ヒガンウタ

塚野 夜行

序章

 人類のすべてがこの星から去り、妖怪がこの世の支配者となるとは誰が想像できただろうか。

 いつからか、号令もなしに始まった人類と妖怪の闘争。互いが互いの存在を否定し続ける戦いに、先に音を上げたのは人間たちであった。

 そもそも人類に勝ち目はなかったのだ。なぜなら人類は妖怪たちの正体を知らない。どれくらいの数がいるかもわからない。古来から伝わる方法で対抗しても、妖怪という半分以上は噂のような存在には亡骸もないため本当に撃退できたかもわからない。しかし彼らはたしかに存在するし、不意に現れては人を襲い、隠し、脅かす。文字通り見えない敵と戦い続けるうちに人類の精神は病んでいった。

 近くか、はたまた遠くかに故郷と似たような星を見つけたのだろう。時代を経て実現されたノアの箱舟は持てる限りの文明を積み、人類は種族ごとこの星を立ち去ったのだった。そして勝者ともいえる妖怪たちは晴れてこの世の頂点として上り詰めたわけであるが、彼らは人類が置いていった文明の利器のほとんどを使いこなすわけでもなく、またこれと言って妖怪国家を立ち上げることもなかった。変わったことと言えば、人類が築いた建造物が妖怪たちの住処になったことだろうか。

 それもそのはず、妖怪たちからしたら別に人間たちと生存をかけた戦いをしていたという自覚もなく、ただいつも通りに道行く獲物を脅かし続けていただけなのである。少し気合の入った若者がいたり、いわゆる人口爆発が妖怪の各種族の中でも起こっていたりと、人類にとって不運が重なったということもあったが、ともかく妖怪側からしたら戦わずして勝利、もしくはヒエラルキーの頂点の座席にいたものが降りたからそのまま席に座った、ということである。

 これから始まるのは、妖怪たちが世界の覇権を握ってから百年後くらい後の、よく晴れたある日の出来事である。

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