六章 アンバーカラー 4—5


 おれがU。

 おれがアンバーを……エヴァンを、みんなを殺した。おれが……。


 なんとなく、ここへ来れば、こんなことになるような気がしていた。

 あけてはいけない封印の箱をあけてしまうんじゃないかと。

 生きてはいられないほどの絶望につきおとされるような、そんな気がしていたのだ。


「おれが……U? でも……でも、おれが帰ったときにはもう、アンバーは倒れて……」


「君が外から帰った直後に、裏人格が出たんだろうさ。あのプログラムがいつ出てくるかは、君自身にもわからない。あれはランダム発動する仕組みだからね」


 ジェイドは何かにすがりついていなければ、奈落の底に吸いこまれてしまいそうな不安な気持ちで、必死に記憶ファイルを検索した。


「でも——そうだ。エヴァンが殺されたとき、おれはパールといっしょにいた。おれはエヴァンの悲鳴を、パールと二人で聞いたんだ」


「君が悲鳴を聞いたのは、EVを殺したときだ。このところ、私はずっと君を監視していたから知っている。君は酒場でパールをテーブルに残し、EVをつれて、いったん外へ出たのだ。そのとき、EVを殺し、悲鳴を聞いた。それから酒場へ帰り、入口のゲートをくぐったところで表人格にもどった。

 パールと歩きながら悲鳴を聞いたような気がしたのは、殺人の記憶を消しているときに起きた、ちょっとした混乱だろう。あのとき、EVの悲鳴を聞いたのは、君だけだ。事実、君たちをつけていた私には聞こえなかった。おそらく、パールが生きていれば、彼女も聞いてないと言うだろう。パールは君が聞いたと言ったので、自分には聞こえなかったが、悲鳴はしたのだろうと誤解しただけだ」


「そんな……」


 つぶやくが、しかし、そのとおりだ。

 そう考えれば、すべてが、すっきりと一つの枠のなかに収まる。

 ジグソーパズルのピースが、すべて、ピタリとはまる。まるで作り物の、この人格チップのように。


 もし犯人がジェイドだとするならば、キューブシティーの住民登録者であるのは当然だ。

 また、マーブルだって安心して部屋に招き入れただろう。いや、それ以前に、マーブルの部屋のセキュリティシステムに、入室許可者として登録されていた。らくらく侵入できる。


 マーブルに関しては、以前、EDが言っていたとおりなのだ。

 エヴァンのベースキャンプにむかう前に、公園で別れて帰っていったマーブルのあとを追い、殺害。

 その後、ふたたび公園へ帰って、パールと落ちあった。もちろん公園を出ていったあいだの記憶はない。


 ドクとパールについては、EDとエンジェルが二人でいるうちに、一人ずつ順番に殺していった。


 ドクはジェイドがUであることは知っていたはずだ。そういえば、ファイルは集まったのかと、そんなことを言っていた。

 だが、Uが、Aのチップを集めるために、相手を殺してまわる殺人マシーンだとは思っていたなかったのではないだろうか。そこまで詳しいことをエヴァンから聞かされていなかったのかもしれない。

 そして、油断しているところを殺された。


「あのとき、ドクの死体を、サポーター用の調整機にかくしたんだな? E、あんたが?」


「そうだ。おまえたちのあとを追って、研究所にたどりついてみれば、あたりはオイルの海。裏人格が出たとわかったので、あの場をごまかすために、オイルをぬぐい、死体をかくした。

 そのあと、おまえたちを貯水槽に誘導する細工をした。私自身も調整機に入り、おまえたちが地下にむかったところで、ダイアモンドのふりをしてパルスを送った。そうしておけば、おまえたちの目をとうぶんは、ごまかしておけると思ったからだ」


「じゃあ、サファイアは……?」


「むろん、おまえが博物館に娘を探しにいったとき、ついでに殺していたのさ」


 単純なことだろう?——と言わんばかりに、Eは肩をすくめる。


 ジェイドは両手で頭をかかえた。


「違う! そんなのウソだ! だって、おれはJADEじゃないか。Uなんかじゃないッ」

「では聞くが、おまえがフューチャーに入ったとき、乗船員登録しようとしたのではないか? エラーが出ただろう? すでに、UオリジナルのIDで登録済みだからだ」

「違う……」


「そうかな? はたして、おまえではないと言えるかな? さっきから、君は妙なことを口走るではないか? ただのJが知っているはずもないことを。Jオリジナルでさえ知らないことを。オリジナルヒューマンの、ジュンイチ・キリシマしか知らないようなことを。なぜだと思うね?」


 目の前に琥珀色の蜜がおりてくる。

 Eのおもてが、あのときのエドガーのおもてとだぶって見える。あの手術台の上から覗きこんでいた狂った男と。


「言ったろう? これは復讐なのだと。彼女はゆるそう。だが、キサマだけはゆるさないと。私はこの手で愛する者を殺した。私を裏切ったあの憎い女を。殺さねばならなくしたのは、おまえだ。私の苦しみを百倍にも千倍にもして味わわせてやると、私は言ったな?

