第2話
「193、点呼!」
昨日ぐっすりと眠ったせいか、今日はこの声がかかる前に起床していた。正直TVもPCも無いこの部屋は暇であった。ただ、窓から射す明かりが暖かい。
「はい。」
とりあえず回答をする。
「よーし、今日も生きているな。じゃあ、194!・・・」
声の主は遠くなっていき、次第に聞こえなくなった。それにしても、「今日も生きている」ってのはなんなんだ?ここは自殺願望者の集まりなのか?
と、思って自分の経験にハッとする。そうだ。僕も電車に飛び込もうとしていた人間だ。いや、実際に飛び込んでいたはずなのだが。
そういえば、本来の会社には電話もしていないし、実際出社していない。無断欠勤扱いになって、僕が持っていた携帯には物凄い数の着信が入っているだろうな。
自分が突然行方不明になった会社は慌ててるのか、まだ1~2日だから何事も無く回っているのか・・・そんな事考えていたら朝食の時間になった。今日もバナナと牛乳だ。
ものの数分でそれを食すと、またアナウンスが流れる。
「本日は各人、新橋のパチンコ・パチスロを打ってもらう。店はこちらから各番号毎に指定する。一人持ち分は10万円。基本的に流れは昨日と一緒だ。パチンコ屋なので、閉店まで打ち続けてもらう。なお、持ち分が無くなった場合は本日支給する携帯で電話をする事。追加の持ち分を担当が渡す。なお、食事は自由だがそれ以外の事にこのお金を使うことを禁じる。君たちは監視されているのを忘れるな!」
今日はパチスロと来たか。今日も遊んで良い訳だ。それも、僕の借金を増やす元凶になったパチスロかぁ。金の心配はいらないときている。でも、これってあれなのかな?どこかの店とサクラの契約でもしているのかなぁ。
しばらくすると格子が開き、服と10万円を支給され目隠しをしてバスにのる。目的地は新橋だけれども、ここがどこか分からないようにしているのだろう。それにしても、それに意味はあるのだろうか・・・?
指定された店に到着する。10時5分前。お店は開店前の行列など無く閑散としている。
「そうだよなぁ~。これは出る気がしないよなぁ。僕はそんな店とかに借金をして通っていたのか・・・。」
少し暗い気持ちになるが、開店して店に入ってしまえば大音量の電子音に我を忘れる。競馬みたいに決まった時間にレースが始まるものでは無いので、基本的に自由に立ち回れるのだ。
僕はギャンブル性の高い台に着席した。なかなか当たらないけれど、1回低い確率でモードが変わると閉店まで出っぱなすような台。
僕はここに来る前にこの台で爆発して出している人を何人も見ている。簡単に考えても10万円以上は楽勝で勝っている連中。僕も、その一発を夢見て、何度散った事か。あぶく銭って言葉があるが、僕はその出ている連中を見て、「これだけ勝ったんなら、あれを食べよう、そして、あれを買おう。」なんて夢見ていた。そして、結局投資額だけ水に流れる訳だ。
だが、今日は勝手が違う。持ち金は無尽蔵だ。10万円が無くなれば連絡すればいいって言っていたもんな。渡された携帯の電話帳には唯一”本部”とかかれた連絡先だけが入っていた。おそらくここに電話すればいいんだろう。
さっそくお金を入れ、レバーを叩く作業に移る。
:
パチンコ屋には基本的に時計が無い。何時か分かってしまっては客が帰るタイミングを持ってしまうからであろう。でも、今の僕には携帯がある。携帯をチェックする。この時計が正しければ今は午後2時だ。
もう4時間も打っているのか。僕の台は出だしは良かったが出たり飲まれたりを繰り返す。そのうち飲まれたりの方が多くなっていって持ち金が減っていく。まだ爆発モードにはなっていない。
「飯、食うか。」
店員に言って食事休憩にしてもらい、持ち金から金を出してラーメンを食べた。厳密にはあとビールを一杯。別に酒を飲むなとは言われていないからいいだろう。酒に強いほうでは無いが軽く飲む分にはいい。気持ちも大きくなる。昨日も飲んたしな。。
そして、僕はまた店へと戻っていく。
:
あれから4時間。18時過ぎ。持ち金がそこを尽きそうになる。昼間はガラガラだった店も場所柄か仕事終わりのサラリーマンがどんどんと入ってきて、客の入りは8割程度まであがった。
