キラーチューン

山田波秋

第1話

「川本さん、内線3番にお電話です。いつものアレですけれど、どうしますか?」

庶務の子が僕に向かって言う。

僕は参ったと言う顔で、「今週は出張中って言っておいて。」と答える。

僕は正直参っていた。

「えー、川本ですが、あいにく今週は出張になっておりまして、戻りは来週になります。」

庶務の子はいつものように手馴れた感じで応対する。

勿論、僕に今週出張なんて無い。って言うか最近は篭ってプログラムする仕事がメインなので、出張なんて当分ないのだが。


”いつものアレ”とは、僕にいつも電話してくる女の子だ。誰かは知らない。ただ、「和歌子」と言う名前だけは知っている。なんで、僕の電話番号を知ってるかって?それは、きっとキャバクラとかで名刺を配りすぎた結果だろう。自業自得だ。


以前、フィリピンパブに先輩に付き合わされて行った時は翌日に早速「カワモートさんイマスカ?」と言う電話がかかってきた。参った。その時は、庶務に言って「川本は一身上の都合により、退職いたしました。」という事にしてもらった。


それ以来、むやみに名刺を配ることは無い。だから、僕の電話番号を知っているのは、それ以前のキャバクラの女の子か、仕事上の付き合いのあるお客様、と言う事になる。


「和歌子」と名乗る人物は先月からよく電話がかかってくるようになった。まぁ、最初のうちは「すいません。今仕事中なのでこういう電話はちょっと。」と話し、向こうが話す前に切っていたが、毎日のようにかかってくるようになり、それ以来は、ずっと庶務の人に言って嘘の理由で逃げている。不思議なのは、その時は決まって「和歌子です。気づいてますか?」とだけ言って電話を切る事だ。それ以上の会話はなかった。僕が「和歌子」を知っているのはこの情報しかない。


僕は孫請けの小さなプログラム会社に勤めている。SEやITコンサルタントなんていう肩書きは勿論ない。二流の高校を出て、三流の大学に入り、遊びまくった結果、このような職場しか残っていなかったのだ。


だが、プログラムは前から好きだったし、苦ではなかった。僕はあまり仕事上のお客様との折衝とかは苦手なほうなので、そういうのはSEにやらせて、提出された仕様書を元にプログラムを組んでテストする。残業は多かったが、その分給料にはなった。

こんな僕なので、当然彼女はいない。でも、好きな人はいる。庶務の日下部さんだ。最近の僕みたいに家と会社の往復だと出会いが無い。狭い世界。それが理由かはわからないが僕は日下部さんの事が気になりだした訳だ。


だから、これ以上僕に恥を欠かせないように「和歌子」からはもう電話がかかってこない事を祈る。とりあえず、今週一週間は電話は無いだろう。平和な世界だ。

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