五章 メモリー 1—3
*
暗い廊下が続く。
EDの言う“ヤツら”の気配は、今のところ、まったく感じられない。
「何もいないな」
「ここはまだ、ほんの入口だからな。宇宙船の内部は、三十階の階層にわかれている。宇宙空間を航行中は、船ぜんたいが回転することによって、船内に重力を作っていたようだ。
キューブシティは、これをモデルに設計された。まあ、モデルと言っても、Eの設計にくらべれば、こっちはずいぶん稚拙だが。じっさい、メイン動力に事故を起こすような設計だ。
Eはこのことがあったから、どのドームシティにも原子力発電を起用しなかった。メインに太陽光発電、補助として風力、水力発電など。サンダーシティのように、落雷蓄電というユニークな方法もあるが、いずれもクリーンエネルギーだ」
あたりに油断なく気をくばりながらも、EDの口調は熱心だ。ジェイドはちょっと笑みをさそわれた。
「あんたって、ほんと、Eオリジナルのこと好きなんだな」
「ああ。尊敬している」
臆面もない答えが返ってくる。
EDにここまで言わせるとは、Eオリジナルは、よほどスゴイ人物なのだろう。
EDは照れたのか、急に話題を変えた。
「それにしても、ここへ来るのは何万年ぶりかな」
オニキスが答える。
「そうさな。おおよそ百万年ぶりかな。あんたとは。僕はあのあとも二、三度、入ったよ。初めに来たときに、IDも登録してあったからね。それで、ひとつ発見をしたのさ」
「どんな発見だ?」と、ED。
「昨日、話したろ。オリジナルヒューマンは、もしかしたらオリジナル二十六体の前身かもしれんと」
「そのデータが見つかったのか?」
「うん。君にも見せたい。とにかく、船のコンピューターを起動させなけりゃな」
武器をかまえながら、ジェイドたちは闇のなかを歩いていく。
ジェイドは左腕に仕込んだエアガンをいつでも発射できるよう、発射口の指さきを前方に向けた。右手はひじのロックを外し、折りたたみ式のカッターを伸ばして固定する。
EDはスタンガンを翼から外している。
以前、ジェイドを襲ってきたときのやつだ。今回は先端に羽の玉飾りの一つをヤリの穂先のようにとりつけている。放電の出力さえ上げれば、殺傷能力は充分にある。
オニキスは市場で買った火炎放射器を背負い、催涙弾やプラスチック爆弾などを、たっぷりベルトにぶらさげていた。
爆弾はジェイドも買っているが、数はそんなに多くない。
オニキスは宣言した。
「言っとくが、僕ァ、学者だ。あくまで戦闘は、君らの援護にまわるていどと思ってくれよ」
もちろん、ジェイドだってそのつもりだ。いちおう、戦闘が専門なのだ。
「それはいいけどさ。コンピューターを起動させるって、どうするんだ? ここの動力は、みんな停止してるんだろ?」
オニキスは高笑いしかけて、あわてて声をのんだ。
「いやいや、ほんと。君は我々に感謝すべきだ、ジェイド。うん。感謝すべきだね。
この船の動力は三つある。EDはそう言っただろう。一つずつ発電システムが違うんだよ。メインは故障した原子力発電。サブの二つが、宇宙船外部にとりつけたソーラーパネルでおこなう光起電力発電。そして、水力発電。船内で使用された排水は機器類の冷却として船内を循環し、ふたたび、ろ過されて生活用水にまわされる。その水の循環を利用した発電だ。
このうち、太陽光発電は、宇宙船が地下に埋没したことで機能しなくなった。水力発電も循環パイプが破損して、発電不能になっている。
残るは事故を起こした原子力発電だけだ。百万年前、初めてきたときは難儀したよ。原子炉を修復して、発電可能な状態にするのに、かなりの時間をついやした」
「じゃあ、あんたたちで修理したのか? たった二人で?」
「いや、二人じゃない。あんな変なヤツらがいるなんて思ってなかったからね。初日はすぐに引き返した。僕らだって命は惜しい。ああ、惜しいとも。後日、EDから、EAとEM、それに当時はEDと連絡のあったEVに収集をかけてもらった。技術者をそろえたうえで、僕とサファイア、それと渡り屋をしていた、JとTを雇ったっけな。合計八人だ。それでも、命がけだった」
そのときのことを思いだしたのか、オニキスは身ぶるいした。
「そんなだから、あのときは調査らしいことは、ほとんどできなくてね。かろうじて、ここが宇宙船だということがわかっただけだ。しかし、苦労したおかげで、僕のIDをクルーとして登録できた。だから、その後、何度もここに足を運ぶことができたわけだ。まあ、そんなわけだ」
感情抑制値をはりつめて侵入してきたが、体内レーダーには三人の影以外なかった。
しだいに気がゆるみ、オニキスは
「ジェイド。あんたのIDも登録しといたほうがいい。さ、メインコントロールルームはこっちだ」
オニキスが大きな手ぶりで手招きしてみせた、そのときだ。
レーダーのすみに何かが動いた。
三人以外の影だ。
ジェイドは視線をそっちに向けた。
廊下の端に、すでにその姿が現れていた。エックスレイの視界に、青く骨格が浮かびあがる。バイオボディだ。
それは全体の輪郭だけで、ジェイドをすくみあがらせる。
あるものを思いださせるのだ。
ドクの研究所の秘密部屋。
あの第三ラボの人工子宮のなかで、培養液につかっていた、クリーチャーたちを……。
(同じ? いや……同じじゃない。細部や骨格に違いが……でも、似てる。一つの種から枝分かれして進化した生物みたいに)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます