第28話 優勝を目指して

 やってきた、準決勝と決勝の日曜日。

 姫那が参加する試合を見るために、ぼくは陸上競技場を訪れていた。

 というより、今日は仕事の母さんのかわりに、姫那の復活を見届けることが、ぼくの使命のようなものだ。

 スタンドに入るとすぐに、ぼくは見知った二人を発見することが出来た。

 フェンスにくっつき、トラックで練習をしている選手たちを眺めている、陸とめるるである。

 正面ではなく、背中だけど、その着用している可愛らしい服ですぐにわかるのが、めるるのいいところだ。

 そんなめるると陸の二人が、なぜここにいるのか。

 それは、ぼくが姫那の応援に行くことを告げると、俺たち、わたしたちも、陸上の大会を見てみたいと、二人が言い出したことが始まりである。

 なんでまたとは思ったけれど、好奇心の強い二人だ。

 突っ込んだら負けだろう。

 それにぼく一人で応援に行くと目立つし、姫那とのヘンな噂の温床になる可能性もあるので、正直、二人が一緒というのはありがたい。

 なので姫那に問題ないかと訊ねたら、好きにすればいいとの答えをもらった。

 結果、こうして二人はこの競技場を訪れているというわけだ。

 そんな二人に近付いて行くと、興奮した様子の会話が聞こえてくる。

「やっぱ陸上部のユニフォーム、どの学校も露出多くてえちえちだよね!」

「あっ、あの子のおっぱいすげえな! めっちゃ揺れてる!」

「ちょっと、彼女の隣で、他の女の子のおっぱいにときめくのはどうかと思うんですけどー? だったらわたしは、イケメンの筋肉とかにときめいちゃうよ? でも、あの女の子の細い足についた筋肉も素敵っていうか、なんかマジ興奮しちゃうかも!」

「おい、そこのバカップル。ここは、動物園じゃないんだぞ」

 呆れたように声を掛けると、二人は揃って振り返った。

「あ、一冴」

「やっときたんだ」

「コンビニで、結構並んじゃってさ」

 ぼくは手にぶら下げていた、サンドイッチやスポーツドリンクが入った、コンビニのレジ袋を二人に見せつける。

「でも、ちょうどよかったじゃん。あと十分くらいで、最初の競技が始まるところだし」

 ちなみに今日はトラック競技が中心とはいえ、走り幅跳びや三段跳びなどの決勝も、同時に行われる。

 砲丸ややり投げもあるのだと、めるるが付け加えるように教えてくれた。

 参加している高校も、十校以上あるらしい。

 それだけに、スタンドには多くの観客たちが押し寄せていた。

 だいたいが、ぼくたちと同じくらいの学生だ。

 私服から、制服まで、色とりどりである。

 そんなスタンドを眺めていると、近くに、知った顔を見付けることが出来た。

 姫那の想い人である、クラスメイトの柿内淳也だ。

 ちゃんと応援に来てくれたようで、ほっとした。

 来てくれてなかったら、その時点でほぼ脈はないようなものだし、計画倒れでもあったからだ。

(……って……)

 続けて、一人の少女を発見した瞬間、ぼくの心臓が、大きく跳ねた。

 淳也の隣にいた、藤堂先生のことではない。

 姫那が淳也を誘った時も、先生は行きたいと言っていた。

 来ていたとしても、おかしくはない。

 ただ、先生の影になっていた少女。

 藤堂先生の従姉妹で、同じ学校に通う、藤堂凛々菜が来ることに関しては、まったく想定していなかった。

 ……なぜ、藤堂さんがここにいるのだろう?

