不思議な部屋と奇人達
『話があるから付いて来て』そう言われ一緒に行く様な奴はそうそういないだろう。
なにせ知らない人に付いていくななど、幼稚園児の頃に習うはなしだ。そうでなくても高校生にもなって、例え同い年であろうと見ず知らずの人に言われて付いていくことなどしないはず。
だが…………、
「じゃあ少し待ってくれる? 写真も送り終えたから、後は電話で細かい位置を伝えるから」
先ほどの廃ビルから少し歩き、俺達はゴミ置き場の前へとやってきた。
今日はゴミの日となっているが、朝の内にゴミは全て回収してくれており、黄色シールが貼られた古い食器棚のみ置いてあった。
そんな辺りの風景を、スマホで何度か撮影し誰かに送った彼女は、そのまま電話をし始めた。
まだ名前も聞いていない相手に付いていくのは愚作かも知れない。だが、謎の存在について、彼女が放った何かについてなど知りたい事が多くある。
それになぜか彼女は信用できる様な気がする。人を疑うのが下手だと言われた事もあるが、彼女を疑う気にはどうしてもならないのだ。
「――繋がったのね。分かった、じゃあさっきも言った通り連れて行くわね」
会話が一段落つき、彼女がスマホを胸ポケットに入れる。そして他に誰かいないかとキョロキョロと辺りを見渡した。
「待たせてゴメンなさいね。それじゃあ付いて来て」
そう言うと彼女は、置き去りにされていた食器棚の下に付いてある扉を開くと、何の迷いもなく入って行った。
……………………えっ?
訳が分からないでいると、ヒョッコリ顔だけを出してこっちを見てきた。
「ほら早く来て。誰かに見らると面倒な事になるから」
「えっ、はっ、はい!」
よくは理解できないが、ここまで来たなら行くしかない。そう思い食器棚の前に立つと、扉の向こうにあり得ない光景が広がっていた。
「なっ、なんですかこれはッ……!」
「それについても説明するから、取り敢えず中に入って」
言われるがまま、俺は食器棚の中に足を入れる。頭をぶつけない様、下げて体を入ると、目には刺繍が美しく施された絨毯が写った。
俺は今見た光景をもう一度確認するため、頭を上げ辺りを見渡す。
そこは薄暗い食器棚の中ではない。
吊るされたシャンデリア、アンティークな家具の数々、高価そうなグランドピアノと言った様に、まるで洋館の一室が広がっている。
そして渋いソファーには壮年の男性。そしてラタンの椅子に、黒のジーンズを履いた男らしい女性が座っていた。
その男性は、明るい表示でこちらを見るとゆっくりと立ち上がり、軽い足取りでこっちへと歩きながら出迎えてきた。
「いやぁ
丁寧で、それでいて紳士的な彼は、さっきの彼女の事を藍染と言い、そして俺へと話を振った。
「あっはい! さっきはその、藍染? さんに助けられまして……、あっすいません名前の方が先ですよね、えっと」
「まぁまぁ落ち着いて、いっきに話そうとしなくと良いから。それにその様子だと、まだ名前も何も聞いていないようだね」
少し困った様にアハハと笑うと、少し咳払いをした。
「それじゃあ先に少し自己紹介をさせてもらうよ。僕は
手を前にスッと差し出されたので、俺はそのまま握手をしながら自分も挨拶をした。
「えっと、自分は麻桐京馬です。今は高校の二年生です」
「なるほど麻桐くんか、丁寧にありがとね。それと自分なんて堅苦しくしないで、普通に俺とか僕とか使ってくれていいからね」
ほんのちょっと口を交わしただけで分かった。俺はよく鈍感だとか言われるが、これは間違いなく好い人だ。
「にしても藍染くん、君は何で名前すら教えないのだね。全てここで話した方が早いかもしれないけど、名前くらいは先に言おうね。相手も不安になるから」
少したしなめる様に言われているが、それでも一切として表情を崩さない、驚く程の無表情だ。
そしてその無表情のまま、ゆっくりと口を開いた。
「
……短いッ! そう思ったがそこをツッコミとややこしくなりそうだったので特に触れない様にした。
一応これで俺を含めた三人はすでに自己紹介は終わった。残りはもう一人だけだ、そう思い視線を向けると、こちらに無関心にパックジュースをストローで飲んでいた。
三人が目を向けている事に気づくにはかなり間があったが、ハッとこちらが目に入ると、手に持ってたジュースを机に置き。スッと立ち上がった。
「えー、オホン。私は
女性にしては少し低めの声で、さらりと宣伝を交えながら、柔らかい表情で挨拶をしてくれた。
「よし、これで名前は把握できたかな。あと一人いるのだけど、さっき電話したらまだ寝てたらしいから、彼についてはまた会った時にでも紹介するよ」
狭間さんはそう言うと手招きしながら、ソファーへと戻って行った。きっと俺にも座れと言ってるのだろう。
おそるおそる向かいにあるソファーに座ると、俺は肩に提げていたカバンと、手にしていたバックをゆっくり降ろ…………、
「あっ! しまった、あの人のバックそのまま持ってきてる!」
しまった、完璧に忘れていた。そもそも引ったくりを捕まえてバックを返すのが目的だったのに。
犯人が人じゃなかったり、頭ぶち抜いたり、食器棚の奥が古びた洋室だったりとあって頭からすっぽり抜けていた。
どうしようかと焦っていると、キョトンとした目で狭間さんがこっちを見ていた。
「そのバック、もしかして間違えて持ってきたのかい? それとも何か事情でも?」
「えっと、これなんですけど……、引ったくり犯が盗んだ物でして。それがその引ったくり犯が人間じゃなくてでして……」
説明しようとしても、どう話したら良いものかと、しどろもどろになってしまう。
説明しあぐねていると、何か察しが付いた様子で、あぁ……、と短く声を漏らした。
「もうしかしてそれは盗品で、それを取り返したのを今麻桐くんが持ってるって事かな?」
「…………ッ! そうです、そういうことです! スゴいですね、よく今ので理解を」
「まぁ、一応こっちが追ってる件もあってね。じゃあそのバックはこっちで返却しておくよ、多比良くん頼んで良いかな?」
「良いよ、私は話し合いに向かないからね。こういうのは頭が切れる組に任せておくよ」
「じゃあ、はい」と手を出されたので、俺は多比良さんにバックを渡す。
するとそのままタンスに向かうと、上から二段目、ちょうど真ん中の段を開け、その中に飛び入った。
――――って、え! あれの中に入るってどうやったの!?
そもそもこの空間に来てる時点で、今さら驚く事でもないかもしれ素直に驚いてしまう俺である。
他二人はというと、当然驚く事もなく普通な態度をしていた。
「それじゃあ麻桐くん、聞きたい事も色々あるだろうけど、まず最初に何を聞いておきたいかい?」
柔らかな雰囲気はそのままだったが、少し前屈みになり、こちらをジッと見つめている。
まず最初に何か、それこそ聞きたい事が山程あるのは確かだ。だがなによりも一番最初に聞きたい事は――
「――あの俺が出会った人間の形をした黒い物体。あれは何なのですか?」
はやりそれかと思った様に、狭間さんは少しニヤリとした笑みを浮かべた。そして「今から言うのは冗談じゃないよ」と前置きしてから俺の質問にゆっくりと答えた。
「あれは俗に言う異能力で作られた存在だ。そして僕や君を含めたここにいる全員も、異能力者だ」
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