193

山田波秋

第1話

「おい、193!」

どこかで叫ぶ声が聞こえる。

「おい、193!点呼!」

目を開ける。どうにも193と呼ぶ声の主は僕に向かって叫んでいるらしい。

僕が193なのか?なんの番号?


「は、はい。」

とりあえず答えておく。


「よーし、今日も生きているな。じゃあ、次、194!」

声の主は遠く去っていった。


よく周りを見ると、僕は鉄格子の中に入っていた。よく映画とかで見る、あれだ。

周りを見回すと、今僕が眠っていた布団と簡易トイレと本棚が目に入る。


僕は、いったい、何をして、ここにいる?


確か僕は昨日飲めもしない酒を沢山飲んで、この世に思い残す事も無くホームに滑り込んでくる電車に飛び込んだはずだ。

「ここは天国か?それとも地獄?」

死後の世界ってのはあるんだなぁー。想定外だ。

まだまだ、僕にはやることがあるのか。ってか何をやるんだ!?


寝ぼけていたのかもしれない。

実際に肉体がここにある。手で触ると、自分の身体を確認できる。

鏡が無いので自分が今どのような姿をしているか分からないが、ここは死後の世界ではないみたいだ。昨日の続きがまだ続いているのだ。


僕は確か電車に飛び込んだはず。そこまでは記憶がある。が、痛みの記憶が無い。だから瞬間に意識が飛んだと思った。違うのだろうか?

それより、ここはどこだ?


さっきの声の主は「今日も生きているな。」って言っていたような。

そして、僕は今、生きているんだ。


しばらくすると、格子の一部が開いて朝食が運ばれてきた。

バナナと牛乳。シンプルだ。

窓からは明るい陽が差す。時計が無いので何時かは分からないが、今が日中である事にはかわりない。

昨日まで死のうと思っていたので正直食欲は無かったが、喉が渇いていたので牛乳はありがたかった。喉が潤う。


ところでここはどこなんだ?僕は警察に捕まったのか?んで、豚箱って訳か?ここはそういうところか?おれはこれから何をするんだ?


結局、暇をもてあまして残っていたバナナも食べた。思ったより美味しかった。まだこういう感覚って残っているんだな。


ちょっと振り返ってみよう。僕は、仕事も上手くいかなくて、彼女も居なくて、借金で首も回らなくなりそうになった。だから、おもいきって借入限度額まで全部借りて思いっきり遊んで、思い残す事無く電車に飛び込み人生を終える。そういうストーリーだったハズだ。ギャンブルしまくって、風俗行って、キャバクラ行って飲めない酒飲んでゲームオーバーだったハズだ。


ただ、そうはなっていないんだな。部屋を見回しても昨日まで着ていた服や財布や鞄が見当たらない。だから、どこまでが本当なのかが分からない。


「よーし、点呼終了!では、今日の任務を伝える!今日は水道橋に行って競馬につぎ込め!金はこちらで準備してある!ただし、一定金額以上勝ったら没収だ!では牢を開ける!一列に並べ!」


は?意味が分からない。今日の任務って牢獄だったら普通掃除とかそういうのじゃないのか?競馬?つぎ込め?


牢が開く。とりあえず出て、一列に並ぶ。ここで初めて他の人達と出会う。誰もが人生に絶望したような顔をしている。ただ、慌ただしいせいか、会話をする時間は無い。


「一列に並んだら列を乱さず進め!服を支給する!今日はGⅠのレースがあるからな。とりあえず一人10万支給する。狙いは自分で決めていい。焼きそばやビールを飲んでもいいぞ。だが、競馬場からは出るな!16時にまた向かえに来るからな。それまでは競馬場を出るなよ!」


なんなんだ?ここは。僕に今日10万円くれて自由に競馬しろ?ってのか?それに、ここにいるみんなに10万円支給するのか?目的は?意味は?


僕は今、競馬場にいる。服はそれなりの服を支給してもらった。競馬場までは目隠しをされてバスで連行してもらった。手元には10万円。

この10万円。僕の金なのか?今日の全てのレースが終了したら全額没収されるのか?ただ、確か「一定金額以上勝ったら」って言ってたよな。それって幾らだ?

全てに疑問符が付く中、とりあえず、競馬新聞を購入し、それを読みながらビールと焼きそばをほおばる。自分の金で無いからなのか、「こんなことしていいのか?」って疑問が沸く。

でも、いいじゃないか。この10万円使ってやろう。そんな気持ちに変換するのにはそんなに時間がかからなかった。

「どうせ僕の金じゃないんだろ?まず5R〜8Rまでは各レース1万円ずつ使う。後は1R2万円だ!中穴を狙う」

競馬なんてあんまりやったこと無いけれど、まぁルールは分かる。

作戦はこうだ。”本命を複勝で買う”。本命と称される馬が3位までに入れば配当がある。それが複勝。本命が1位になる確率は厳しいけれど3位までなら可能性は高まる。リスクは低いんだ。


「どーせ、無い人生だし、この10万円も僕の物じゃねー。だから、1回試してみたかったんだ。」

結果、10万円は8万円になった。結果から言うと2万円負け(新聞やビール、焼きそばとかもあるけれど)だけれども、5R〜最終レースまで万単位で賭けてこの負けで済んだのは奇跡に等しい。

と思ったが、やはりプラスにはならないのだな、と思う。


全レースが終了して競馬場を出ると僕を連れてきたバスが居る。別に逃げる気持ちは無いし、逃げてどうになる訳でもない。僕はバスに乗り込む。ふと、うしろを振り返ると、朝見た連中が同じようにバスに向かって歩いているのが見えた。



結局、目隠しをしてまた元の場所に戻ってきて、手元に残っていた8万円を全額渡し、今着ている服と就寝服を交換し、まだ格子のついた部屋へと戻る。


今日一日を振り返ってみる。

いったいなんだったのであろう?明日も競馬に行くのだろうか?それとも、明日から過酷な労働が待っているのであろうか?


考えていたら21時(頃だと思う)に全ての部屋が消灯された。日頃、1時や2時まで起きていたので、正直こんな時間に電気を消されても、する事が無い。

仕方が無いので布団に入って天井を見る。

明日は何が待っているのだろう?そして、今の僕の状態はなんなんだろう?193?確か朝は194の声も聞こえたから、それ以上の人数が10万円を持って競馬場に行ったのだろうか?何人かは10万円の元手を増やしたんだろうな。まぁ、それも没収されるんだろうけれど、この組織(?)はこうやって利益を出している?いや、それにしてはリスクが高すぎる・・・。


不安と共に色々と疑問に思っているうちに疑問の内容もあやふやになり、僕は眠りについていた・・・。

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