第197話「この程度のことを」 ベルリク

 アクファルが作った低い椅子に座って観る。

 今の所、バシィールにある娯楽といえばこれぐらいである。

「今日も労働基準量を達成したぞ。明日の労働に備えて給食を食べて宿泊所で寝よう」

 鶴嘴を肩に担ぐ、土汚れた労働者が右の舞台袖から歩いてきて中央へ。

「助けてそこの労働者さん!」

 左の舞台袖から農民が現れる。白い布に包んだ小銃を持っている。

「農民の娘さん、どうしたんだい?」

「あの誤った精神教育を受けた愚かで悪辣な宗教家が私に鉄の腕輪を嵌めようとするの!」

「はっはっはー目を閉じて神を称えよ。私は凄い宗教家だ。労働を止めて手を合わせて祈るのだ! 仲介手数料を分割で支払え」

 僧侶風の格好の悪役が登場。本と偶像を手に持って振る。観客の妖精達がブーブー言ってはやし立てる。建設労働者達も同じようにやる。

「労働力が不足してしまえば我々の共同体が破壊されてしまう!」

「そう! 農場で働かなければ皆が飢えてしまう!」

 農民が観客目線で訴えかける。

「農民の娘さん、あれを使うんだ!」

「分かったわ!」

「はっはっはー俺は騎士だ! この鉄の鎧はお前らの農具など弾き返すのだ!」

 悪役が外套を脱いで、その下に着込んでいる甲冑を見せ、偶像を捨てて佩いていた剣を抜く。甲冑の股間部分、股袋は特に大きいのが大きくなっても問題無い程度。

「食らえ、労働と化学と技術の鉄拳、遊底式施条銃を食らえ!」

 農民が白い布を取り払った小銃を構えて発砲――勿論空砲――悪役は「ぐえ!」と唸って倒れる。

「略奪だ!」

 脈絡も無く舞台袖から現れた長槍を持った汚い格好の傭兵へ、手馴れた手つきで遊底を操作し、紙薬莢式の銃弾を装填して発砲。倒す。

 かなりの早撃ちで、実戦でもやり返したであろう手捌きだ。ここが見所だな。どうして劇団が実戦配備検討中の武器を持っているかはともかく。

「資本主義万歳!」

 鈍器代わりに金貨の偽物を持ってゆっくり歩く太った商人も撃たれて倒れる。

「支配する!」

 王冠を被った国王が、馬の頭の玩具がついた棒を股に挟んで現れ、股間を撃たれて内股になって倒れる。単純で分かりやすく皆が笑う。

 笑いを取るためというより、血統を絶やすという意味合いだろう。

「旧体制を」

 労働者が拳を振り上げ、

「粉砕!」

 農民が小銃を振り上げる。

 そして何の脈絡もなく料理人が舞台背景の隙間から、両手にパンを持って現れ、

「そして英雄的労農兵士に食糧!」

 労働者と農民がパンを受け取って齧る。

「だいほーり!」

 パンを食いながら決め台詞。大勝利。拍手。

 バシィールの建設予定地、空き地でやっている妖精劇団の見世物だ。

 料理人役の座長が中央に出てきてお辞儀。

「明日は生存者から聴取した、あの伝説のシビリメェメェを再現致します。見に来て下さいね!」

 黄金の羊シビリの劇なんて持ち芸があるのか? 最後はシクルが自爆するんだろうが、さて?

 再び拍手。因みにこの劇は無料公開されている。おひねりも不要。人間の感覚とは違うが国営劇団のようなものだ。

「よし、お前らこっち来て並べ!」

『はーい!』

 劇団員が自分の前へ一列にお行儀良く並ぶ。労働者役の男と農民役の女は口に入ったパンをまだモガモガ噛んでいる。

 懐から銀合金の小箱を出し、蓋を開いてお菓子を見せる。ナシュカの作った砂糖菓子で、木の実を蜂蜜と香料で混ぜて炒ったものだ。

「はい良く出来ましたー」

 演者の口に直接お菓子を入れる。そうすると頬を両手で挟んで「もっひょー!」と喜んで跳ねる。美味いけどそこまで美味いか?

「はい次ー」

 次の演者も喜んで「ぶっきゅー!」と跳ねる。

「選抜射手みたいな早撃ちだな」

 パンを飲み込むのを待って農民役の口に入れる。意志の強い妖精だったようで、微笑むだけで跳ねない。

 演者、道具管理の連中全員に一つずつ。指が涎でベロベロ。

「ルドゥ、ありゃ誰だ」

「偵察隊の候補に挙がってた奴だが、目が並だった。それと意志は強いが頭は別に良くない。天測はいくら説明してもダメだった」

「あーん、そんなのもいるか。いるかぁ」


■■■


 ヤゴール、イラングリ方面軍編制完了の報告を受けた。そして全国総動員演習を行う。

 正規軍こと遠征軍の集結場所は東スラーギィのマンギリク。痩せた土地に大軍を集めて、短期間でも維持して見せなければならない。

 軍とは別に中洲要塞へ、西側周辺国からの見学希望者を集め、試運転も済ませ通常業務も複数回こなした列車に乗る。

 その前に停車場にて機関車からの貨車の切り離し作業の後、警戒車、砲車、指揮車、装甲機関車、食堂車、一等客車、寝台車、総統専用車、兵員輸送車、補助動力として先ほどの機関車、砲車、警戒車の順に編成する連結作業を見学し、そして締めくくりにランマルカ海軍式に将兵達が列車の上と下で整列して指揮官が敬礼を行い、礼砲の発射が行われた。