 U。おまえだけが他の二十五タイプと異なる、もう一つの理由を教えてやろう。おまえのAIにはな。キリシマのAIが組みこまれている。キリシマの生体を解剖し、とりだしたAIが。むろん、キリシマのAIは戦闘プログラムと記憶メモリー、感情抑制装置のみだ。そのほかの部分は私がおぎなった。だが、しかし、それでも、おまえはキリシマだ。ジュンイチ・キリシマそのものなんだよ」


 ああ。そうだ。おれは……キリシマだ。

 おぼえてる。どんなに深くアンジェリクを愛していたか。AIコマンダーである自分が、どれほど、もどかしくてならなかったのか。

 悲痛な別れのあとの、思いがけない蜜月。彼女の体がどれほど熱く甘美だったか……おれは知っている。


「だから、おまえに彼女を殺させた。おまえを苦しめるために、チップを一万にわけ、配合を可能にして、ファイルの行きさきを散らせた。おまえに一万人のAを殺させるために。そして、おまえは一万人のAを殺した。おぼえがないというのなら、おまえの備品保管スペースをしらべてみるがいい。ここへ来るまでのあいだに殺した、数人のAのチップが、そこに入っているはずだ」


 ジェイドは恐る恐る、大腿部に手を伸ばした。人工皮膚のつぎめをめくり、保管スペースをひきだし、信じられないものを目にする。そこに入っているはずのないものが——五枚の人格チップが入っているのを。


「ウソ……だ」


「ウソ? 目の前に、これほど歴然たる証拠があるのに? 言っておくが、JADEなんて型式は、なんの意味もない。Uタイプは裏人格とキリシマのAI以外は、他のタイプとの組み立てで、まにあわせる設計になっている。

 だから、数千万年前。おまえを起動させるさい、私がJAの型式を持つJタイプのAIをコピーし、表人格として組みあわせた。本当の型式を、おまえに知られてはならないためと、おまえ自身をAチップの保有者にするためだ。

 そうすれば、いずれ九千九百九十九のAチップが集まったとき、おまえ自身のプログラムが、おまえを殺す。おまえの最後の犠牲者は、おまえ自身だ。さあ、死ね。殺せ。それが唯一、おまえの救われる道だ。神はそれを望んでいる」


 Eの声が、どこか遠い。

 言われなくても、ほんとのことはわかっていた。

 このところ、ずっと、自分の体が誰かに乗っとられているような、変な感じがしていた。


 ただ、信じたくなかっただけだ。

 自分が人殺しのためだけに造られたロボットだなんて。

 エヴァンを、ドクを、パールを……なにより、アンバーを殺したのが、この自分だなんて。

 愛しい人を一万回も殺してきた——それが自分の罪だなんて。


 EDが、エンジェルが、オニキスが、ひきつった顔で自分を見つめている。Eだけは薄ら笑いしているようだ。

 もう、それも、どこか遠いことのような気がした。


 オリジナルヒューマンが蘇るかどうかなんて、自分にはどうでもいいことだ。

 自分はただ、ずっとアンバーとよりそいあって生きていけたら、それでよかった。

 ただ、それだけだったのに。


 やっぱり、アンバーが呼んでたんだな。

 そんな気がしてたよ。

 アンバーはさみしがりやだから。


 ごめんよ。アンバー。一人にさせて。

 今、帰ってきたよ。

 二度と君のそばを離れないよ。今度こそ、永遠に。


 ジェイドは微笑み、こめかみに手をあてた。

 これまで一万ものアンドロイドたちにしてきたのと同じことをするために。

 自分の呪われたAIを破壊するために。


 自分の手に力をこめ、こめかみの装甲板をつきやぶった。

 衝撃を感じた瞬間、目の前に、あの夢のなかの、アンバーの琥珀色の笑みがひろがった。

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