四章 フューチャー 1—2


 エンジェルが、さっきの部屋で眠っていた。ジェイドとEDの入ってきた物音で目をさまし、大きなアクビをする。


「うーん、よく寝た。もう朝?」

「ああ……そうかな」

「お腹すいた」


 ジェイドはEDと顔を見あわせる。

 あんた、作ってやれよ。そのあいだに、おれがドクを探してみるから——と、ジェイドはロボットにだけ感知できるパルスをEDに送った。

 EDはうなずく。


「おいで。エンジェル。キッチンで何か作ろう」


 出ていこうとする二人を、ジェイドは呼びとめた。


「あの、エンジェル。おれたち、昨日、みんな、ちょっと変だったよね? ごめんよ」


 エンジェルは何回か、金色の長いまつげをバサバサさせた。そして、華麗に微笑む。


「わたし一人だけ、みんなと違うことには気づいてた。どうして、みんな、わたしができないことを簡単にできるんだろうって、悩んだこともあった。わたしは力も弱いし、熱が出たり病気にもなるし、できそこないなんじゃないかって思って、泣いたこともあったけど……原因がわかって、サッパリしたわ。わたしは、わたしで、ふつうだったのね」


 エンジェルは毎日、明るい笑顔の奥で、そんなことを考えていたのか。

 この人を守ってあげたいと、ジェイドは思った。


 その思いは、ほかのどんな思いより強く、心の奥底からわきあがってくる。

 もし、この思いが、そう思考するようにプログラムされているとしたら、よほどの優先事項なのだろう。

 あるいは、自分たちはそのために作られたのかもしれない。

 人間を——自分たちの造物主を守り、生かすために。


 だからこそ、自分たちは、人間にはない強健なボディを与えられたのかもしれない。


 そんな気がした。


「もう悩む必要はないよ。でも、エンジェル。このことは、おれたち以外にはナイショだよ? みんなが知ると、昨日のおれたちみたいになってしまうからさ」


 エンジェルは微笑を残し、EDと出ていった。


 ジェイドは一人でドクを探し続けた。

 中央の研究室へ入るまでのぬけ道のなかは、どの部屋もからぶりだった。


 中央研究室だろうか?

 ジェイドたちがフリーズしてしまったので、研究をするためにそこへ行ったのかもしれない。

 ドクなら、ありうる。


 そう考えたが、やはり、研究室にもドクの姿はない。ということは研究室から続く三つのハッチのなかの、どこかだ。


「おい、ドク? どこだよ?」


 エヴァンのキーを使って、奥の三つの部屋にも行ってみた。しかし、無人だ。牧場のすみずみまで調べても、ドクはいない。


(あとは動力室の地下か。あそこは、まだ行ったことないな)


 牧場からエレベーターを下降させる。


 地下は貯水槽になっていた。

 多数の家畜と、その飼料にする植物を育てるためには、大量の水を確保しておかなければならない。

 貯水槽は、幅五十メートル。

 奥行きは百メートルくらいあった。

 殺菌用の弱い紫外線が、ほのかに水面をてらす。


 そこに、何かがゆれている。

 よく見ると、水の底に沈むものがあるのだ。

 水深は深い。百メートルか、それ以上。

 照明は殺菌用ランプだけなので、光スコープの視野で見きわめるのは難しかった。

 赤外線スコープに切りかえる。

 が、こっちでもよくわからない。

 わかるのは、それが人の形をしているということだ。


(ドク……?)


 ジェイドはすくんだ。


 まさか……?

 すぐに、たしかめなければ。


 追われている感じはしなかった。

 だから油断していたが、ここまでアイツがやってきたのかもしれない。

 アンバーを殺した、アイツが。

 これまでのヤツの行動を考えれば、ドクは充分、口封じに値する人物だ。


 今すぐ、とびこみたい。

 だが、もしも、この研究所に犯人が侵入しているのなら、パールやEDに知らせておかなければならない。

 ジェイドは急いで、彼らのもとへ向かった。


「エド! エンジェル!」


 調理室へ行くと、よごれた皿を水洗いするEDと、口を泡だらけにして歯磨きするエンジェルがいた。

 安心して、ジェイドはひざの力がぬけそうになる。


「よかった。無事だった」


 EDがたずねてくる。


「ドクは見つかったのか?」

「それどころじゃないぞ」


 ジェイドは例の電波信号で、事態を説明した。


「エド。エンジェル。二人もついてきてくれ。バラバラでいるのは危ない。パールを起こそう」


 ジェイドは調整ルームへ走った。

 そして——ハッチのなかを見て、立ちすくむ。


 遅かった。

 やはり、あいつが来ている。

 パールの頭は割られ、調整機から前のめりに体をのりだして倒れていた。


「パール……」


 ぼうぜんとするジェイドのうしろから、EDとエンジェルがかけつけてくる。EDは室内の情景を見ると、エンジェルの目を手でおおった。


「……ヤツだな」

「ああ。追ってきたんだ」

「ならば……」


 ドクも?——と、EDのパルスが伝わってくる。


「ああ、たぶん。たしかめてみないと断言はできないが」

「調べに行こう」


 ジェイドはパールの体を調整機から、ひっぱりだした。ていねいに床によこたえる。割れたこめかみから流れるオイルを、きれいにぬぐいとった。


 パールは泣いているようだった。

 頰に象嵌ぞうがんされたティアドロップカットのピンクサファイアが、涙のようにキラリと光った。


「ごめん。パール。こんなところまで、つきあわせて」


 この旅のあいだ、パールとは意見の食いちがうことが多かった。二人の仲がかみあわなくなってきていたことは、ジェイドも自覚していた。

 それでも——いや、だからこそ、パールに申しわけない気持ちでいっぱいになる。


(おれの旅についてきたばっかりに、パールは殺されたんだ)


 きっと、犯人と遭遇したのだ。

 あるいは、犯人の秘密を知ってしまった。

 ジェイドについてきさえしなければ、パールは今でも平穏に暮らしていたはずなのに。


 そう思うと悔やんでも悔やみきれない。だが、悔やんだところで、パールは戻ってこない。


「ジェイド。行くぞ」


 EDにうながされ、ジェイドは立ちあがった。


 ここで旅をやめることはできない。

 この旅が終わるのは、犯人をつきとめ、この手で復讐をとげたときだけだ。


 グズグズしてはいられない。

 こうしているあいだにも、ドクは助けを要しているかもしれない。


 貯水槽の底に沈んでいるのがドクならば、一分一秒でも早く、救助しなければ。

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