 それからオルフ内戦からこちらに亡命したランマルカ出身の指揮官に案内されて乗車。二つの機関車が手旗で連絡を取り合いながら蒸気機関を稼動させ、石炭が燃える黒煙と水蒸気の白煙を上げ、反復して機械が動く音が鳴る。

 装甲車両が多いので重くて速度は遅いそうだが、機関車を二つ使うことで馬の全速力程度は出せるらしい。

 西側周辺国武官の筆頭のような面子が揃っており、グランデン大公国から将軍級の者がやってきている。

 中で良く知る、目立つ顔はいつものカルタリゲン中佐。我々との交流も慣れたものだ。

「いやぁ総統閣下、誰が一番先に一等客車から総統専用車へ行こうかという小賢しい言葉のやり取りが嫌になって、うんこしてくるって言って来てしまいました」

「尻ではなく口からですね」

「その通り!」

 とカルタリゲン中佐が卓を叩く。

「カルタリゲンちゅーさはおくちからうんこするの?」

 アクファルは当然として、ザラを同乗させている。ダフィドもいる。

 真面目に聞いてる顔がたまらん! 笑いながら車の壁へ側頭部で頭突き。

「あ! これは女性の前で失礼を。それは言葉の綾です」

「どういう、うーん?」

「悪い言葉を喋るということですよザラ様」

「そーなんだ!」

「そうです。閣下、列車は陸上なのに海軍式なのは乗って分かりましたよ。これはあの海の棺桶を思い出させますね」

「ランマルカでは蒸気船の応用から実用化させたそうなので、その流れのようですね。人間ランマルカはどうしてたか分かりませんが。そういえばそちら、蒸気機関車を持っているではありませんか」

「あれは陸軍の管轄なので海軍野郎としてはさっぱりですね」

「本国で見てきませんでした? こいつが最高の略奪品だって宮殿前に飾ったって聞きましたよ」

「私が見たのは」

 カルタリゲン中佐が指で目の端を吊り上げる。

「こんな顔です。ザラ様、こんな顔です」

「きゃきゃ! へんなかお!」

 怨念で子供を生み出すエデルト王妃か。子供が笑える程度ならいいが。

「ご注文は大丈夫そうですか」

「弱点探って来いって言われても困りますよね。見たところ人間で間違いないって言ったら怒られましたよ」

「そりゃあ、そりゃそうですよ」

 自分でもなめてんのかと言ってしまいそう。まあ、魔神代理領の特殊性を考えると的確ではあるが。

「何か弱点ありませんか?」

 カルタリゲン中佐が上目遣いをする。

「ありませんか?」

 ザラも真似する。

「どこだろうな!」

 ザラの脇腹をくすぐると「きゃー!」と逃げてアクファルの膝に抱きつく。

 声を低くする。

「子供なんぞ作る気になれば百でも作れる」

 カルタリゲン中佐も声を低くする。

「弱点はチンチン」

 椅子から転げ落ちそうになった。


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 次に来たのはペトリュク公になったマフダール大将軍。前に見た時よりかなり古強者といった雰囲気が出ている。

 ザラは恐がって偵察隊が詰めている兵員輸送車の方へ行った。あっちなんか人間の革や歯に骨で装飾していて目つきも冷酷な殺し屋そのものだが、慣れというものがある。

「抗議します。また今になって何故あのような挑発行為をされたか理由をお聞きしたい」

「何でしょう?」

「首都にてシビリメェメェなる劇が公演されました」

 あ?

「あー、あれ。内容は知らないんですよね。見ようと思ってたら妹と娘が一緒に”夕日の枯れ原”を歌ってたの聞いてて見に行けなかったんですよね」

 セレード民謡。懐かしさとあの何とも言えん組み合わせが、思い出すだけで顔がゆるんで、目から指二本幅下ぐらいから変なの出そうな感じになる。夜中に酒飲みながら聞いたら泣ける。

「劇は先王イスハシルとシビリ様を貶す内容です。具体的には申し上げるのも辛い」

「なるほど。これは現状にそぐわない。アクファル、内務省の広報課だったか?」

「妖精による演劇は軍務省軍楽局の管轄です」

 良く覚えてるな。首都の留守をルサレヤ先生に預けて来なかったら説教されてた。

「宣伝活動じゃなくて慰問だったか。ラシージ長官宛て、アッジャール朝ペトリュク公マフダール大将軍伝手にて抗議。劇演目シビリメェメェに強い不快感。以後、軍楽局による明確な敵対勢力以外へのあからさまな挑発行為禁止」

 そのように命令文書をアクファルが聞き取って素早く形式に合わせて書いて、それを受け取って署名。

 ラシージは軍務長官だがマンギリクには来ない。後方の総司令部としてこの全国総動員演習を指揮している。遠征軍だけではなく全民兵を動かしている。

「民間は統制出来ませんよ」

「ご協力感謝します」

 それから何か雑談でもするのかと思ってちょっと待つ。

 無言だ。そんなに喋るのが苦手に見えないが。

 そういえば大宰相オダルがアクファルとマフダールを結婚させないかとか言っていたな。

「ゼオルギ=イスハシル陛下に良からぬことを吹き込みましたね」

 その話題か。

「やりようによっては祖父を超えられると少年の夢を膨らませてあげました。それに真実ですよ」

 マフダールが思い切り顔をしかめる。隅に控えていたルドゥが小銃を構える。

「失礼しました」

 平静に戻ったようなマフダールが去った。まあ何も言えないな。


■■■


 流石に有能な聖職者であるルサンシェル枢機卿。

 アイレアラセ”司教領”において、騎士爵達が聖シュテッフ報復騎士団という楽しい名前の反乱勢力を立ち上げ、マトラ低地から多くの義勇兵を募って結集した結果、団結した複数の組織を一網打尽に壊滅させられたので治安維持活動が順調なのだ。

 騎士団の立ち上げを推進した中核要員には特別任務隊”切れ端”がおり、立ち上げの自信をつけさせるための資金提供はアタナクト聖法教会の正規窓口から行われた。騙すためには偽物ではなく本物を使うことが最良である。

 それに加えてもう一工夫。その愉快な聖シュテッフ報復騎士団の生き残りは”切れ端”を混ぜてちゃんとフュルストラヴ公領や、フュルストラヴ公から独立した諸侯領へ逃亡させ、報復の機会を作ってやった。

 報復の心に燃料を投下するよう公開処刑を行って各国新聞記者や見学希望者に見せた。内容はエルバティア族の存在感を強調するため、逆さ吊りにして肝臓を食うという成人の儀式の形にした。彼等にとっては隠れて行うような儀式ではないので見られても問題ない。そして無事成人となった彼等は親族や移住者を招いての結婚式を順次行っており、それも合わせて公開。居住困難地域への移住補助金という名目で祝儀金も出したので喜ばれている。こういった目を閉じてはいられない興味深い隣人の姿を教える。

 これでフュルストラヴ諸地域へ侵攻する準備が進む。逃亡先から越境攻撃を仕掛けて来るのを待って反撃する。

 聖女がこれに対処して聖シュテッフ報復騎士団残党を討伐する可能性はあるし、捕らえて友好の証として彼等を引渡してくるかもしれない。そうなると今度は正義の彼等をアタナクト聖法教会が攻撃したとして神聖教会内に亀裂が生じる。

 神聖教会がその亀裂から将来的に割れたとして、その時に戦争が発生する公算が高く、次の次の、次の戦争の釜に火が入る。帝国連邦はおかわりが欲しい。

 乗り物揺れで疲れたザラが寝台の上で寝ている。寝ていても子供がいる前で政治的な話がし辛そうなルサンシェル枢機卿がやや具合悪そうにしている……乗り物酔いかもしれない。船のように揺れる時もある。

「集結地点が一先ずこちらで良かったですね」

 聖女との交渉次第では西側で戦っていた。

「何を目指されているのですか?」

「趣味と実益を兼ねております」

「実益?」

「誰にでも得手不得手はあるものです」

「はい」

「そちらの得意に合わせていては何十年後か百年後か、そこまでは分かりませんが我々は劣勢に立たされるでしょう。人口と産業で比較してみてください。何れはもしかしたら奴隷のように扱われているかもしれません。ですので我々の得意に合わせて頂いております。殴っていないのだから喧嘩を売っているわけではない、戦うのは止めようと言うのは、それはそちらの得意な話ですね。金のやり取りと鉛の撃ち合いに差があるでしょうか?」

「私は同じに考えられませんが、そういう考えはあると理解します」

「妖精から学んだことがあります。この世界で座れる椅子の数には限りがあるという考え。人間に迫害された彼等の発想でありますが、遊牧民でも実感する発想です。土地は広いが貧しく、外から奪わなければ満足に生活が出来ず、そうなると内輪で殺し合いが始まる。定住民も同じといえば同じですがこちらは極端。極端が故に工業力などというものを発展させる余裕が無い。子供でも熟練の戦士が殺せる火器が登場した以上、人口も少ない我々はあなた方に負ける日がいずれ来る」

「それを妖精達の力で補強し、阻止したのが総統閣下ということになりますね。それが段々と磐石になってきている。そしてその企てをお話しして下さる理由は?」

「誇りと力があればお互いの椅子を尊重し合うことは可能です。それは幸せなような気がしませんか? あのロシエが今、聖なる神など何ほどでもないという世情になっているではありませんか。食糧支援を行って直接行って接触をしたので様子は聞いています。この流れは止まりません。抑制は出来るかもしれませんが、一旦不純物が溶け込んだ以上は純粋に戻ることは出来ません。既に本来ならば異端として排除しなければならない宗派がいくつもあるけど、既に共存してしまっている現状に鑑みれば明白な事実。そんな危険な世界で強い同盟があれば頼もしいでしょう。我々は魔神代理領共同体にあっても神聖教会のために戦うことが出来る。その時は悪魔の姿を取りましょう。我々に支払う対価は様々ですが、生贄と魂を頂くのは確実です。その代わり神聖教会は我々のために戦う必要は無い」

「セデロさんが悪魔と呼んだのも分かります」

「聖典から悪魔の文字は消せますか?」

「いいえ、絶対に」

「悪魔を召喚出来る時代がやってきましたね」

「マトラ低地を生贄に、異教の異人異種族を招き入れて純粋な魂を失って……」

「悲壮感が出てきましたね。さて、覚えておいででしょうか。私も最近まで忘れていましたが、帝国連邦総統って聖剣騎士団員なんですよ」

 菱形に収まった剣に、首無し竜と槍と人面と鈴蘭の意匠が加わった記章を卓の上に置く。

「また、何とも懐かしい。たった数年前、しかし今では大昔のような気がします……ジルマリア、どうですか。短気起こしてませんか? 元気で?」

「俺が間抜けなことしたり、俺の親戚に処刑命令を出すと元気になるみたいですよ。それと子供が生まれても連絡一つ寄越しません」

「それはまたなんとも、驚くところがありませんね」


■■■


 ウラグマ総督の獣人奴隷、エルバティア族の鷹頭アフワシャン。

 我々が西で事を起こせば色々と煽りを受けるイスタメル州としては今回の総動員は興味深い。

 州内でもマトラ低地での紛争の影響が波及し、イスタメル公国残党が動き出したという。外からの支援も無かったために貧弱だったらしいが、反乱の芽が出たという意味では危機的。

「同族をダカス山に移住させたそうですね」

「喜んでましたよ」

「同族ながら従順ではないし、考え方も閉鎖的で排他的。合理的に隣人と話し合うなんてことは知りません」

「敵から容易に懐柔されないということですね」

「ちょっと失礼」

 窓を開け、アフワシャンが外にゲロを吐く。首が長いので車体には掛かっていないと見える。

「力関係が崩れた途端に敵になるでしょう。忠義心は持っていません」

「同族愛も強かったですか?」

「お恥ずかしながら。地方が違うと外国のようです」

「ダカス山の区画は三つに分けておりまして、三者互いに領域が接触するよう、部族別に割り当てています。そして各地の開発予算も個別に準備して投入する仕組みになっています。まだ開催していませんが、連邦議会では議決出来ない、ワゾレ共和国の専権事項。均衡がいつでも崩せます」

「良く思いつきますね」

 アフワシャンが窓を開けようとしたら黒煙が流れて来て手が止まる。代わりに無言で一礼をして一つ前方の寝台車にある便所に駆け込んだ。


■■■


 エデルトがどうのこうのというより、機関車に乗せてやったら喜びそうだと思ってヤヌシュフを招待。

「総統閣下! これをナシュレオンからセルタポリに繋げたいです! 移動するの面倒なんですよ。遷都するって言ったら反対されました」

 元気な奴で、声がうるさいせいでザラが起きた。

「議会を抑えつけて強硬にやるって考えたか?」

「当然です! でも、思ってた以上に無理でした。解散も出来ません。お母様からお叱りの手紙を頂きました。どうやったら総統閣下みたいになれますか? やはり実績が無いからでしょうか?」

「まず国の成り立ちが違うってのは言わなくても分かるか。皆を納得させる論議が出来るようにならないといけないし、それなりの実力を手に入れるには排除されないように地位を保たないとならないし、そうしないと実績を積む機会も無い。まずナシュレオンだがアソリウス島の防衛戦略としてあそこは切って捨てる場所だ。そして上陸されたら内陸のセルタポリに篭り、お前の感じた面倒な移動、北進してくる敵を迎撃する。セルタポリから遷都は論外だ」

「でもそれで前回は負けたんですよ」

「前回の敗北は、補助的な勢力のくせに本国本軍が存在しなかったからだ。アソリウス島は島としては確かに大きいが手足以上にはなれない」

「ランマルカみたいになれば良いんですね?」

「ランマルカは島国だが諸島だから規模が違う。それから新大陸に大きな勢力を持っている。ついでに反抗してくるような市民がほぼいないし、産業に対する理解や投資の規模がまるで違う。中継港として無数の貿易船がやってきてナシュレオンがセルタポリ以上に活気のある街になっているとしても、そこは戦艦を何十隻も建造して維持させられる街か?」

 少し眠そうに隣の席にザラが座る。

「違います」

「そして本国が求めているのは中継港としての役割であって生産拠点ではない。先の大戦でエデルト海軍が他人の港を借りて行動したせいで苦労した反省の結果、ここが求められた。それ以上は戦略的に求められていない。そういった投資は期待出来ない」

「帝国連邦に加盟すると言ったらどうですか?」

「おしりペンペン。そもそも議会も説得出来ない奴が何を言っている。誰も望まない結果になるぞ。シルヴが殴り込みに来たらお前、勝つ気か?」

「でも戦争がしたいんです」

 血の気に対して島が平穏過ぎるわけだな。

「女出来たか?」

「妹のエレヴィカさんとのお話ですか?」

「あ、あれは適当に喋っただけで何の話も決めてない。もし本気でしたいのならシルヴと連絡を取れ、俺に親権が無いし決定権は無い。島での話だ。マルリカって可愛いのいただろ」

「可愛い? どこがですか」

 うーん、歳相応に可愛いとか、シルヴが可愛がってたとか、年寄りの意見だな。

「そんなことより人が斬りたいんです! 犯罪者斬ってもつまんないです」

 つまんないって言うかよ。しかしチンコで血の気を収める気が無いとは困ったもんだ。議会の連中も愛人あてがって適当に発散させるとか思いつかないのか? アソリウス人は敬虔な神聖教徒だったか。頭だけ固くするのは問題だ。シルヴ経由でアソリウス島議会に手紙出してやるか?

「本国に出兵の意向出したか? ロシエの内戦にシアドレク公が出てるらしいじゃないか」

「はい。でもユバール戦線はその公の軍事顧問団で十分って言われました」

「まあ、ロシエ南部で戦うことになるまで待つしか無いな。アラック王の支援とかなら出番があるだろう。国際的な影響力を強めるってことならアソリウス軍のアラック出兵はありだ」

「総統閣下の養子が良かった。それなら……」

「おい、俺がシルヴの養子になりたいぐらいだぞ。馬鹿を言え」

「性癖の話ではありません」

「うるせえこの野郎」

「とーさま」

「うん?」

 黙って話を聞いていたザラが発言。

「ヤヌシュフさまがおにーさまになるの?」

「なる」

「ならねぇよ。エレヴィカと結婚してもおじさんだ」


■■■


 お話したりお食事したり車中で寝ながら馬の何十倍もの速度で終点マンギリクに列車が到着した。

 途中で蒸気機関に供給するための石炭ではなく水が足りなくなり、前部の本務機関車の水槽へ後部の補助機関車から水を回し、それから補助機関車を含む後部の砲車、警戒車を切り離して進んだという事案があった。装甲車両が重く、機関を強めに動かす分の石炭の量は計算通りだったが水の消費量を間違ったらしい。こういう問題は実戦の前に起こしておけば本番で間違わなくなる。

 列車から降りて泥と煤、それと砂漠の風に吹かれて臭いはしないが便所から落ちた糞尿に汚れた車体を眺める。

 これで東西が繋がったら世界が変わる。

 駅のほうで用意された馬に見学者達と乗って進む。既に軍は集結済みで、こちらの降車を合図に整列を行っている。

 馬を早めに歩かせても、一通り先頭集団を見るだけで時間が掛かる。この時の敬礼は省略すると通達してある。


中央軍

 前線司令部:ベルリク=カラバザル総統

  砲兵司令部:ゲサイル砲兵司令

  親衛千人隊:親衛隊隊長ベルリクの代理である副隊長アクファルを補佐するような感じの者クトゥルナム隊長代理補佐心得

  親衛偵察隊:ルドゥ隊長

  竜跨隊:クセルヤータ隊長

  グラスト分遣隊:アリファマ筆頭術士

  憲兵大隊

  管理中隊

  衛生中隊

  音楽隊

 第一古参親衛師団”三角頭”

 第ニ山岳師団”ダグシヴァル”:変なデルム王

 第三砲兵師団”フレク”:リョルト王

 第四建設師団”チェシュヴァン”:マリムメラク王

 親衛レスリャジン一万人隊:カイウルク族長代理

 親衛レスリャジン女一万人隊:トゥルシャズ隊長

 黒旅団:ニクールガロダモ

 統合支援師団”第二イリサヤル”:セルハド大統領


マトラ方面軍

 司令部:ボレス将軍

  砲兵管理部

  憲兵大隊

  偵察中隊

  工作中隊

  管理中隊

  衛生中隊

  音楽隊

 第一一師団

 第一二師団

 第一三師団

 第一四砲兵師団

 第一○一独立工兵旅団

 第一○ニ独立山岳旅団

 第一○三独立武装補給旅団


ワゾレ方面軍

 司令部:ジュレンカ将軍

  砲兵管理部

  憲兵大隊

  偵察中隊

  工作中隊

  管理中隊

  衛生中隊

  音楽隊

 第ニ一師団

 第ニ二師団

 第ニ三師団

 第ニ四砲兵師団

 第ニ○一独立工兵旅団

 第ニ○ニ独立山岳旅団

 第ニ○三独立武装補給旅団


シャルキク方面軍

 司令部:ゼクラグ将軍

  砲兵管理部

  憲兵大隊

  偵察中隊

  工作中隊

  管理中隊

  衛生中隊

  音楽隊

 第三一混成師団

 第三ニ混成師団

 第三三混成師団

 第三四砲兵師団

 第三○一独立工兵旅団

 第三○三独立武装補給旅団

 ヤシュート一万人隊:アズリアル=ベラムト王


ユドルム方面軍

 司令部:ストレム臨時大統領

  砲兵管理部

  憲兵大隊

  偵察中隊

  工作中隊

  管理中隊

  衛生中隊

  音楽隊

 第四一騎兵師団”東トシュバル”:バルダン管区長

 第四ニ騎兵師団”西トシュバル”:キジズ族長

 第四三砲兵師団

 第四○一独立工兵旅団

 第四○三独立武装補給旅団

 親衛ウルンダル一万人隊:ブンシク宰相


ヤゴール方面軍

 司令部:ラガ王子

  騎馬憲兵連隊

  偵察騎兵連隊

  管理中隊

  衛生中隊

  音楽隊

 第五一騎兵師団

 第五ニ騎兵師団

 第五三騎兵師団

 第五四騎兵師団

 ヤゴール一万人隊


イラングリ方面軍

 司令部:ニリシュ王

  騎馬憲兵連隊

  偵察騎兵連隊

  管理中隊

  衛生中隊

  音楽隊

 第六一騎兵師団”ダルハイ”

