第11話

「私は、この山に死ぬまで閉じ込められるのが嫌でした。だから勘当同然でこの山を出て、王都で暮らし、……結婚もしました」

 大臣ジュニアと王女の視線が僕に集まる。

 ……親に勘当されている事は聞いていた。

 だから僕は彼女の親に挨拶していなかったし、結婚式にも呼ばなかった。

 僕の親も既にいなかったので、お互い様だった。


「ですが、とうとう父が倒れ麓の村まで魔法が漏れ出し、戻らざるを得なくなりました。……あなたについて来て欲しいなんて言えなかった。だから離婚したの」

「……どうして、」

 どうして言ってくれなかったんだ、と言いかけたけれど、じゃあ例えば本当に彼女がついて来てくれと言っていたら、僕はついて来ただろうか。分からない。

 僕は言いかけた言葉を飲み込む。

 大臣ジュニアと王女の視線が痛い。


 元妻は感情を微塵も見せない声音で続ける。

「さて、ここまでは魔王の役割をお話ししました。ここからは勇者の役割についてです」

 ちょうど、さっき元妻が何かを頼んでいた魔物が部屋へ戻ってきた所だった。

 両手で捧げ持っているのが古ぼけて錆び付いた剣だと気付いて、僕ら三人は軽く腰を浮かせた。

「ありがとう。……警戒しなくても、あなたたちを害するつもりなどありません。この剣を扱えるのは勇者だけ、そしてこの剣で死ぬのは魔王だけなんです」

「え……?」

 僕らのマヌケな体勢を一瞥して、元妻は魔物から受けとった錆びた剣を、寝台に眠っている老人――魔王の胸の上に置いた。

「これは、昔話に語られる初代勇者の剣です」

「ええーっ! あれただの伝説じゃないんすか!?」

「……勇者は実在しました。そしてそれは、私や父の先祖でもあります」

「は……!?」

「初代勇者は、当時の弱った魔王に死を与え、その娘――つまり次代の魔王と結婚しました」

 もうさっきから、色々な事に驚きすぎて麻痺してきた。

 ああそうか。元妻がどこか勇者像に似ているのは、当然の事だったんだ。

 だって血縁なんだから。

 勇者が魔王を倒した後、国に戻らなかった理由もこれで分かった。


 大臣ジュニアが呆然とした表情で元妻を見つめている。

 その手に王女がそっと触れた。びくりと身を震わせて、手を握り返し微笑みかける大臣ジュニア。

 僕は見てない。何も見てませんよ国王陛下。

「もう一度確認しますが、勇者はあなたなんですね?」

「そうっす。この人が辞令で選ばれた正統な勇者先輩っす! 俺は辞令で、王女は自主的について来た旅の仲間っす」

 何故か僕より先に大臣ジュニアが返事をした。元妻は頷きを返す。

「分かりました。では勇者さま、その剣で父に引導をお願いします」

 引導。インドウ?

 元妻の言葉を理解するのに数秒かかった。

「……君のお父さんを殺せって言ってるように聞こえたんだけど」

「その通りです。老いた魔王に死を与え、魔王の代替わりに立ち会う……それが勇者の役割なの。さあ、お願いします」

「…………」

 体中の痛みを忘れるくらい、呆然としていた。

 元妻はその僕の手に剣を握らせ、切っ先を老魔王の胸に当てる。

「ねえ、待って」

「辞令でしょう、勇者さま。仕事はしっかり果たしなさい」

「分かってる、でも少し待って。彼と話したい」

「……でも、父にはもう話す力は……」

「……嘘だ、だって聞こえる。話してる」

「え?」

 元妻は老魔王の口元に耳を寄せる。角が刺さりそうで一瞬ヒヤッとした。

 絞り出すような掠れ声は、娘の名を呼んでいた。

「何? お父さん」

「……こいつがお前の……婿か……?」

 老魔王の目は、僕を見ていた。元妻が言葉に詰まった瞬間に、僕は老魔王の枯れ枝のような手を握って答えた。

「そうです。娘さんの事は僕に任せてください、お義父さん」

 元妻は一瞬目を見開いたが、老魔王の口元に笑みが浮かんだのを見て押し黙った。

「ふつつかな……娘ですが、よろしく……」

「いえいえこちらこそ。ふつつかな婿ですが」

 喉の奥で笑った拍子に、激しく咳込む老魔王。

「最期に……水を一杯もらえないか……」

 元妻が涙声で、魔物に水を持って来るよう叫んだ。

 しかしそれより先に、水を湛えたコップがすっと差し出される。

 涙をこらえるように仏頂面をした、王女だった。

「どうぞ。美味しい水っすよ」

 大臣ジュニアが王女の代わりにそう言ったが、彼もまたもらい泣きで涙声だった。

 そう、悪いやつじゃないのだ。

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