第20話 ジョゼが師匠を?

 ジョゼが師匠の『女神の加護』を狙っている?


「……結局、ギース兄様もジョゼも、師匠の『女神の加護』の能力が目当てだったってこと?」


 そのためだけに腕輪を着けて、師匠を狙っているのだとしたら、かなり腹立たしい話だ。師匠の人格無視も甚だしい。

 私が不信の目を向けると、兄様は苦笑した。


「誤解をしないで欲しいのだけど、『巧斗さんの女神の加護』じゃなかったら僕はいらないんだよ」

「……え? どういうこと?『女神の加護』に何か違いがあるの?」

「大いに違うね。相手が巧斗さんであるか、そうでないか。……『女神の加護』って、結構セクシュアルな能力なんだよ」

「セクシュアル……」


 つまりは性的な能力。……元々女性が継ぐ能力だと考えると、師匠はとんでもないものを継承してしまったのかもしれない。

 目の前のガチホモを見ながら少し頭が痛くなった。


「……聞くのが怖いけど、訊いていいかしら。『女神の加護』の能力って、癒やしと幸運付与以外に何があるの……?」

「その愛をいただくと、一時的に無敵状態になれる」

「……無敵?」

「と言っても別に、傷を負わなくなったり、触れただけで敵をぽこぽこ倒せたりという能力じゃないよ。ものすごい集中力を発揮して攻撃が百発百中するとか、コンセントレーションの度合いが高くなって魔法効果が数倍になるとか、そういうものだ」

「へえ、それは良い効果。でも、愛をいただくってどういう条件?」


「簡潔に言えば性行為だよね」

「ああ……ですよね~……」


 うん、身も蓋もない。


「何というか……そういう条件なのに、あんなフェロモン振りまいて男を誘引してたら、身体が保たないと思うんだけど……」


 そういう設定を喜ぶ友達が異世界にいるけどね。


「それは、実は言うほど問題はない。巧斗さんはすごく良い匂いがするけど、一般の衛兵はそれに癒やされるだけなんだ。『女神の加護』のフェロモンは、強者であったり、知恵者であったり、特に能力の高い者にしか性的な効き目はない。まあ、加護を与えるに足る人物を選りすぐっているとも言える」

「そうなの? じゃあジョゼがフェロモンたっぷりの師匠に誰も近付けないのは、万が一のことを考えてってことか」

「だろうね。僕や殿下だけ近付いては駄目とは言えないし、他に反応する人間がいないとも限らないからね」


 なるほど。そう考えると、ジョゼもジョゼなりに師匠のことを守ってくれていたということなのだろう。


「ここにも、ジョゼ魔道士の思惑が見えないかい?」

「ん? ジョゼが師匠を守ってたってことでしょ?」

「そこがさ。あの人は僕たちや衛兵たちから巧斗さんを遠ざけているけど、じゃあジョゼ魔道士を誰が遠ざけるの? あの人、自分だけは平気で巧斗さんに会いに行けるんだよ」

「ああ、確かに……」


 師匠の『女神の加護』は機密ゆえ、その知識を有するジョゼの指示によって動いている。誰もあいつに意見しない。

 ジョゼは自身で禁止したことを施行させつつ、自由に振る舞えるのだ。


「でもジョゼって、師匠のこと全然大事にしてないよ。性格が変わるほど虐めて、下僕とか言ってるし……。そんな奴が『女神の加護』を狙ってるかなあ」

「彼は興味の無い人間を虐めたりしないよ。と言うか、好きな子が怯える姿を見てゾクゾクしちゃう変態だ。種類は違えど変態同士、僕には見れば分かる」

「あ、自分で変態って言っちゃった」

「そもそも、ジョゼ魔道士ほどの能力の持ち主なら、巧斗さんのフェロモンにノックアウトされていると思って間違いない。僕たちは彼によって制限された接触しかしていないけど、ジョゼ魔道士は巧斗さんをこちらの世界に呼んだ時からフィルターなしでそのフェロモンを浴びているんだから」


「……ちょっと待って。あのドS眼鏡、師匠に隷属輪着けてるんだけど……、兄様の推測が合ってるとしたら、もしかしてすでに逆らえないのをいいことに不埒なことを……」


 いつだか想像してしまった首輪と鎖で繋がれて無体を働かれる師匠の妄想が、現実のものとなっていたならジョゼは生かしておけない。

 そう思って身を乗り出しかけたけれど、ギースは首を振った。


「それはないよ、多分ね。僕もそうだけど、あらかじめ『女神の加護』の知識があるおかげで、自分の衝動を客観的に見ることができる。巧斗さんがブチ犯したいくらい可愛いとはいえ、そこは自制する」

「ジョゼも?」

「さっきも言ったが、『女神の加護』は『愛をいただく』のが条件だ。これは合意がないと発動しない。衝動に任せてレイプなんてしたら、確実に相手候補から外れてしまう。彼もそれは嫌だろう」


「そうなんだ。だったら師匠はまだ清い身体かな……。でも、結局それだと兄様もジョゼも、『女神の加護』のために師匠に言い寄ってる感じが否めないんだよなあ」

「僕としては『女神の加護』も巧斗さんの一部だから、違和感はないんだけどね。……それに、他にもちょっとミュリカには言えないような特典もあるから、『女神の加護』はありがたいんだよ」

「……何それ、ヤラシイ」

「ミュリカが何をヤラシイと言っているのか分からないけど、ふふ、それよりヤラシイかもね」

「……マジですか」


 師匠、大丈夫だろうか。


「今日、兄様に鎖骨舐められただけであの状態だったんだから、あんまり変なことしないでよ。とりあえず、師匠の意に沿わない不埒な真似をしたら引っこ抜きます」

「ああ、今日はちょっと興に乗ってやり過ぎた。いつもは見せてくれない巧斗さんの白い肌と鎖骨があまりにも美味しそうだったので、つい、な。フェロモンが充満してる中だったし。ああ、思い出しただけで息子が元気になっちゃうなあ」


「でも兄様。次から多分、師匠に警戒されるよ」

「あー……うん、そうだな……それはつらい……。でもミュリカ、僕の燃料補充の橋渡しはしてくれるんだろう?」

「まあ、師匠にも影響が出ると困るからするけど。そのためには兄様の変態っぷりを制御させてもらいます。私の言うこと、聞ける?」

「もちろん。巧斗きゅんとの蜜月のためならいくらでも」

「きゅん言うな。ギース兄様のそれは演技なのかマジ変態なのか分かんないわ」

「僕の脳みその中を見たら、答えは一つだと思うよ」


 にこりと微笑む美男子の脳内。その中身を想像すると、変態だとしか思えないのは何故だろう。


「さて、ロバートが戻ってきたら、さすがにもう帰らないといけない。ミュリカ、今後もしもジョゼ魔道士に会う機会があったら、少し牽制しておいて」

「気にとめておくわ」


 とりあえずジョゼの話は、兄様の推測を鵜呑みにするわけにはいかない。それでも気には掛けておこう。

 もしかすると、あのドS眼鏡も教育する羽目になるかもしれないのだ。

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