 第六ニ騎兵師団”西イラングリ”:カランハール族長

 第六三騎兵師団

 ムンガル一万人隊:サヤンバル族長

 チャグル一万人隊


 砲兵管理部部長は方面軍副司令を兼ねる。ヤゴール方面軍の場合はヤゴール一万人隊、イラングリ方面軍の場合はチャグル一万人隊の隊長が副司令を兼ねる。

 砲兵司令部のゲサイルは教導団から出向。砲兵司令は全遠征軍の砲兵を一括指揮出来る。

 よくよく考えたが、楽しい戦争に各国指導者を誘わないなんてアホな話はなかった。とりあえず出征出来る王や各長は全員集めた。

 マンギリクで三十五万の集結の予定だったが、各国指導者も呼んだので四十万以上になってしまった。これでもまだ抑えた方で、各部族の徴兵対象者の非正規騎兵隊がまだ何十万といる。

 非正規騎兵隊まで前線に出して管理してしまうと補給が続かない。占領地の機動的な警備、自主的に敵地に侵入しての軽攻撃や略奪以外にも、併合した土地の現地人と婚姻して同化政策を推進する要員として使う。

 補給業務は基本的にナレザギーの、いくつもあって覚えていられない会社群が行う。民間委託という感じでもないが、物を整理して運ぶ仕事は商人の専売特許だ。会計も財務長官が指揮する補給司令部がやるので問題無い。こちらも人数に入れると軍の総数は把握出来ないほどになる。

 武装補給旅団は商人が尻込みするような戦場で補給物資を届ける役目を持つ。商人が軍の後方まで物資を運び、この武装補給旅団がそれを最前線に配って回る。補給物資を狙う非正規兵に対応する訓練が重点的にされ、不燃性で施条銃でも貫通しない装甲馬車のような特殊装備も持つ。

 指揮系統は戦時においては軍務長官ラシージが指揮する総司令部が全てに優越する。

 その上で、前線で臨機応変に指揮するのは中央軍前線司令部。

 後方にて広い視点で戦略的に戦争を指導し、防衛兵力の民兵を指揮するのが軍務省総司令部。

 内部や占領地域で反乱勢力が動き出さないか監視し、察知したら制圧するのが内務省軍統合司令部。

 補給業務などの兵站一般を統括するのが財務省補給司令部と財務長官ナレザギーの会社群。

 役割を分担している。

 教導団と特別攻撃隊”人間もどき”は正規兵であるが遠征軍には当然含めない。

 ゾルブが指揮する軍事教練専門の教導団は正規軍が崩壊しても大丈夫なように常に後方待機である。新兵を熟練兵に昇華させる機関は最後まで残す戦略だ。女子供だけで戦う日が来ても、その女子供を訓練する為に残る。訓練する人口が損なわれた時、彼等が最終戦闘に挑む。その戦闘に勝利したならば帝国連邦はまた復活出来る。帝国連邦の伝統と精神最後の砦なのだ。火力と筋力と魔力の伝統そのもので、我々の霊力の根源である。

 グラスト分遣隊の秘儀処置、新呪具等を研究する部隊も軌道に乗って教本化出来れば教導団に組み込む予定だ。

 傭兵公社は組織も人員も稼動状態にないが、補給を担当する会社群の警備に当たるのが良いと考えられる。実際に稼動した時、公社が密接に関わっていくのは会社群だ。臨機応変に前線へ引き抜ける程度の規約を付加するべきだろうか。

 一通り、この四十万超の大軍を見てから正面中央の演台へ上がる。

「帝国連邦正規軍の将兵諸君、集結ご苦労。こんなところに何時までも待機しているのは苦痛だと分かっているので手短に終える。これより、この遠征軍編制でスラーギィ中洲要塞まで行軍し、折り返してこのマンギリクを通過し、カランサヤクまで移動して折り返し、このマンギリクに戻る。人も馬も駱駝もロバからも死人、病人が出る前提での行軍演習である。この程度のことをやれずに一体、どこに攻撃を仕掛けるというのか? 次の戦争、次の次の戦争、未来の全戦争のために歩いたり走ったり、穴掘って野糞して寝るように」

 そしてザラを抱き上げ、両腕を上に伸ばして掲げる。ザラには父様の仕事を手伝ってくれと言ってあり、泣いたりしていない。賢いなぁ。

「諸君、女の子に負けないように」

「みんながんばって!」

 ザラがそう言うと声が聞こえている先頭集団の者達が笑う。緊張した連中の顔が崩れる。それだけで轟音かと思うほどに響く。

「ほーはー!」

 手を振り上げ、張り上げたザラの声はそこまで大きくない。だがそれを聞いて一番に応じたカイウルクの「ホゥファー!」との喚声の後、四十万がそれぞれに連鎖して喚声を上げる。規模が規模なだけに全く声の調子も何も合わさっていないが、風でも起きそうな圧力であった。

 砂漠の大軍による長距離行軍というのは当たり前に自殺行為だ。以前とは違って道は整備され、水源もチェシュヴァン族の技術で大量に確保されている。敵の襲撃も無い。だが初めての試みなのだ。

「以上、解散!」

 そう言うと、一斉に各軍が号令を出して行軍隊形に移行する。数が数だけに見ているだけで気持ち悪くなるような量の人馬に車が蠢き、地面を揺らしている。

 列車でやった来た道を今度は馬に乗って引き返して中州要塞へ進む。

 ザラも連れて行く。先ほどのように期待通りに喋って士気を上げてくれるので正直助かる。もう少し大きかったらダーリクもと思ったが流石に小さ過ぎる。

「よしザラ偉いぞ。かなり役に立った」

「はいとーさま!」

 ザラの体がブルブルと震えて固くなっている。これで興奮しない奴は神経が無い。


■■■


 中洲要塞を進む道中に各地方の状況報告を受ける。報告書を運ぶのは竜跨隊。

 民兵の、予備役対象者と徴兵対象者は非正規部隊の編制を行って何時でも行動が取れる状態で待機し、待機中は教練を行う。これは全国で反乱も無く実行された。ただし登録者の十割全てが召集に応じたわけではなく、連絡が取れない者がいる。そして何より召集を拒否した者もいるという。そういった者は捕らえられて公開処刑されることになっている。

 また徴兵対象外者は各自治体民兵組織に出頭して点呼を行い、全人民防衛思想教育を受けることになっている。徴兵対象外者は一家の主であったりと、ある種逃げ場の無い者達ばかりなので点呼に応じる割合いはほぼ十割。

 全人民防衛思想教育では女子供に老人でも銃があれば戦えることを教える。歩けない老人でも動けない射撃手として使える。有人地雷として点火を行える。障害者でも囮に使える。篭城戦の場合は食糧の減少を防ぐ目的で仲間を殺害する基準が定められ、敗北するぐらいならば刺し違えて皆殺しになるまで戦う、などと教える。

 戦を厭わぬ帝国連邦を実現するためには覚悟が必要である。普通、こんなことまでしないだろうという常識を通り越し、そのような存在となる。

 銃後の者達にも決死の覚悟を持って貰わなければならない。敗北間際になって被害者面されるのは困るし気に入らない。皆で団結する。この理想が完全に実現されることはないだろうが、理想を示さねばそこに近寄らない。

 内務省軍も同時に演習を行っている。


内務省軍統合司令部

 特別任務隊”切れ端”

 重要施設警備局

  特別襲撃隊

  バシィール警備大隊

  ダフィデスト警備大隊

  ワゾレ警備大隊

  ペトリュク関門警備大隊

  中洲要塞警備大隊

  マンギリク警備大隊

  カランサヤク警備大隊

  ガズラウ警備大隊

  オド=カサル警備大隊

  イリサヤル警備大隊

  ジラカンド警備大隊

  ユドルム警備大隊

  ウルンダル警備大隊

  ノルガ=オアシス警備大隊

 保安局

  特別行動隊”ゴミ屋”

  治安維持警察

  補助警察隊

 警察局

  一般警察

  妖精警察


 特別襲撃隊はバシィール城や各庁舎が占拠された想定で訓練を繰り返している。

 各要衝の警備大隊でも奪還、救出、襲撃、鎮圧の訓練を行う。

 治安維持警察はこの全国的な動きに乗じて反乱が発生しないか監視を強化し、補助警察隊は治安維持警察の補佐。

 一般警察はこれらの訓練に邪魔が入らないように監視し、また召集に応じなかった者達を逮捕する。妖精警察は忙しくなった一般警察を補佐する。また逮捕に当たっては治安維持警察と補助警察隊も協力する。

 特別任務隊”切れ端”と特別行動隊”ゴミ屋”はマトラ低地で重点的に作戦中なので今回は演習から外れている。

 エルバティア族を採用したおかげ、そして聖女が可愛がっているルサンシェル枢機卿のおかげでこの程度の例外で済んでいる。

 枢機卿を攫ったのは正解だった。アタナクト聖法教会が全力で支援しているので能力を存分に生かしているのだ。個人的にも可愛くなってきたかもしれない。


■■■


 中洲要塞までの行軍では大きな問題は発生しなかった。水を節約して歩くのがやはり苦痛であるという兵士達の感想が上がる。また道中の井戸から水を汲む時にあまりにも順番待ちが長過ぎるという話も出てくる。マンギリク集結時点で水の携帯が十分ではなく、その対策する暇も無く出発してしまったと後悔している部隊もあった。

 中洲要塞では十分に、不足が無いように水を補給させた。これだけでは足りないので次にマンギリクへ折り返す道中ではグラスト分遣隊に頼った。

 魔術による水の確保が一つ。これには欠点があり、作り出される水は塩を少し混ぜないと腹を下すもので、乾燥気候だと消耗の割りに多く確保出来ないこと。湿度が高いと楽だそうだが。

 もう一つの方法が、呪具による水の作成。どうも魔術で作るのと違って普通に飲める水がそのままに出てくるという。ペセトトの呪術をそのまま真似ただけだが、呪術刻印を刻んだ岩が水に変化するということで魔術での水確保とは一線を画する。道中に井戸ではなく岩を設置して代替にすら可能とのことで、頭が変になりそうだが今後の参考になる。

「砂漠が砂漠でなくなりますね。今回、そして次の戦いでも給水部隊として働いてもらうかもしれません」

 アリファマに杯を掲げてから水を飲み干す。

「軍隊です」

 遠慮なく命令しろと言ってくれる。


■■■


 グラスト分遣隊のおかげで、岩の数を減らしながらもマンギリクを通り、東スラーギィからチェシュヴァン王国に入る。

 イブラカン砂漠に入ると一層荒涼な風景が続き、昼夜の気温差も極端になってくる。熱帯地域と違って日陰に入ればそこまで暑く感じないのが救いか。それを救いと思うのは水が確保出来ているからか。

 己の不注意、指揮する者の配慮不足で脱水症状を起こした者がいて、そこから重態になって死んだ者はわずか。病死者もわずか。サソリや毒へビに殺されたものはそれぞれ一名ずつ。馬や駱駝にロバの死亡率も低い。普通に老齢で動けなくなってきたから早めに潰して食糧にした例も含める。

 給水に関してはチェシュヴァン族の偉大さが身にしみて、グラスト分遣隊が苦労しなくても水が確保出来た。各都市の地下貯水湖の規模が膨大であるおかげだ。イディルがヒルヴァフカ州を襲撃した時もチェシュヴァン王国を経由したわけだが、水で苦労した話はあまり聞かない。

 各軍には、カランサヤクへ到着した時に野営させないで半地下都市で涼しくのんびり過ごさせてやろうかと思ったが、行軍の目的と異なるので止めた。


■■■


 そしてカランサヤクでたっぷり水を飲んで、兵士の皆が金持ちのように甘い果物を山と食ったが都市の方で寝れなかった不満を耳にしつつマンギリクに戻った。食い過ぎで腹を壊した馬鹿もいた。

 ここまで行軍をすれば要領も掴めてきて、水の分配で混乱が発生することも無くなって、グラスト分遣隊が各軍を回って給水したので飲み水の問題は解消。

 ナレザギーの会社群による食糧供給は最初から問題が無かった。可愛げが無いくらいである。各都市、中継地点に到着すれば十分なだけ食事を用意し、携帯食糧を渡してくれた。靴のような消耗品も常時確保してくれていた。


■■■


 マンギリクに到着。死者、負傷者、病人も発生したが、特に訓練をしなくても発生する程度の人数であった。むしろ下手に暇にさせなかったので喧嘩や殺し合いが発生せず、被害抑制にすらなったかもしれない。

 行軍の出発時のように整列をさせる。どうみても出発当時に比べたら疲れ切って、背筋を伸ばして立つだけで辛そうに見える。これ以上行軍を続けると疲労で死人と病人が続出するだろう。

 ザラは観戦武官達と楽しくおしゃべりをしていて暇はしていなかったようだが、最近は疲れて寝てばかりだった。

 マンギリクには列車を使って物資を大量に運び込んであり、四十万将兵が帰りの英気を養うのに十分な食糧、嗜好品、劇団や楽団に娼婦、お祈りのための宗教関係者も一通り揃えてある。ナレザギーには故郷に帰りたくなくなるぐらい用意しろと言ってあるのでやってくれているだろう。

 正面中央の演台へ上がる。

「諸君ご苦労。マンギリクを見たと思うが、私が財務長官に故郷に帰りたくなくなるぐらいごちそうを用意しろと言っておいた。もう少し我慢してくれ。グラスト分遣隊、君達に飲み水を大量に確保してくれた素敵な者達を覚えているな。彼等が今日、折角の機会だからと成果を見せたいと言っている。最後にそれを見て今回の演習を終わろう」

 アリファマにやっていいぞと手で合図する。そうすると信号弾代わりか、アリファマが上空に火の玉を魔術で発射して爆発させる。

 これなわけがない。何となく、これ? と思いながら自信無さそうに拍手をして、すぐに止める者が少数。

 アリファマが、南の彼方を指差す。そっちで何かあるということだ。わざわざマンギリクより手前の地点で「時間いります」と言って先に集結地点へ戻っただけの何かはあるはずだ。

 演台を西に、各軍が東側から西に向く形であるので。

「全軍! 左向け左」

 各軍指揮官が号令をかけて左、南側を向かせる。

 そして少し待って遥か南、砂漠の地平線の向うから、空気が白む球状の衝撃波、雲があればそこまで届きそうな噴煙が上がる。

「火山噴火!?」

 ニクールが驚きの声を上げる。

 時間を置いて地面も揺るがす轟音と突風、一時的な砂嵐。

 馬も人も騒ぐ。閃光や火の手が上がった様子は無い。

 腰を抜かしている者も、口を開けて動かない者も、砲撃を受けたように身を伏せる者もいる。ルサンシェル枢機卿など手を合わせてお経を唱えている。

「アリファマ殿、これはどういうことですか?」

 皆の視線がアリファマに集まり、俯いてボソっと何か喋るがグラスト方言らしく意味不明。

 救護用天幕が設置されているのでそちらへアリファマの手を引っ張って連れて行き、一対一で話を聞くことにする。

「何ですかあれ?」

「古くない呪術、だと思います、です。成果、あの、我々の」

「実戦に使えそうですか?」

 アリファマが懐から手帳を出して筆談に移る。その手があったか!

 ”魔術で氷結させた水面に大規模な呪術刻印を刻んで巨大な呪具として発破。火薬の方が重量あたりの爆発範囲は大きいですが、しかし水なら大量に調達と集積が可能。面積と水深によって呪術刻印に多様な変化が求められるので細かな威力調整は今後の研究次第。また発動者の死亡が確実という問題。調整したバルリー人を使用。今回は一番大規模な呪術刻印を百箇所同時発動。爆発力の相乗効果で先の過大な爆発が発生。枯れたオアシスを溜池に今回は利用している。土地、天候、気候次第で準備量が違うので便利ではない”

 アリファマの額に口付けして頭を抱く。

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