第18話 美形が野獣

 しかし、師匠のスルーによるギース兄様の回復は微々たるものだ。

 いつまでもこうしているわけにもいかないし、一度で効率よく大きく補充をしてしまいたい。


 だがイオリス王子のように師匠を密着させて、何かとんでもないことになっても困るしなあ。兄様ほどの変態なら、師匠に踏みつけられるだけでも回復できそうだけど……。


 微妙な距離を保ったまま攻防を続ける二人を、思案しながら見つめる。

 すると、いつの間にか彼らの近くに長椅子が置かれていることに気が付いた。


 ん? あんな長椅子、いつから置いてあった?


「わぁっ!?」


 同様に椅子に気付いていなかったらしい師匠が、ギースを捌いて半歩下がったところでぶつかって足を取られ、背中から長椅子の上に倒れてしまった。


「ふふふっ、掛かりましたね、巧斗さん!」


 すかさず兄様がその上に乗り上げて、師匠の逃げ場を塞ぐ。これではさすがの師匠も身動きが取れない。


「巧斗さんの先の動きを読み、誘導して、気付かれないように長椅子トラップを仕掛け、捕らえる。剣術や体術では巧斗さんに敵いませんが、こうなれば体格も力も強い僕の方が完全に優位だ」


 さっきまでのアホ変態の顔から一変して、雄の顔になっている。

 下手に半端ない美形だから、妄想BLのワンシーンのようだ。異世界のそれ系の友人がここにいたら、きっと大興奮して写真を撮りまくることだろう。


「ふふっ、こうなってしまうと巧斗さんは子猫ちゃんみたいですね。どうしてあげようかな」


 熱のこもった視線で師匠を見下ろしつつ、ぺろりと自身の唇を舐める兄様は、捕食者の様相だ。別の意味でヤバい。

 それなのに、ギースを見上げる師匠はあまり緊迫感を抱いていなかった。


「ギース様、俺の動きを読み切ってトラップを掛けるなんて、素晴らしい観察力ですね。俺を油断させるための前段階の気の抜ける問答も合わせて、よく考えられている。さすが、領主として頑張っておられますね」


 にこりと屈託無く微笑んだ師匠は、完全BL攻顔になっている兄様に手を伸ばし、その頭を撫でた。


 あ、すごい。燃料メーターがそれだけで爆上げしてる。


「くっ……可愛すぎか! 口には出せないがブチ犯したい!」

「兄様、心の声が漏れてる」


 あまりに萌えが過ぎるとまた変態に戻るようだ。

 精神エネルギーの充足度はすでに八割。そろそろ引っ剥がしてもいいだろう。


「ギース兄様、もう十分でしょ。師匠から離れて」

「待て! せっかくだから鎖骨に溜まった汗を舐めさせてくれ!」

「え? ギース様、何を……」

「ちょっ……師匠に何すんの! やめて変態!」


 私の制止も聞かずに、師匠の首筋と襟の隙間に顔を突っ込んだギースを、慌てて止めに入る。さすがに師匠も狼狽えたが、この体勢で両肩を押さえつけられては身動きが取れないようだ。

 ぺろりと鎖骨を舐められて、師匠がびくんと身体を震わせた。


「ひぁっ……!? な、舐めっ……!?」

「ああ、びくってした巧斗さんの声、超可愛い……」

「本当に舐めおった……! 兄様、師匠に不埒な真似を……! 許さん!」

「ぐふっ!」


 きっとロバートもこの一撃を黙認してくれるだろう。私は力任せにギースを師匠の上から蹴り落とした。

 ちらりと見た燃料メーターは一瞬で百%になっている。おそらくもっと上限が高ければ、百五十%くらい行ったんじゃなかろうか。


「し、師匠、大丈夫!?」


 急いで師匠を長椅子から起き上がらせると、兄様の突然の所業に驚いたのか、呼びかけにも応えずに固まっていた。

 こんなほうけた状態の師匠を見たのは初めてだ。

 変態に舐められたのがよほどショッキングだったんだろうか。


 しかしそれはわずかな時間で、師匠はおもむろに舐められた鎖骨の部分に手を当てると、途端にかああと羞恥に顔を赤くした。

 甘い匂いが強くなったのは気のせいではないと思う。


「ギ、ギース様、こういう悪戯は、……ダメです……」


 視線を逸らしつつ、頬を染めたまま困ったように襟元をきゅっと合わせた師匠は、恋愛ゲームのヒロインさながらの科白を吐きおる。まあ、あながち間違ってもいないが。


「師匠、そんなんじゃ兄様がさらに萌えるから逆効果です。もっとびしっと言ってやって」

「びしっと……。ええと、ギース様、俺はこういう悪戯に慣れてなくて弱いから、やめて下さい」

「そうか、巧斗さん、鎖骨弱くて感じちゃうんだね。そこ舐めたらフェロモンも強くなったし……」

「な、感じてなんかっ……」


 師匠がまた赤くなって視線を逸らす。どうやらこの手の話題には全く免疫がないようだ。昔からずっと武道一筋だったもんなあ。

 そして羞恥心から赤くなって狼狽える師匠を見ているギース兄様は、またBL攻顔をしている。忙しい人だ。


「こういうことに慣れてないのも嬉しいなあ。僕が身体の隅々まで慣らしてあげたい」

「それは私が許しません! ……ごめんね、師匠。こんなの連れてきて。もう退散するから」


 兄様の燃料補給はもう十分すぎるほど。これ以上ここにいると、師匠の貞操が危ない。私はギースの腕をがっしりとホールドした。


「あ、ああ。……俺こそ、からかわれたくらいでこんなふうに狼狽えて、みっともないところを見せてすまなかった」

「大丈夫。師匠は可愛いだけだったから」


 それよりもギース兄様のヤバさを確認してしまったので、これをどうにか教育しなくては。


「僕はまだ戻る気ないけど」

「黙らっしゃい、バックラーの上から踏み潰すぞ。言っておくけど途中で長椅子とすり替わったりしたら、今後一切師匠に会わせないからね」


 渋る兄様を引き摺って歩き出す。


 とりあえず、この変態をコントロールすることが最優先だ。

 骨は折れるが、師匠の安全を守るためにも、がっちり躾けよう。

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