四章 フューチャー 2—1


 2



 暗い水中を、どこまでも流されていった。


 やがて、打ちあげられたのは、草原のなかを流れる大河の岸辺だ。

 濁流が激しく川底の砂をさらいながら流れていく。流れがカーブを描いていたので、岸にひっかかったらしい。


 ドクの研究所の地下水脈が、地上の川と合流したのだ。


 ジェイドは岸に這いあがり、あたりを見まわりした。すぐ近くにEDとエンジェルの姿がある。エンジェルはぐったりしていたが、体に損傷はないようだ。


「エンジェル。大丈夫?」

「少し水を飲んじゃった。けど、EDが守ってくれたから、平気」


 ちぇっ。どうせ、おれにはEDみたいなスゴイ機能はないよ。


「それにしても、だいぶ流されたなぁ。ここ、どのへんだろう?」


 すると、スゴイ機能のEDが、そくざに答える。


「ガーデンシティの西三十キロ付近だ。シティのマザーが発する電波を受信した。他の都市との通信電波だった」


 個人での電波の送受信は、せいぜい同じ都市内でしかやりとりできない。それに、みんながいろんな周波数の電波をとばしあうと、かえって混乱を招く。

 シティからシティへの遠方の通信は、各都市のマザーコンピューターが一括で担っている。


 EDはその電波を感知して、電波の発信源までの距離を計算したのだ。


 ジェイドは腕を組んだ。


「西三十キロか。じゃあ、ドクの研究所から六十キロは離れたな」

「とにかく、いったん、ガーデンシティへ帰ったほうがいい」と、EDは言った。


 エンジェルの食料もなくしてしまった。

 ほかに方法はない。


「そうだな。今後のことは歩きながら話そう」

「ああ」


 ところが、とうのエンジェルが言いだした。


「待って! シャワーが浴びたい! 髪のなかまで砂だらけなのよ? 気持ち悪い」


 水が苦手のロボットには理解しがたい感情だが、エンジェルが言うからにはそうなんだろう。


 話しあいは、エンジェルの水浴びシーンをバックに行われることとなった。


 幸い、川辺だ。水だけは豊富にある。

 いつものEDのろか機能つきシャワーで、エンジェルは存分に水浴びができる。


「どうする? もう一度、研究所に行っても、ドク、なかへ入れてくれるかな? むりやり突入するか?」


 ジェイドの意見に、EDは首をふった。


「上は電磁バリアで、下は地下水脈。岩穴のぬけ道は、監視モニターでチェックされてるのに?」

「ムリか……」


「私一人なら、この地下水脈を逆行してでも、電磁バリアを突破してでも侵入できる。だが、それもエレベーター前までだ。強化ガラスのドアがロックされたままでは、そこからさきへは侵入できない」

「まあ、そうだよな」


 ジェイドはだまりこんだ。

 オールヌードで白い肌を陽光にさらした少女のまぶしい姿がそこになければ、暗澹あんたんたる気分になっていたところだ。


「可愛いなぁ。エンジェル。あんたみたいに改造しまくった飾りだらけのボディもキレイだけどさ、エド。やっぱり、こうして見ると、オリジナルボディが一番だよ。この世にこんなキレイな生き物がいるんだって思うと、感動する」


 EDも翼から水を噴射しながら、自分の背中ごしに、エンジェルをふりかえり、微笑する。


 エンジェルは二人に見つめられて、「見ちゃダメよ?」なんて言ってるけど、ブロンドを両腕でかきあげて、セクシーポーズなんかとってる。

 そのしぐさにはちょっぴり幼さが残っていて、エロティシズムというより、少女らしい爽やかさがあった。


 すると、とつぜん、EDが真顔になった。


「オリジナルボディか。ドクはこう言っていたな。エヴァンは、オリジナルヒューマンの研究をしていたと」

「ああ。そんなこと言ってたな。オリジナルヒューマンって、オリジナルボディの二十六体のことか? ちょくせつ、神さまに造られたっていう」


 人の手によって最初に造られた、二十六体のアンドロイドたち——

 今では、なかば伝説のなかの存在だ。


「私の知りあいに考古学者がいる。その男がオリジナルヒューマンについて研究している。どうだろう? ドクからの手がかりが途絶えてしまった今、エヴァンの足跡をたどってみては? エヴァンのたどった道を我々もたどれば、いつか真相に行きあたるのではないだろうか?

 ドクの口調から考えれば、犯人はその研究にかかわっている。研究そのものにではないにしても、なんらかの形で、オリジナルヒューマンの周辺を徘徊している。エヴァンの道をたどることは、殺人犯についても明白にする道だ。私の知人をたずねてみるか?」


「行ってみよう。今はどんな小さな手がかりでもいい。あんたの知りあいは、どこにいるんだ?」

「ファーストシティだ」

「なんだ。行きに通りすぎた街か。二度手間になったな。まあ、しかたないけどさ」


 行くさきが決まった。


 ジェイドたち三人は、ひとまずガーデンシティをめざした。

 EDがエンジェルをかかえて浮遊し、ジェイドがそのあとを走る。時速三十キロほどの小走りだが、一時間ていどでガーデンシティについた。


 うろつきまわるDタイプを見ると、ジェイドは複雑な気持ちになった。


「ドクは何人かのDと共同で、あの施設を使ってるって言ってたよな。ということは、このシティのなかに、ドクの共同研究者がいるはずなんだ。そいつらも研究の内容を知ってるんだよな?」


 ドクに共同研究者の型式を聞いておけばよかったと、ジェイドは後悔した。


「オニキスに会っても成果がなければ、ここへ戻ってきて、ドクの仲間探しをするしかないだろう」


 EDは冷静だ。


「まあ、そうだよな。しらみつぶしにしたって、しらばっくれられたら、おしまいだもんな。あんたの知りあい、オニキスっていうのか」


「型式ONYXだ」


「オニキスって、縞瑪瑙しまめのうだろ? おれは翡翠ひすいだし、ドクはダイアモンド。型式って、おもしろいよな。たまに、ものすごい単語になっちまうから」


 アンバーは琥珀こはく

 パールは真珠。

 マーブルは大理石……。


(あれ? なんか殺されたのって、宝石のつづりの女の子ばっかりだな)


 ああ、でも、エヴァンは違うか……。


 何か一瞬、ひっかかった。

 けれど、ジェイドはすぐに忘れてしまった。

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