喪国の刻聖騎士

cachiku

001

「―――どこだ! どこに消えた!?」


 狂乱めいた叫び声が洞窟内に響く。


「あそこだ!」「逃がすな!」「追え!」「どこだ!?」「向こうだ!」


 続けて次々と上がる怒声。それを受け、慌ただしく駆け出す数多の騎士たち。

 侵入者は、そんな彼らを尽く嘲笑う。迷宮のように入り組んだ洞窟内を縦横無尽に疾走。荒波の如く押し寄せる迎撃者たちを尽く退け、10、20と間断なく負傷者を積み上げていく。


「消えたぞ!」「どっちだ!?」「右だ!」「ぐはっ!」「なにしてる!」「相手は一人だ!」「囲め!」「止めろ!」「死んでも止めろ!」


 だが、騎士たちの剣が切るのは空ばかり。槍がえぐるのは石壁せきへきばかり。


「な、なんだこいつ!?」「強すぎる…ッ!」「がはぁっ!」「止めろ!」「奥へ行かせるな!」「複数でかかれ!」「そんな場所ないだろ!」「じゃあどうすんだ!」「げぇっ!」


 騎士団が焦る中、侵入者は容赦なく速度を釣り上げる。

 その素性はまるで不明だ。小柄な身を黒一色のローブで足先まで包み、顔は被ったフードと襟巻きで覆われている。獣耳と思しき形に尖ったフードから察するに獣人族だろうか。

 だが、その背に担いだ身の丈を優に超える剣―――波打つように禍々しく湾曲した赤黒い大剣から、退けるべき敵対者であることだけは確かだった。


「何をしている! 早く排除しろ!」


 指揮官と思しき騎士が焦燥に駆られて叫ぶ。

 その喝に応じ、一人の騎士が侵入者の前に立ちはだかった。

 正眼に構えるは赤火しゃっかまといし白銀の長剣。彼がその身に宿す神より授かりし力だ。

 逆巻く豪炎は見る見る勢いを増し―――竜を成した。


「カアァァッ!」


 気合とともに振り下ろされる長剣。剣先より放たれし赤き巨竜がたけりにも似た火勢を轟かせ猛然と侵入者に襲いかかる。

 だが侵入者はその足を止めるどころかさらに加速。

 その身を恐れなき一陣の風と化して地をぜる。

 対する火竜も獲物を喰らわんと咆哮。

 黒き颶風ぐふうと赤き猛炎。

 両者が接敵。

 竜が獲物を喰らわんと、その顎を解き放つ。

 ―――直後だった。


「な……ぁ、っ!?」


 竜が、散った。


「おい!?」「な、なんだ!?」


 騎士たちを襲う戦慄。いったい何が起きたのか。それを理解した者は一人としていなかった。

 いや。いたのかもしれない。

 だが、その事実は到底、受け入れられるものではなかった。

 火竜と衝突する直前。侵入者は口元の襟巻きを下げると大きく息を吸い、

 ―――吠えた。

 およそ人の声ではない、洞窟全体を震わせる獣じみた凶悪なたけり。その崩落さえ招きそうな凄まじい圧が火竜を一瞬で消し飛ばしたのだ。

 およそあり得ない現実を前に騎士たちが凍りつく。

 その隙をついて侵入者は遂に洞窟最奥の標的へ到達。古の神々が封印されし《聖煌石クリスタル》の安置された祭壇へ踏み込んだ。

 背負った大剣に、侵入者の手がかかる。


「いかん! 止めろぉぉぉォォォッッッ!」


 悲痛な怒号にも似た指揮官の絶叫。だが遅かった。

 一切の躊躇なく振り下ろされる侵入者の大剣。

 その一撃は指揮官の願いも虚しく聖煌石クリスタルを粉々に打ち砕き……飛散した破片が星空めいた美しい輝きを放ちながら宙を舞った。侵入者の勝利を祝うかのように。

 ―――静寂。

 無言で放心するばかりの騎士たち。

 あってはならない、決して許されない目の前の惨状から、ただただ目を背けるかのように。

 静まり返る洞窟内に響くは、ただ一つ。

 打ち砕かれた人類の希望が、地に零れる音。




 ―――《神殺し》の始まりを告げる音。

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