漆黒の船
まだ夜の明けぬうちに漁船は海に出る。かがり火で海面を照らし、風を読み、わずかに残る星で方角を確かめながら、広い海を進んだ。
一年のうち夏は最も波が穏やかで、豊富な餌を求めて魚の群れが集まり、網にはおもしろいほどよくかかる。積載量いっぱいまで獲れた船から順に、港の方へ引き返した。ちょうど彼らを歓迎するように、街の方から日が昇る。
たいていの船が港へ戻る中、一隻だけがさらに沖へと向かっていった。仲間たちは、あたりが悪くてもう少し漁を続けるのだろうと木にも留めない。それほど、トマの海は平和で安全なのだ。
だが、その船の乗組員たちは焦っていた。
季節外れの濃霧で星を見失い、風だけを頼りに波間を漂う。その波は次第に高くなり、たいした装備のない小さな漁船は右に左に大きく揺れ、転覆するのも時間の問題だ。
懸命に舵を切り、とにかくこの霧から脱出しようと奮闘する彼らをあざ笑うように、雷鳴が轟き、激しい雨が打ちつける。
絶望的な状況の中で、彼らは美しい声を聞いた。
泣き声か、笑い声か、不思議な旋律と未知の言語。
「まさか……」
眼前に現れた漆黒の船。この嵐の中、舳先に女性が一人立っている。ドレスはぼろきれと化し、髪には藻屑が絡みつき、風が吹きつけるたびに白骨がからからと音を立てた。空洞の眼窩は深い海の底を思わせる。
女の躯は両手を広げ、天に向かって歌を放った。
逃れられない。舵はすでに意味を失い、男たちは恐怖でおののき立ち尽くす。
女の背後で笑う骸骨剣士たちが、いっせいに漁船に飛び移った。
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