「あ、八神くん!」

 競技場のスタンドの椅子に座り、文庫本を読んでいる藤堂さんを発見して、呆然としたぼくに声を掛けてきたのは、藤堂先生だった。

 ぶんぶんと手を振っている。

 その声で、陸やめるるも先生がいることに気付いたようだ。

「なんで先生と、藤堂凛々菜がいんの?」

 疑問を呈しためるるに、姫那が淳也を誘った時に、先生がいたことを告げたあと。

 ぼくたちは、先生の元に近付いていった。

「どうも。先生も、来ていたんですね」

「ええ、ちょうど、日程が空いていたから、淳也くんと一緒に、わたしも応援に来たのよ。それで、凛々菜も誘ったの。お昼間は、時間があるっていうから」

 視線を振られた藤堂さんは、文庫本から視線を逸らして、小さく会釈をした。

 そのまま、先生は話を続けていく。

「八神くんは、お隣さん(、、、、)の応援よね。お母様は、来ていないのかしら?」

 先生がそう言うと同時に、まずい、という表情を見せたのは、ぼくだけじゃなかった。

 ヘンな噂が流れたり、二人の関係を誤解されたりしないようにと隠していたことを知っている、陸やめるるもだ。

 どうして先生がそれを知っているのかなんて、聞くまでもない。

 なにせ、姫那の一年の時の担任なのだ。

 姫那が入院中の担当看護士が、ぼくの母さんだったこと。

 それどころか、今、姫那がぼくの隣の部屋に住んでいることも、知っていてもおかしくはないだろう。

「母さんは、今日仕事で……かわりに見てきてって言われて……」

 だらだらと、汗を垂れ流しそうになるほどに焦りながらも、ぼくは答える。

「それに、俺たちも同行させてもらったんです!」

「そうそう、陸上、一度見てみたくて!」

 予想外の展開に、ぼくがしどろもどろになっていることに気付いてくれたのだろう。

 陸とめるるの二人が、すかさずサポートしてくれた。

 本当に、ありがたい。

「そういうことだったの」

 にこりと微笑んで、先生は続けた。

「それなら今日はみんなで、天城さんを応援しましょう!」

 それで一度話は途切れ、陸やめるると一緒に、ぼくはスタンドの席についた。

 先生や藤堂さん、淳也の近くである。

 あえて遠くに座るのもヘンだし、それ以外の選択肢はないも同然だ。

「なんか、ヘンなことになっちまったな」

 スタンドの椅子に腰をかけた直後のこと。

 先生たちに聞こえないように、陸が耳元で話し掛けてくる。

「まったくだよ……」

 ぼくは小さくため息をついた。

 本当に、こんな展開は、想像もしていなかった。

「でも、これはチャンスじゃないのか?」

「チャンスって、なんのだよ」

 思わず、ぼくは訊ね返す。

「決まってるだろ。お前と藤堂凛々菜が、お近付きになるチャンスってことだよ。ここで、いろいろ話しておけよ」

「…………」

 陸の言いたいことは、わからなくもない。

 実際のところ、学校や、駅前の書店――。

 その書店に併設されている喫茶店以外で、藤堂さんと喋ったことは、殆どないのだ。

 この場所で喋ることが出来るというのは、二人の関係性としては、大いなる進展となるだろう。

 それに、聞きたいこともある。

 ぼくの隣の部屋に姫那が住んでいることを、藤堂さんはいつから知っていたのかということだ。

 先生が話を持ち出した時の藤堂さんの反応を、当然のようにぼくは確認していたのだけど、特に驚いた様子は見せなかった。

 淳也も同じだ。

 つまり、すでに先生から聞いていて、知っていたのかもしれない。

 ……だとしたら、いつなのだろう?

 前に書店で会った時は、すでに知っていたのだろうか?

 その上で、ぼくに最近、何か変わったことがあったかなどと聞いたのだろうか?

 だとしたら、その意図は、いったいなんなのだろう。

 話をする以上に、聞きたいことばかりが募っていく中でのことだ。

「あ、天城さんが出てきたわ!」

 突然、先生が声をあげた。

 それでトラックに視線を向けると、すぐに陸上部のユニフォーム姿の、姫那を見付けることが出来た。

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