結局19時に持ち金が無くなってしまった。10万円が一日で飛ぶのか。こりゃー、リスクも高いし、僕も借金する訳だ。疑心暗鬼で携帯の”本部”に電話をして「支給されたお金が無くなりました。」と伝える。電話の主は「193だな。入り口で待っていろ。黒いスーツに黄色いネクタイの本部の人間が居る。そうしたら193です。と言え。」と言う。
ほんとかいな?と思いながら、入り口へ向かうと、確かに黄色いネクタイの黒服が立っているでは無いか。おそるおそる「193です。」と言うと、「ついて無いな。」と言われ封筒を渡された。「引き続き、閉店まで打て。」との事。
今打っていた台に戻り封筒を開けると5万円入っていた。無尽蔵とはまさにこのことなのだな。さっそく1万円札をマシンに入れる。電子音と必要以上にチカチカとフラッシュする演出で麻痺しているけれど、正直、全部負けている訳だ。自分のお金だったら10万円負けた計算になる。そして、さらに5万円追加投資しようとしているのだ。
「正直、今から打っても閉店までには取り返せないし…なんて言うか、疲れた。」
疲れた。
まさに、その思いなのである。これが自分の貯金であれば、もの凄い後悔していただろう。10万円だぜ!?月給の手取りの半分だ。それを一日で…。
さらに、5万円の追加投資。生活費を除いて、借金した形になるであろう。それも一日でだ。
「これって、楽しいのか?」ふと疑問がよぎる。
その時、ちょうど低確率のモードを向かえた。ここが一番熱い所だ。ここで、あと一歩ノリが良いと閉店まで出っぱなしのモードに突入だ。
継続確率は95%。95%の割合で出まくるのだ。
が、95%はかなりの確率と思われるが、20分の1で5%を引くのだ。
「これは終わらないな。上手くいけばかなり取り返せる!ついに僕もこのモードに入った!」と思ったのもつかの間、あっけなく20分の1を引いてしまった。こういう時だけいい引きを見せるんだよなぁ。
結局、少量でたメダルは全部飲まれ、結果15万全額とは言わないが、13万は負けた結果になった。手元には残りの2万円。「まぁ、この2万円も全部没収だろうな。それよりも、10万円を越しているからその分、なんらかの形で借金になるのか?」不安はよぎる。
23時。閉店である。実に長い一日であった。勝っても負けても自分の金で無いと思うと、この一日がとてつもなく長い一日に思えた。自分の貯金と直結していれば、明日から立ち直れないくらいのダメージだな。ってか、午前中で見切ってるよな。などと考える。そうだ、他人の金で、勝っても自分の金になるのかどうか分からないで開店から閉店までパチスロする。
勿論、そんな経験初めてである。総じて一日楽しかったか?と自問自答すると、多分こう答える。「暇だった。つまらなかった。」と。
今までこんなに借金するまでつぎ込んだのに、一日でつまらないと思えてしまう感覚。「僕はパチスロが好きなのでは無くて金が好きだったんだな。」つい声が出てしまう。この店に居る連中はどっちなんだろう?僕は金になればいいんだ。ゲーム性なんて二の次だ。そういう本心に気づいた一日だった。
本当に今までギャンブルをしまくって、それに満足していた自分がいたのだけれど、実際に自分のお金が動かないとこれほどまでにツマラナイものかと辟易してしまう。なんなんだ!?この違い。でも、例えば、今日、大勝ちして、10万円が25万円になったとしよう。目の前に積まれるメダル。溢れ出るような周りからの羨望の眼差し。でも違うんだ。換金したらきっと全額没収されてしまう。これは”仕事”なのか!?
ただ、衣食住は守られている。朝は質素だが、昼は10万円の予算以内であれば基本的に何を食べてもいい。TVはないが寝床もある。都会では眠るところも無く日々駅のホームの近くで眠っている人たちが数多くいるのに、僕は毎日食事ができて、今のところ、日中は(周りの目から見れば)金に糸目を付けずに遊んでいるではないか!
これが僕の望んでいた生活なのか!?
わからない。わからないまま、今日も眠りにつく。
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