子曰く、
姫河 兎酉
第1話 春の霞
「みなのもの――――」
「えらいこっちゃ! ついに五十歳のお誕生日がきてしもた!!
鋭い目でまわりを威圧しながら取り乱す献侯。そのすぐそばで言葉を聞いていた
「
サイショウの言葉を聞いて献侯は大いに喜んだ。
「そうなんか、余はそんなに
サイショウは言葉を続けた。
「臣、謹んで申し上げます。それでは
献侯は前のめりになって、ふんふんとうなずいた。
「さすがはサイショウ、ホンマええこと言うわ~! だてに税金からたっかいカネもろてへんで!!」
久しく開催されることのなかった献侯のお誕生会だが、一年ぶりに開催されることが決定した。
キョクゲンは
朝早くから田畑を耕し、日が傾く頃には小さな
家にはさほど年老いていない父と母、一回り下の妹がいる。キョクゲンはまだ嫁を
近隣の暮らしぶりも似たようなもので、ただ自然の摂理にそって生きている。飯時になれば地の食材でこしらえたものを食べ、祭りになれば餅や団子や酒を持ち寄って皆で踊った。諸国を
春夏秋冬、季節ごとに多少の違いこそあれ、村自体が
そんなわけだから、国も民もますます春のうららかな陽気に包まれたかのような雰囲気になっていく。それが特徴のない摂の国の特徴と言って良い。
摂の王都である
キョクゲンが王邑に行くのは一年でせいぜい三~四回程度、古い友人連中を訪ねるくらいのものである。それ以外に王邑にはこれと言った用事が無い。その友人もキョクゲンの家まで訪れることがあるからして、自然と王邑に足を運ぶ
ある春の日、早めに野良仕事を終えたキョクゲンは、家から裏山へと向かって延びる小川へふらっと出かけた。木立の間を淀みない音を立てて流れる水、
「キョクゲン、ここにいたのか、ちょいと探したぞ」
不意に聞き覚えのある声が背中越しに聞こえたので、振り返ってみると王邑に住む友人のユウジンが立っていた。
「おうおう、これはユウジン、珍しいところで会うのう」
「いやな、家まで伺って妹君に聞いたところ、
ユウジンは
「ところでキョクゲン、こんなところで何をしておる」
「
ユウジンはさらに
「ええ歳こいた大の男が蝶とは……さては頭に咲いたお花畑に寄ってきたか」
今度はキョクゲンが怪訝な顔つきになった。
「いやいや、俺の頭のお花畑に蝶々が寄ってきたのではない。俺の頭のお花畑の蝶々を追ってここまできたのだから、むしろ逆であろう。いや待てよ、お花畑ってお
「うーわ、お前の話めんどくさー!」
「ときにユウジンよ、せっかくここまで来てくれたのじゃ。お前を上席で接待すべく、二者択一の選択肢を与えてしんぜよう」
「はて、二者択一とはどういうことか? 上席で選択肢??」
「このまま蝶を追いかけるか、俺の家に帰って一杯やるかに決まっておろうが、知らんけど」
ユウジンは一瞬軽い目まいを覚えたが、花より団子、蝶より酒である。
「
問答無用と言いつつ言葉を続けたユウジンに対し、今度はキョクゲンが一瞬軽い目まいを覚えたが、
「ぱぱぱぱ~ん、はいッ! それでは鼻の穴のクソをかっぽじってよ~く
キョクゲンは勝ち誇ったように、
「……そうだな、お前の我が家まで行くとするか」
ユウジンもまた
二人がキョクゲンの家に近づく頃には、既に客人を迎えるべく
キョクメイは
「ユウジンさん、無事
「ちと骨を折ったがな、キョクゲンはいつもあのような具合か」
「そうでもないよ、最近はちょこちょこあるけどね」
「ちょっと見ない間に大きくなったものよ、はて何年ぶりかな」
「十二歳になった!」
「そうか、光陰とは良く言ったものだ、子どもの成長は
「ユウジンさん、ささ入って入って、酒の席だよ」
小さなキョクメイの肩越しにキョクゲンの父母の声が響いた。
「積もる話もあるんだからあんまり邪魔するんじゃないよ」
「はぁーい」
キョクメイが少し肩をすくめてすごすごと脇に避けたのを横目に、ふふと笑いながらキョクゲンとユウジンは酒と
縁側からは眼前に広がる一面の田畑がよく見える。夏になれば先ほどの小川と同じように、水を引かれた田があちこちで
「どうした、丘の遠足に疲れたか」
「この村はまことのどかで困る。困るというのはちと違うか、
「はは、違いない。知らんけど」
ユウジンのまなざしにつられたのか、キョクゲンも手元の酒を忘れて、ぼんやりと遥か山並みに眼を向けている。
「こうしていると、蝶を追いかけたキョクゲンがあながちおかしいとは思えんのう」
うーんと片の腕を伸ばしながら、ユウジンはしばし
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