六章 アンバーカラー 4—2


 ジェイドはたずねた。

「じゃあ、ドクも、あんたの協力者だったのか?」


「ダイアモンドなら、Dオリジナルの分身の一体にすぎない。代えのきくコマの一つだ。むろん、あの研究所は、私がDオリジナルたちのために建設したものだ。

 ダイアモンドはEVを介して、私の実験に投合した。卵子提供者とクリーチャーの遺伝子を組みかえる実験などにたずさわっていた。が、クリーチャーの遺伝子は人類復活には不向きだとわかった。卵子提供者の卵巣摘出も、二年前にダイアモンドがおこなっている。彼はもう必要ない」


 聞いているうちに、だんだん怒りがこみあげてくる。


「そんなことってあるか。少なくとも、同じ信念のもとに共同研究してた相手だろ? そんな簡単に切りすてて……。それに、そんな実験じたい、自然に反してるよ。だって、あんたが手を出さなければ、この星は今とは別の形に進化してたんだろ? 生まれてくるはずだった生き物が、生まれないままに終わってしまったことだってあるはずだ。そんなの、いくら神の意思だからって……」


 Eの語調は変わらない。あいかわらず、冷静なままだ。


「そういうのを、なんていうか知ってるか? テラフォーミングというのだ。人間はこれまでに何度も、それをしてきた。火星でも、木星の衛星でも、銀河系の外の星でも」


 Eが理解不能なことを言いだしたので、ジェイドは黙りこんだ。

 Eは続ける。


「この世の理は弱肉強食だ。自然を支配する力のある者が、それに多少、手をくわえたからといって、自然の摂理をまげることにはなるまい。それは最初から、そうなるはずだったというだけのこと。

 第一、私はこの星の環境を破壊しようとしたわけじゃない。人間が住みやすくなるための変化を、ほんの少し、うながしただけだ。それによって、この星を支配するはずだった別の生物が誕生しなくなろうとも、私には関係ない。進化をあやつるほどの力を持つ人類が、この星の王となるのは当然のことだ」


「……あんたは、変わってない。そういう独善的なところ」


 ジェイドには、そう言ってやるのが精一杯だ。


「その問題について、私はこれ以上、議論するつもりはない。これほどの科学力を持つ人類が、このまま滅亡するなど、もったいないではないか。彼らは復活させるべきだ。彼らには、それだけの力がある」


「だけど、ドクは言ってた。ムリに動物どうしをかけあわせても、人間を造りだすことはできないって。人間とは似ても似つかない化け物になってしまうって。人間を復活させるなんて、ムチャなんだ」


 ニヤリと、Eが笑う。


「むろんだ。神は、そんな不確実な方法で、人間を造りだそうなどとは考えていなかった。惑星上の生態系をととのえるのは、あくまで人間の暮らしやすい環境にするためでしかない。人類が誕生し、うまく繁栄していけば、もう生態系に手をくわえる必要はない。神が私に託したのは、そこまでだ。そのために、何億年でも生き続けることのできる我らを、神は創造した」


 Eオリジナルの視線が、二重らせんのホログラフィーへとなげられる。


「神は我々を造った。神の姿を写した、この機械の生命を。だが、それはあくまで、かりそめのもの。神の真の目的は、神自身を復活させることにあった。神は我々を造るときに、ここに仕掛けをほどこしたのだ」と言って、Eは自分のこめかみに指をあてた。


「人工知能のことか?」


 ジェイドは宇宙船のなかで見つけた、AIの設計図を思いうかべた。

 あの精緻せいちをきわめた人工知能のどこかに、まだ、ジェイドたちの発見しえなかった秘密が隠されているのだろうか?


 Eオリジナルの顔を見て、うっすらと寒気がする。

 あの自信満々な笑み。

 やはり、そうなのだ。

 ジェイドたちのAIには、何か重大な秘密があるのだ。


「神がこの方法をとったのは、前述のとおり、彼らの生死にかかわらず、ボディーを長期保存しておくことができなかったからだ。

 この計画の前段階では、オリジナルヒューマンのクローンを、惑星到着後に作成する方法が検討されていた。だが、残念ながら、彼らが保存可能だったのは、せいぜい受精卵一つだった。液体窒素など、保存に必要不可欠な材料がそれしかなかったのだ。惑星の現状がわからない以上、毛髪などの保存もどこまでもつか保証はなかった。

 そこで神は、クローン再生をもう一歩、ふみこんで考えた。残しておくのは、彼らの遺伝子そのものでなくてもよい。遺伝子情報さえあれば、その塩基配列をもとに、彼らのDNAを作成することは可能だ。

 その場合、どのような形で情報を残しておくことが適切か? 紙やディスクのデータでは、経年劣化によって、それさえ消滅しかねない。どっちみち、彼らのクローンを作成し、再生するためのロボットが必要でもあった。ならば、そのロボットじたいに、宝の番人をさせればいい。

 神は我々のAIに、彼ら自身の遺伝子情報を、ファイル化してインプットしておいたのだ。各タイプ二十五体に、モデルとなった人間の塩基配列を、シークレットファイルとして付加した。

 AIの設計図を見たのだろう? 我々の人格を形成する基本人格プログラムは一万にわかれている。一万のチップの一つずつに、ファイルは分割して収められている。一万のチップが一つも欠けずに集まって、初めて一人の人間を構成する遺伝子情報が完成する」


 ぞくりと背筋に悪寒が走る。


「そんなの……どうやってとりだすんだ? おれたちの頭から……? それに、チップはいろんなタイプどうし、交換して組みあわせられる。ファイルがバラバラになるじゃないか」


 言いながら、ジェイドは、すでに返ってくる答えに、心の底てば気づいていたのかもしれない。悪寒が止まらないのは、そのせいだ。

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