午後三時の恵子さん

猫目 青

午後三時の休憩室

 少子化のために、結婚しろだなんて言う方がおかしいんだ。係長からのパワハラ言動に怒りを覚えながら、私は休憩室の扉を潜っていた。

 図書館用具を扱う私の会社では、どういうわけか図書館から譲り受けた大量の蔵書が休憩室を占拠している。畳六畳ほどの大きさの休憩室には大きな本棚がずらりと並び、ただですら小さい部屋を窮屈なものにしているのだ。

 休憩室の中央にはイスとテーブルが置かれている。そこから、紅茶の美味しそうな香りが漂ってくる。ふわりと紅茶の香りが鼻腔に広がって、嫌な気持ちが吹き飛んでいく。本当にこの香りは嫌なことを忘れさせてくれる。

 その場所に彼女はいた。すらっとした足に、ぴかぴかのハイヒールが似合う。古い会社の制服――紺のベストとスカート――に身を固めた彼女は、パーマをかけた髪をゆるやかに肩まで伸ばしていた。

「いらっしゃい。アールグレイでいいかしら?」

 上品な言い回しが、彼女の育ちの良さを物語っているようだ。恵子さんはしゃんと姿勢を正して、椅子に腰かけていた。

 彼女の側には、ピンクの花柄が可愛いモダンなティーカップが二客置かれている。

「あぁ、恵子さん聴いて下さいよっ!」

 彼女を見るなり、私は泣きそうになっていた。ダッシュして椅子に転ぶように腰かけ、マシンガンのごとく係長の愚痴を彼女に話していた。

「それでね、だったら私の息子を紹介しよう! 見合いはどうだとか言ってくるんですよ! もう気持ち悪っ!」

「とりあえず、お茶でもどう?」

「はい……」

 彼女の微笑みに何も言い返せなくなる。

「何を話したいかは分かったけれど、その乱暴な言葉使いはどうかと思うわ。それにあなたには、いい人がいるんでしょ?」

 アールグレイの明るい水色を眺めていた私に、恵子さんは紅茶を飲んで一言いう。恵子さんの言葉に、私はすっと頬が熱くなるのを感じていた。

 書店で働いている彼の姿が脳裏を過ってしまう。いつも本を買いに行く書店にいる彼。その彼のことが好きだと、恵子さんにはどういう訳かバレているのだ。

「それにね、私の時代にはそれは当たり前の言葉だった。つまり、頭の固い人なのよ」

「頭の固い人……」

「そう、石頭」

 笑みを深め、彼女は紅茶のカップをソーサーに置く。その笑みがなんとも清々しくて、私も釣られて笑っていた。

 チャイムが鳴る。

「あら、もう終わりなのね」

 がっかりとした様子で、恵子さんは椅子から立ちあがっていた。

「え、もう休憩時間、終わりですか?」

「しかたないわ。お仕事頑張ってね。寿退社なんて絶対にしちゃだめよ」

 恵子さんが私に手を振ってくる。彼女の体は次第に透けていって、チャイムが鳴り終わるころには見えなくなっていた。

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