よね」


「うるさい。

 ルリたんは、ねぇ……ひっく……。

 源ちゃんから~~~この屋敷を……ひっく……任される、くらい……と~ても~~~とても~~~偉いのよ」


 源ちゃんとは、おそらく姫川 源三郎のことだろうな。


「もう、酒臭いな。近寄らないでくださいよ」


「相変わらず真愛たんは口がわ……~~~スヤスヤ……」


「おい、話の途中で寝やがったぞ。

 どうすんだよ。コレ!?」


「もう仕方ないわね」


 真愛美ちゃんは慣れた手つきで、当主??? を二人掛け用のソファに寝かせるとタオルケットまでかけてあげるという気遣い上手な女子だった。


「さあ、行きましょう。

 挨拶は終わったわ。

 もうここに用はないわ」


「仮にも現当主なんだろう。

 雑に扱い過ぎじゃないか」


「いいのよ。妾は次期当主でメイド長だから」


 俺の話もまったく聞かず、真理亜ちゃんは部屋を出ていってしまう。


++++++++++++++++++++++


「最後に1階の右奥の部屋だけは、絶対に入っちゃダメだからね。

 ふりじゃないからね。

 説明は以上。

 わからないことがあったら、近くにいるメイドにでも聞きなさい」 


 一通り館内を見て回ったところだ。


 真理亜ちゃんの案内はとてもわかりやすかったけど。


 聞いておきたいことが一つだけあった。


「一つ質問もいいかな」


「まだ、何かあるの?」


 自分の部屋に戻ろうとしていた真愛美ちゃんは、うっとうしそうな声を上げて、こちらを振り向いた。


「妾はいろいろと忙しいだけど。

 用件があるなら、手短に言いなさい」


「お風呂の時間とかって決まってるのかな。

 ほら、ばったり鉢合わせになったら大変じゃない」


「そうね。

 みんなが寝静まった夜10時以降かしらね」


「わかった。

 夜の10時以降だな」


「あら、意外と素直じゃない。

 まさか、お風呂の残り湯を飲むつもりじゃない……」


「飲まねえよ。

 普通そんな心配しないだろう」


「だって、クロネコって、救いようのない変態じゃない」


「これ以上、真愛美ちゃんに嫌われたくないから、確認しただけだよ。

 あと『フラグ回避』の意味もあるかな」


「まあ、いちよう信じてあげるわ」


 真愛美ちゃんとレイと別れて俺は自室に向かった。


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