希望の大地
青年はまっすぐ前を見据えた。
吹き荒れる風を操り、行く手を阻む波を越え、未知の大陸を目指し幾日。見渡す限りの水平線、進んでいるのか、戻っているのかさえもわからない。ただ頼りになるのは照りつける太陽と、静寂の夜に輝く月と星たち。
汗ばんだ肌に金髪がまとわりつく。鋭い金瞳には強い意志が宿り、どんな困難が待ち受けているかもわからないのにくちびるには余裕の笑みさえ浮かぶ。
無謀な夢に共感し、ついてきてくれた仲間のためにも諦めるわけにはいかない。ただ信じる方へ進み続けるしかなかった。
(絶対に新大陸を見つけて、親父たちを見返してやるんだ)
最強の海賊団と謳われるトマ一族の統領の息子に生まれたからには、何か大きなことを成し遂げたい。父や兄ほどではないにしても、航海技術と剣の腕には自信があった。
突然、見張り台の半鐘が鳴り響く。みな、緊張に顔を強張らせた。
「フリオ! 陸だ! 陸が見える!」
見張り当番は望遠鏡を覗いたまま興奮気味に叫んだ。
わっと歓声が上がる。口笛を吹き、互いに肩を叩き合い、気の早いものは酒樽を運び込んで祝杯を挙げた。
「喜ぶのはまだ早いぞ! どんな土地か、住民は友好的か、安全か、わからないんだからな!」
仲間たちを諫める青年もまた、紅潮し、声が上ずる。はやる気持ちを抑えきれず、身を乗り出して彼方の地を見つめた。
白い波しぶきがきらきらと輝く。やがて海と陸との境界がはっきりと分かれ、港の輪郭が明瞭になった。連なる建造物は木材と石材を組み合わせた見たことのない様式、なだらかな丘陵には雪が積もり、頭上の海鳥の鳴き声さえ違う。確かに、彼らの故郷とは異なる大陸のようだ。
慎重に船を進め、入港の許可を求める信号弾を打ち上げる。はたして通じるのか。
ほどなく桟橋に人影が集まってきた。どうやら武器は保持しておらず、兵士というよりは漁師のような軽装だ。
表情がわかるほど接近し、青年たちはほっと安堵の息をつく。招き入れるようように手を振る彼らは、穏やかにほほ笑んでいた。
新天地に降り立ち、青年は肺いっぱいに空気を吸い込んだ。きんと冷えた空気に頭が冴えわたる。二本の足はしっかりと大地を踏みしめ、これは夢ではないと実感した。
漁師風の男たちは、おもむろに青年と仲間の肩や背を撫でる。それが彼らの親愛の表現なのかもしれない。身振りでついてくるようにと言われ、従った。
低い屋根の家々、道沿いの並木は葉を落とし、狭い畑には藁がかぶせられている。どこかもの寂しい風景に、青年たちは不安を覚えた。厳しい気候のせいか、あまり豊かな土地ではないようだ。
案内されたのは、集落の中心にあるひときわ大きな建物だった。他とは違う石材と壁土が使われ、浮彫細工が施されている。
青年たちが中に入ると、方々からため息がもれた。集まった老若男女が好奇の目で彼らを見つめ、手を合わせ、祈るような仕草をくり返す。
最奥の一段高いところに座する女性が、扇子で口元を隠しながら優雅にほほ笑んだ。
『……勇敢な海の戦士たちよ、遠路はるばるようこそお越しくださいました』
青年たちは思わず辺りを見回した。どこからともなく聞こえる不思議な唄声、それは直接頭の中に響き、言葉はわからないのに意味が理解できる。
もしや魔法か、まじないか。武装していないのは、圧倒的な妖しの力を有するからか。無意識に剣を確かめる。
彼らの警戒に気付いた女性は、段を降りて膝をついた。
『……わたくしたちは、あなたがたに危害を加えるつもりはございません。何もない土地ですが、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ。そして、できますならば、あなたがたの世界のことをお聞かせいただければと存じます』
女性に倣って人々は膝を折り、さらに期待を込めた眼差しで青年たちを見つめた。深い海の底を思わせる、美しい碧い瞳。
ここまで来たのだから、引き返すことはできない。青年は覚悟を決めてうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます