一章 マーダー 2—4
考えているあいだ、まばたきするたびに、いつもの自分の部屋ではない景色が見えた。
なんとなく、ガラスの水槽に入ったような景色。
ガラスの表面に映る、マーブルの顔も見えた。
以前は貴族的なスタイルを好むエヴァンにあわせて、腰をしめつけたドレスを着ていたが、今は髪を短く切り、モダンなワンピースをまとっていた。
ジェイドは自分のずぼらな服装が恥ずかしくなって、部屋の鏡に背を向けた。これでマーブルには、ジェイドの姿は見えない。
「新しいパートナーが見つかったんだね。おめでとう」
「ありがとう」
そういう声は、少しさみしげに聞こえた。やっぱり今でも、マーブルはエヴァンを愛しているのだ。
「でも、よくわかったわね。わたしにパートナーができたこと」
「マーブルは昔から、相手にあわせて服の趣味を変えてたじゃないか」
「そうね……」
「君、今、どこに住んでるの?」
「ウォーターシティーよ」
「へえ。知らなかった。けっこう近くにいたんだ」
ウォーターシティーなら、キューブシティーのとなりの都市だ。行こうと思えば、いつでも行ける。
もしかしたら、マーブルはわざとキューブシティーの近くを選んだのかもしれない。
もちろん、エヴァンが現在、キューブシティーに住んでいることは、マーブルも知っていたから。
離れてはみたけれど、本当に遠くへ行くことはできなかったのだろう。いざというとき、すぐにエヴァンのもとへかけつけることができるように。
ジェイドはマーブルに、エヴァンの死を知らせるべきかどうか迷った。
エヴァンの死は知らせずに、ベースキャンプの場所だけ聞きだすべきか……。
ジェイドが迷っていると、マーブルのほうから切りだした。
「エヴァンに、何かあったの?」
「ええと……」
「そうじゃなきゃ、とつぜん、あなたから、わたしに連絡してきたりしないでしょう?」
「ああ……」
「いいのよ。言って。あなたが話したがってるとマザーに言われたとき、覚悟はしたから」
しかたない。もう黙ってはいられない。
「じゃあ、言うよ。エヴァンが死んだ」
数瞬のあいだ、マーブルの返答はなかった。
フリーズしてしまったか、あるいは二百年前のジェイドのように、回路に傷でも負ってしまったんじゃないかと、ジェイドはあせった。
「マーブル、平気かい?」
すると、返事が戻ってきた。
「平気じゃないけど……そう。エヴァン、死んだの。いつか、この日が来るってことは、わかってたわ」
マーブルの声は、妙にゆるやかだ。たぶん、泣いているのだ。
「エヴァン……どんなふうに死んだの? やすらかに逝けた?」
ジェイドは胸が痛んだ。
やっぱり、マーブルに嘘はつけない。
「ちょくせつ会って話すよ。今日、これから発つからさ。ちょっと長い話になるけど、いいかな?」
「わかったわ」
いくぶん、そっけなく通話が切れたのは、一秒でも早く一人になって、思いきり泣きたかったのだろう。
ジェイドはマザーとのアクセスを切った。
ウォーターシティーからエヴァンのベースキャンプへ行くのなら、長旅になるかもしれない。旅じたくが必要だ。
ジェイドの動力はソーラーシステムだ。陽光の届かない地下での行動にそなえて、いつもより多めに蓄電できる非常用バッテリーパックをつけておかなければ。
それに、補助記憶装置だ。外付けディスクをわき腹内部の予備スペースにとりつけた。
外には竜がいるから、戦闘用に自分をカスタマイズもしておかなければならない。両腕に仕込んだエアガンや、スライドカッターのぐあいをたしかめ、整備した。
そのうえで、竜の牙を通しにくい、丈夫なレザースーツをタンスの奥から、ひっぱりだして着込む。
準備完了だ。
今朝、調整機に入ったから、交換用のオイルは携帯していかなくてもいいだろう。
ジェイドが身ひとつでコンパートメントから出ると、すぐ後を追って、ふわふわ飛んでくる人影があった。
「パール」
「ベースキャンプ、どこにあるかわかったのね?」
「いや、それは、まだ。とりあえず、マーブルに会って話を聞くことになった」
「あたしも行く。いいでしょ?」
見れば、パールも旅姿だ。
「でも……」
「ダメだって言っても、ついてくから」
「しょうがないな」
「安心して。あたし、自分の身くらい守れるわ。知ってるでしょ?」
Pタイプは戦闘能力が高い。女性型では一等だ。
「それに二人でいれば、オイルはいつでもクリーンに保てるわ」
まあ、たしかにそうだ。
ジェイドはパールと二人、キューブシティーを旅立った。
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