暁の青
山田波秋
第1話
【暁】…《「あかとき(明時)」の音変化》太陽の昇る前のほの暗いころ。
夢を見た。知らない女性が出てくる夢だった。夢っていうのは大抵起床と共に忘れてしまうものだ。起きてしばらくは余韻があっても、出勤時にはもう忘れてしまっている。夢ってそんなもの。でも、僕はその夢を鮮明に覚えていた。女性の顔も、そして何処かの街の明け方でその女性と過ごす夢。悪くは無かった。
僕は通勤電車に揺られながらそんな夢を反芻していた。あの明け方の街はどこだったんだろう?見たことがあるような、見た事が無いような景色。都会だったかもしれないし、しなびた田舎だったかもしれない。ただ、数件の建物があって、人はほとんど歩いておらず、カラスの鳴き声が響く。
…そんな事を考えるうちに会社に着いた。僕の会社は商社。と言っても新人なので、毎日ワープロで文章を作ってコピーをして、ジュースを買いに行かされて。まぁ、ようはペーペーな訳。なんの為に大学出たのか分からない感じだが、新人の仕事なんてこんなものなんだろう。それに、この会社はOB訪問の時に気に入って自分から志望した会社だ。頑張らない訳にはいかない。
同期入社は沢山いるけれど、仲が良いのはほんの数人。それも全部男だ。まぁ、彼女を作る時間なんて無いし、豪華なデートが出来るような金銭的余裕も無い。ただ、仕事帰りにその仲の良い同期と安い居酒屋に行って飲むのが唯一の楽しみ。
ある日もコピーにワープロ、会議資料の為のホッチキス留め(どうして、このパソコン時代に紙の資料がいるのだろう?プロジェクタには見やすいカラーの会議資料が写っているのに。)だ。ホッチキスの留め方一つにもルールがある。面倒ったらありゃしない。資料を会議室まで持っていって、一旦落ち着く。喫煙室で煙草を吸って、缶コーヒーを飲んで、一息ついて、同期にメールをする。
『
[Subject:]本日
————–
なぁ、今日、金曜日だし、いつもの居酒屋で飲まないか?
いつもの店、18時30分を目処に。
』
返事はすぐに来た。電子メールとは便利な代物だ。会社に入ると自動的に会社のメールアドレスが配給される。社内でも社外でも使える。嬉しいね。
結果、全員(と言っても5人だが)オッケーとの事。みんな暇なんだか忙しいんだかわからない生活を送っている。幸い、僕達は全員同じ寮に入っているので、飲んでもみんな帰る方向が一緒だってのはいい。
新人は大抵定時で帰れる。すぐにそんな生活じゃなくなるのは先輩達を見ていると分かる。だから、帰れるうちに帰ろうって寸法だ。まだ、先輩ともあまり打ち解けてないってのもあるのかも知れないが…
17:30。うちの会社の定時。しばらく、ワープロの手直しとかExcelでの表作成とかをやっていたが、19:00には先輩から「もう帰っていいよ。」とのお達しが出た。
会社を出て、いつもの居酒屋へ向かう。会社から駅までの間に沢山ある居酒屋の一つを贔屓にしている。店員のオネーチャン(河合さんと言う)がかわいいというのも理由の一つ。もう一つの理由は安くて、決して美味しいとは言えないので(これは褒められた事ではないが)会社の連中がほとんど来ないっていうのがある。先輩に聞くと、「あぁ、新人の頃は良く行ったよ」との事。まぁ、我々は飲めればいいのだ。味なんて二の次だ。
急ぎ足で会社を出て居酒屋へ向かう。もう他の3人は集まっていた。まだ1人来ていないので、ビリにはならなかったみたいだ。
「おう、先に始めてるぞ!」
まぁ、当たり前だわな。「おねーちゃん、生一つ!」先にも話したが、河合さんはかわいい。と言っても一人だけ。店長1人にバイト1人そんな居酒屋。河合さんは髪が長く、背は160cmはあるだろうか、胸も魅力的で、みんな目の保養にしている。先輩にこの話をした時には、まだそのおねーちゃんは働いていなかったらしい。僕らは、みんなおねーちゃんにアタックしたが、どうにも彼氏がいる模様だ。カワイイおねーちゃんには彼氏がいる。自然の摂理だ。出来る事なら、この摂理が崩れて欲しいと思うと同時にハゲ頭とおばちゃんパーマの両親を恨む。
しばらくしてビールが運ばれてくる。みんなで「乾杯!」、まだ一人来ていないので、もう一度乾杯はあるんだろう。日本人はなんで乾杯と〆の挨拶が好きなのかねぇ~。
おつまみは…魚肉ソーセージに、にら玉、野菜炒め。まぁ、僕らの中では王道の献立だ。決して体にいいかは判らないが。
話のネタは…まぁ、仕事の話はしない。我々は仕事の話なんてする奴がいない。大抵、学生時代の武勇伝や、彼女欲しいなぁ~って話、ゲームの話やTVの話。下世話な話だが、居心地は悪くない。あぁ、ただ一人だけ、仕事について熱く語る奴がいたなぁ~、そいつは、まぁ、まだ来ていない一人な訳だが。
そいつの話は、そいつが着てから話すとしようか。
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