佐伯、頭をよくしてあげよう
山田波秋
第1話
僕の高校時代、クラスの女子に通称”サセ子”さんって女の子がいた。別にかわいい訳でもないし、地味で他の女子ともあまり仲良くしていなかった。どちらかというとハブられていたのかもしれない。成績は中の下。特徴が無い、空気みたいな存在だった。
なぜ、その子が”サセ子”さんと呼ばれるようになったのか。それは、たしか2年生の夏だったと思う。どうもその子に好きな男子が出来たみたいなのだ。まぁ、その男子っていうのはクラスでもイケメン(うちの高校は髪型とか服装が比較的自由だった。)であり、俗に良くクラスの人気者。彼に憧れる女子も多い。僕には誰も見向きもしないのに。カッコイイやつはやっぱ人気でるよな。
夏休み明け。こういう休み明けは一皮剥けた様に変わった人達が出てくるのが常だ。実際僕も思い切って髪を茶色にした。他には、夏のうちにカップルになって”経験”しちゃっている人たちも結構いる。残念ながら僕はまだ”経験”した事はなかった。(勿論、夏の暑い中、蝉の鳴き声を聞きながらエッチな本やビデオは見ていたが。)そんな夏休み明けの始業式。”サセ子”さんは高校デビューならぬ、”高校2年2学期デビュー”を果たしたのだ。
黒くて長い髪は金色のメッシュが入ったカールヘアーに。色白だった肌は褐色に。でも、外見だけ真似てみても、根底にある根本的な”何か”はまだ変わっておらず結局、クラスの女子には見向きもされなかった。残酷なものである。
ある日、僕ら男子の中にある噂が飛び交った、「あの佐伯が藤森に告白するらしいぞ!」と言う噂。佐伯は後の”サセ子”、藤森は、イケメン男子の苗字である。正直藤森には、ちゃんとした彼女がいるし、(まぁ、浮気相手も沢山いると聞いている。羨ましいぃなぁ~。)男子連中は、”佐伯玉砕!”のXデーを馬鹿みたいに待っていたのである。学生とは時に残酷である。人生初めての告白をみんなの笑いの対象にさせられているからだ。
Xデーは、2学期が始まってしばらくしてやってきた。藤森の下駄箱にラブレターが入ったのだ。決戦は今日の放課後の視聴覚室であった。よりによって視聴覚室とはまたベタな。まぁ、音楽室は軽音楽部が使っているし、美術室は美術部が使っているからしかたがないのかもな。それになんか視聴覚室の告白ってなんかエロイ。
男子はみんな佐伯が泣くのを楽しみにしていた。女子もそうだったのかもしれない。大体、藤森が佐伯の告白にOKをする訳がない。判っている答え。予定調和。わからないのは佐伯だけ。いや、佐伯も答えは知っていたのかもしれない。
人を好きになる時って確実に思いを伝える為には直接的に言うしかないんだろうな。間接的に伝えても、妄想の域を超えない。思い込みって事だってある。最近、ニュースでストーカーとかが出てくるのは、こういう作業を省いて、「君は僕が好きなはずだ。」って思い込んでいるのが原因なのかもしれない。「僕は君をこんなに思っているのに。」なんて、相手にとっては迷惑以外でしかない。
佐伯はそれをわかった上で告白したのだろう。抑えきれない思いをぶつけてスッキリするつもりだったのではないか。
結果は…、直接本人から聞いた訳ではないが、噂では、ヤリ捨てされたらしい。藤森も男。佐伯だって美人ってタイプではないが酷いブスって訳では無い。夏は暑い。蒸し暑い日にはムラムラと来てしまうもんだ。佐伯にとっては初体験を憧れの人と出来て幸せだったかもしれない。まぁ、藤森にとっては大多数の一人に過ぎ無いのだが。
さっきも書いたが佐伯は決してブスでは無い。それにちょっと太っているがプロポーションもそんなに悪いわけでは無い。指定の制服を校則のまま着用しているので、目立たないだけだ。
”佐伯玉砕、藤森処女奪取”の報がみんなに流れるのにそんなに時間はかからなかった。人づてで話が進んで行き、そのうちにどんどんと話が膨れ上がった。最後には視聴覚室で佐伯が突然脱ぎだし、藤森を襲ったという話にまでなるほどであった。
ただ、この事によって、佐伯の立場が悪くなることはなかった。なぜなら、すでに立場としては最低の位置にいたからだ。今回の英断で誰かと仲良くなる事もなかった。佐伯は佐伯で今のまま、派手な格好ながらひっそりとすごしていた。その姿は教室でも目立っていた。
