第37話 外されたリミッター

「……『女神の加護』の能力を制御してるって?」


 ジョゼが妙なことを言い出した。いや、でもこの男ならできるかも。実際彼の作り出した複雑怪奇なあらゆる術式は、王国全土で使われているのだ。


「ええと……訊いていい? そもそも、この腕輪に付いてる契約って何なんだ?」

「それはお答えしかねます。本来、とある高貴な方に依頼された術式でしてね。結局不要になってしまったものですが。まあざっくりと言いますと、あなたやミュリカ殿のような特殊能力を管理下に置く腕輪です」

「特殊能力を管理下に……?」


『神の御印』や『女神の加護』を管理することができる腕輪だと?

 そんなことが可能なのだろうか。


「当初は私の仮説から作り上げた術式なのですが、それがうまくはまりましてね。あなたたちの能力は分泌される特殊なホルモンに魔力が作用することで周囲に拡散、影響を及ぼすようなのです。そのホルモン分泌を術式で支配下に置くのが、この腕輪です」

「な、何でそんなことを? ていうか、それって、結構ヤバい術式じゃ……」


 俺はまだいいとして、美由の『神の御印』あたりを支配下に置いたら、国の士気や戦力すら操ることになる。


「そうですね。だから他所には一切出していません。ただ、5年前のあなたの『女神の加護』はあまりに影響が強かったもので、それを制御する意味でもこれを着けました。……そしたらですね、それに付随して性的な欲求に関わる部分も抑制されることになったようで」

「性的な……? てことは、俺の性欲が枯れかけてるのって、もしかしてその腕輪のせい?」

「おそらく。恋愛する意欲がないのもそのせいかと」

「そうか! 俺まだ枯れてなかったんだな!」


 すっかり男として終わった気分だったけれど、どうやら俺はまだまだいけるらしい。それにちょっと元気になった俺に、ジョゼは改めて確認をしてきた。


「どうします? リミッター外しますか?」

「それは、その方がいいだろ。俺もう諦観して、おっさんどころか、じいさんみたいな気分だったんだぞ。元々性欲が薄かったんだから、戻ればちょうどいいくらいだよ」

「……それはどうでしょうねえ。向こうの世界では性欲が薄かったでしょうけど、それはあちらに『女神の加護』を誘発する魔力がなかったからです。こちらにはそれがある」

「え……じゃあリミッター外したらいきなり性欲全開とかになるの? それはそれで困るんだけど……」


 何だか不穏なことを言うジョゼに、少し後込みする。俺としては、まだ元気だという実感が持てればそれでいいだけなんだが。


「まあ、それこそ年齢的に落ち着いて来ているでしょうから、性欲魔人みたいにはならないと思いますよ。ただ、今までいらなかった自制が必要になります」

「……それくらいなら平気かな。万が一駄目そうだったら、またジョゼに管理してもらったらいいんだろ?」

「……そうですね、その時は是非とも他の男を頼らず、私のところに来て下さい。溜まった性欲を私の手で上手に管理して差し上げますよ」


 何だか含みのある笑顔でジョゼが請け合った。それが少し気にはなったけれど、この男が胡散臭いのは今更だ。

 とにかく、その機能が元気になれば、いくらか自信も付く気がする。俺は肉体的に若返るような期待に胸躍らせた。


「で、どうすればリミッター外せるんだ?」

「主の腕輪の術式から一部を消すだけなのですぐですよ。オリハルコンの粉を使って、制御に関する術式を掘った部分を魔力で融解して埋めるだけです」


 そう言ってジョゼは鞄から2・3の道具を取り出すと、腕輪を外すこともなく5分ほどで直してしまった。


「……え? もう消えた?」

「はい。これであなたの性欲は元通りになってます。……といっても、世界の魔力となじむまで少し時間が掛かりますからね。しばらく様子を見てみましょう」

「……変化が全然分かんないな。魔力となじむのってどれくらい?」

「少しずつ反応していくでしょうけど、最終的には一週間程度ですかね。途中で何かあったら、私を頼って下さいね」

「わかった」


 突然がらりと体質が変わられても困る。そう考えれば一週間かかる方が対応も容易そうだ。俺は素直に頷いた。





 ……この時の俺は、『女神の加護』のリミッターが外れる意味を、全くもって分かっていなかったのだ。


 まさかこの一件が、あんな展開になるなんて。

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