:
しばらくして、僕の耳にある話が飛び込んできた。
「佐伯は言えばヤラせてくれるらしいぞ。」
最初は、噂が肥大して行った結果だと思っていたのだが、「俺もやった」、「俺も」という体験者の武勇伝が聞こえてきて、そしてその噂はある事で確信に変わった。
なんで、確信に変わったかって?それは僕が佐伯とシたからだ。
2学期も中間に差し掛かり、中間テストの勉強をしている時だ。僕の通っている学校は俗に言う”進学校”ではないが、それなりの勉強をしていないと、大学に入れなくなってしまう。工業高校や商業高校であれば、それなりの進む道はあるのだが、進学校でも工業高校でもないうちの高校はあまりにも中途半端だ。だから、特別エリートがいるわけではないし、札付きの不良がいるわけでもない。ぬるま湯のような学校。でも、油断はできない。と思っても進むべき道は2~3流大学。
僕は行き詰っていた。
そして、放課後、成り行きでたまたま残っていた佐伯に話しかけた。「あ、あの~、なんか変な噂が流れているみたいだね。」ともどもどしながら話しかけると、「私がみんなとエッチしてるって話でしょ?本当だよ?試してみる?」あっけらかんと佐伯は言った。授業中はおとなしい佐伯と会話をしたのは実はこれがはじめてで、思いのほか、話口調が明るかったのと、あの佐伯から、「エッチ」って言葉が出てきた事に僕は軽い衝撃を受けた。
話は早かった。ホテルに行ってエッチをする。別に、佐伯にお金を渡す必要はないが、ホテル代と、ホテルまでの交通費(僕の住んでいた町にはそういう所が無く、電車で30分の大きな町に出る必要があったのだ)を僕が出せばいい。
僕は、「本当にいいの?」と念を押した。佐伯は、「うん、いいよ。早くいこ!」とあくまでも明るかった。そして、電車で30分。僕は緊張してあまり話す事ができなかった。
高校生がホテルに入るのには勇気がいるもんだと思っていたら、思いのほかあっさりと入れてちょっと拍子抜けしてしまった。佐伯はこのホテルには何度かきているらしく、「この前はあの和風の部屋だったから…あ、今日は7色に光るお風呂の部屋があいてる!」となれた口調で、僕をリードしてくれた。
事はすぐに終わった。僕の初体験はあまりにもあっけなく終わった。僕は初めてだったので全然リードする事は出来なかったのだが、体験とは別にひとつだけ印象に残った事がある。それは、お互いに抱きしめあっている時に、「お願いだから、忘れないでね。彼氏にしてとか言わないから、私の事覚えててね。」と佐伯が言っていた事だ。
佐伯は寂しくて、そしてちょっとコミュニケーション不足なんだったんだと思った。佐伯が友達を作る方法として、エッチしか手段を見つけられなかったんだろう。
帰りの電車、佐伯は色んな話を僕にしてきた。僕が何も返事しなくてもお構いなしにしゃべり続けた。それは正直、事を済ませた僕の余韻に踏み込んできてちょっとうざかった。(「これが嫌われる訳か。」)そんな事思いながらも、僕は、佐伯が寂しくてしょうがなくて誰かとお話したい事が沢山あって、その整理がついてないだろうなぁ~と思ったのだった。
2学期の終わりくらいになると、佐伯は通称”サセ子”さんと呼ばれるようになった。この噂は生徒だけではなく、先生の耳にも入るようになって、結局、3学期に、”サセ子”は転校してしまった。
”サセ子”とエッチた男達は、内心つきまとわれなくてホッとしている表情であったが、僕はどうにも忘れる事が出来なかった。
僕は、”サセ子”を”佐伯”として友達になる事ができなかったのを悔やんだ。もう転校先もわからない。携帯電話も無い時代だったが、きっと僕は忘れる事はないだろう。
佐伯は向こうの学校でも、同じような事をしているのだろうか?そう思うと、僕がもっとコミュニケーションのとりかたや、物事の考え方、楽しいことや悲しい事を教えてあげられなかった事を悔やんだ。
もう、どうにもならないんだけど、それからは僕はどんな人にも平等に話していくことを心に誓ったんだ。
佐伯、頭をよくしてあげよう 山田波秋 @namiaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます