第27話:北の大陸進出

 中央世界、北の大陸……

 この大陸で最大の人口と兵力を誇る、ノースマキシム国。

 その国は今、過去に例を見ない程の危機に晒されていた。


 その国を囲む魔族のべ5000人、魔物5万匹。

 籠城をしたところで、魔法と物理で城壁など一瞬で瓦解することは目に見えていた。

 この国のとった行動は、決死のでの応戦。

 しかしそれは表向きの行動で実際は国の重鎮や、国民の大半を逃がす為正面の南門で迎え撃つとと同時に城の裏手をこの国最強の騎士団、北竜騎士団が突破口を開くべく玉砕覚悟で飛び出した。

 城の正面には、現存の国内の総兵力10万人。

 ある程度の避難が終われば、その兵達も撤退戦に移る。

 それまでにどれだけの被害が出るかは分からない、だがそれでもどの兵士達も家族の為、王の為と必死で足掻く覚悟だ。


 さらにそこには北虎騎士団や、北獅子騎士団と呼ばれる二番、三番手の規模の騎士団を配置しており全力と見せかけつつも、裏に最強戦力を持ってきて、少しでも生存の確立を上げて再起を図るつもりだ。

 国の裏門から出て10km程進めば、ノースマキシム国の技術の粋を集めて作った要塞がある。

 城塞都市を築きながらも、その裏で有事に備えて建てられて要塞。

 過去一度も使われた事は無かったが、そもそも国王も国民もここまで追い込まれる事は想定していなかった。

 不幸な事に万が一に備えて作った要塞を使う万が一が、魔族の気まぐれで起こってしまったのだ。


 だが今回の魔族の侵攻は実際は気まぐれでも無く偶然でも無く、南の大陸が謎の勢力によってほぼ制圧されてしまったために、他の大陸の戦力強化と侵攻を早めるという必然である。


 そしてその戦況を上空から見下ろす二つの影がある。

 1人は旅人風の外套を身に纏った美青年であり、もう1人は魔法使い風のローブを身に纏った老人だ。


「どう見る?」

「ええ、これは悪手ですね。こうも完全に囲まれていれば裏手で怪しい動きがあれば、すぐに東と西を押さえている魔族の一個団体のどちらかが援軍に駆け付けるでしょう」


 完全に四方を囲まれている状況で、この国が軍を配備できたのは正面の南門と裏手の北門だけ。

 主力が北の裏手から飛び出したと知れれば、下手をすれば左右から挟みうちだ。


「じゃあ、ここで活躍が出来ればお前の英雄としてのシャイニングロードが見えるという訳だな?」

「ええ、シャイニングロード……なんとも蠱惑的な響きですね」


 そうこうしているうちに、裏手の騎士団が正面に位置していた魔族の軍団に大きな亀裂を入れる。

 騎乗した騎士たちが獅子奮迅の働きで、北門に群がっていた魔物や魔族を片っ端から切り捨てていく。

 中々に優秀な騎士団のようだ。

 しかしそれも一瞬の事、すぐに左右から魔族が一斉に襲い掛かっている。

 最初は優勢に事を運んでいたかに見えたが、正面に意識を集中させての不意打ちによるものですぐに落ち着いて体制を整えた魔族達の指揮により、少なくない被害が北竜騎士団にも出始めている。


 ――――――――――――

「くっ! 一体どれだけの戦力が集まっているというのだ!」


 先頭を走る北竜騎士団団長の、ダンチョーがイラついた様子でぼやく。

 喋りながらも右手の槍と、左手の剣を巧みに操って馬上から魔族や魔物を斬り捨てていく。

 飛び出した時は1500人居た北竜騎士団も、すでに半数が地面にひれ伏している。

 すでに後続の騎士達も魔族の攻撃に倒れ、ダンチョーと僅かばかりの騎士達が魔物に囲まれている。

 あちこちで分断された騎士団が、取り囲まれその命を無駄に散らしている。

 思った以上に芳しくない状況の中、城壁から国王含めた避難部隊が城から出る事もできずに不安そうにその様子を眺めている。


 それもそのはずだろう……城の裏手を攻めるはどうみてもアンデッドの軍団だ。

 斬ったそばから復活をしている訳で、実質敵の数は減っているようで変わっていないと言える。

 正面の方もすでに、軍としての様相を成して居らす泥臭い乱戦状態だ。

 それにこの世界の魔族と人とでは、兵士としての地力が違い過ぎる。

 連携を使い、戦術を駆使し、戦略を最大限発揮して初めて人間の兵力数に対し、その半数の魔族の軍団を相手に出来る。

 このままいけば軍は壊滅、城は解放され魔族の統治下におかれるだろう。

 そんなダンチョーの元に1人の、少し豪華な鎧を着こんだグールが立ち塞がる。


「チッ! 次から次へと……」

「フフン! 生意気にも、それなりの人間がいるようですね! ここは百人衆が一人、死霊軍団副隊長補佐グールンが相手をしてやろう」

「うるせー! 邪魔だ!」


 言うが早いか、名乗った瞬間にダンチョーにその上半身と下半身を切り分けられる。

 酷いようだが、俺からした普通の行動だ。

 こんな状況下で名乗り合って、一騎打ちなんてしてもらおうなんてアホだとしか言いようが無い。

 だが……百人衆相手にその程度の攻撃で背を向けるダンチョーもアホだな。

 すぐにグールンの上半身と下半身から粘々した糸のようなものが現れ、お互いを引き寄せ合い復活する。

 まあ、仮にも百人衆を名乗るだけの事はある。

 素晴らしい回復力だ。


「いきなり斬りつけるとは酷い奴だな! 私じゃなかったら死んでるよ!」


 ん? 


「待ちなさい! いざ尋常に勝負するのだ!」


 ん……やっぱり魔族って基本的にアホなんだよなー。

 俺なら黙って復活して、仕返しとばかりに後ろから斬りつけるが、なんでこう正々堂々に拘るのかさっぱりわからん。


「ちっ! キリがねー! お前を倒したら、こいつらは引くのか?」

「フフン! ばかめ! 私を倒したところで、まだ死霊騎士団副団長と、団長補佐と、団長が残っているのですね! この3人を倒さっうわー!」


 喋っている途中で、ダンチョーに思いっきり切り捨てられる。


「だったら、お前なんかに時間を掛けてる暇は無いって事だな」


 そう言って一気に馬を駆る。

 しかし、すぐにその歩みを止めることになる。

 何故なら、斬られたはずのグールンが倒れたまま魔法の矢を放って、その馬の足を射抜いたからだ。

 横倒しになった馬から放り出されるダンチョーが、慌てて受け身をとって立ち上がり身構える。

 だが、追撃が来ない事に首を傾げいる。

 うん、絶好のチャンスだったのに、グールンさん? 


「フフン! ようやく足を止めましたね! じゃあ、正々堂々勝負だ!」


 うん、バカだ……グールンは馬鹿過ぎる。

 きっと脳みそが腐っているんだろう……物理的に。

 そして、周囲が凄く静かだがダンチョーは気付いているかな? 


「くっ! 全滅だと! この国最強の騎士団だったんだぞ!」


 周囲から剣戟や喧騒が無くなったことで、自分の部下が全て倒れた事をしる。

 まだ命があるものが多数いるが、実質的に無力化され魔物達に殺されるのを待つだけだろう。


「この国ででしょ? この世界じゃ大した事ないのねーん」


 おどけた様子でダンチョーを小ばかにしながら火炎系の魔法を放っていく。

 必死にそれを避けるダンチョーだが、すぐに足を取られてその場に転ぶ。

 見ると、グールンの手首から先が消えており、その先がダンチョーの足にしがみ付いてる。


「【火球】!」


 そのままの状態で、グールンが魔法を発動させるとダンチョーの足から煙が上がり肉の焦げた匂いがする。

 正々堂々とか言いながら意外とこすいではないか! やるなグールン! 


「あのタナカ様? そろそろ私の出番かと」


 横でカインが焦ったようにオロオロしているが知ったこっちゃない。

 グールンの見せ場だ! 邪魔をするな。


「ぐあああ! クソッ! ここまでか!」

「フフン! ここまでではなく、これからなのですね! 貴方にはゾンビになってもらって、この国の王族の首を取ってきてもらうのですね!」


 ダンチョーが足を押さえてその場に蹲るが、続くグールンの言葉にその顔を青ざめさせる。

 国の為に決死の覚悟で特攻を買って出た男が、その牙を守るべき国に向ける事になるのか。

 さぞかし無念だろうな。


 そうこうしているうちに、正面の軍団も崩壊し散り散りに逃げ始めたが、判断が遅かったな。

 魔族の軍団はすでに殲滅モードに入っている。

 足の速い魔物が背を向けた兵士に無常にも襲い掛かっている。


「ここはどちらをお助けした方が?」

「ああ、正面の方が人が多いから目立つだろ? お前あっち行ってろ! こっちは荒神に任せるわ」


 流石にそろそろ頃合いかな? というか、ちょっと遅いくらいか。

 俺がそう言うと、カインがニヤリと笑い一瞬で正面の城門前に転移する。

 うん、目立ちたがり屋にはギャラリーが必至だもんな。

 という訳で


『おい! 荒神聞こえるか? 人間のアホが二カ所で戦闘を展開したからカイン一人じゃ手に余る。お前も来い』

『御意に』


 荒神にテレパシーを飛ばすと、一瞬で俺の横に転移で現れる。

 それから、戦況を一瞬で理解する。


「ええっと、これ既に手遅れでは?」

「ああ、そうだよ! ここからひっくり返してこその英雄だろ?」


 荒神の言葉になんでも無いように返すと、荒神が首を捻る。


「私は田中城の守護者であり、英雄ではありませんが?」

「こまけーこたぁ良いんだよ! とっとと行って来い」


 俺の言葉に、納得が入っていない様子だったが、渋々了承してダンチョーの前に降り立つ。


「なんなのですか貴方は! 神聖な一騎打ちの前に突然!」


 次の瞬間、グールンの首が宙を舞う。

 ヒデーな……

 一騎打ちに突然の割り込み、不意打ちによる攻撃……まさに俺の直属の部下だ。

 これが正しい戦い方だと思うのだが。

 そもそも異種族間の争いで、片方の矜持を持ち出されたところで応じる必要など無いのだよ。

 何故なら……文化が違うのだからね。


「面白い事を言いますね……アンデッドの癖に神聖とか、洒落ですか?」


 それから荒神が首だけになったグールンに向かって笑いかける。

 そして、後ろから静かに襲い掛かろうとしていたグールンの残された身体が細切れにされる。

 流石荒神、油断ない。

 細切れになった自分の身体を見つめながら、首だけになったグールンがその目を大きく見開く。


「なっ! なんで分かったのですか? というか、洒落ってなんですか! 一騎打ちは神聖なものじゃないですか」


 グールンがなにやら喚いているが、荒神が無視して何かを拾い上げるとグールンに良く見えるように目の前をちらつかせる。

 その何かを見て、さらに焦った表情を浮かべる。


「さて、これはなんでしょう?」

「そっ! それは! ちょっ! 止めるのですね! ぐっ!」


 荒神が手に持った小さな黒い脈打つ物体を軽く握るとグールンが途端に苦しみ始める。

 そりゃそうだな……魔族の心臓、魔核を手に握られているんだ。

 一思いに握りつぶされたら、いかに不死族と言えども復活は無理だろうな……


「百人衆とやらがどの程度かと思ったが、とんだ期待外れもいいとこだ」


 荒神がその核を口に放り込むと一気に飲み込む。

 ああ食べちゃうんだ……というか美味しいのか? 


「あっ! えっ!」


 グールンの目が大きく見開かれたあと、その目から光が消える。

 そして次の瞬間、物言わぬただの生首となれ果てる。


「中々に美味でしたね……さてと、副団長以上は少しは楽しませてくれるといいが」


 物言わぬグールンに見下すような冷たい目線を送ると、鉾を持つてに力を込めて死霊の軍団に向かってゆっくりと歩み始める。

 うん、かっこいじゃないか荒神。

 それでこそ、俺の配下だな。


「助かった。だが、もうこうなってしまったら俺たちは終わりだ……せめて城内の王様達を……」


 ダンチョーが荒神の元に張ってくるが、荒神が軽く手を翳すとその足の火傷が癒される。

 それから、ニヤリと笑うと一気に駆け出す。

 一振り事に3~5人のアンデッドが空を舞い、復活することなく霧散していく。

 雷を放ちながら振るわれる鉾の前に、為すすべなく燃え尽きていくアンデッドの軍団。

 多分荒神は気付いていないだろうが、途中でグールンより一際大きな魔力を持ったリッチが霧散していたが、あれが副団長か団長だろ。

 超高熱のプラズマを纏った一撃だ、霊体だろうが腐った体だろうが容赦なく存在を消滅させられている。

 魔核を含め、その細胞全てを焼き払われていってはいかにアンデッドといえども復活は出来ないらしい。


「あれが、武神か……」


 荒神の背後から小さな呟きが聞こえる。

 その声の元ではダンチョーが人ならざるもの後姿を、心の底から畏怖の念を込めて眺めている。

 そうだろうな……この国最強の騎士を束ねる団長から見ても雲の上のような存在に見えるのだろう。

 そのくらいに、この世界の魔族と人との間に差があり、その魔族を紙切れの如く斬り飛ばす荒神が武神に見えても不思議ではない。


 ――――――――――――

「くそっ! 来るな! 来るなー!」

「嫌だ! こんなところで死にたくなんか無い!」

「うわーーーー!」


 一方正面では、死屍累々とした光景が作り出され、人が無残に魔物や魔族に殺されていた。

 あるものは魔族の魔法で、あるものは魔物の牙で、様々な方向から人では到底防ぐことの出来ない波状攻撃が遅い掛かって来る。

 死を前に恐怖して泣き喚いているが、構う事無く魔族の攻撃は続けられる。

 凄惨な状況としか言いようが無い。

 10万居た兵のうち半分は既に倒れていると思われる。

 それに対して魔族側は、数十人の魔族と、約3000匹程度の魔物の被害くらいか。

 もはや戦略的にも勝敗は喫したはずだが、魔族はお構いなしに攻撃を続けている。


 そんな中を、人間側から魔族側に向かって平然と歩を進める人影が一つ。

 目深にフードを被り、襲い掛かってくる魔物を一刀の元に切り伏せ、魔族の魔法をその外套で全て防ぎなんでもないかのように、戦闘の中心に進んでいく。


「おいあんたもさっさと逃げろ! この国はおしまいだ」

「ああ、少しでも時間を稼ぐ。ここは気にするな……生きろ!」


 最後尾で逃げる兵を庇いつつ、魔族に応戦していた2人の豪華な鎧を着た騎士が声を掛けるが、その男は涼し気な微笑みを返すと二人の前までその歩を進める。

 恐らく北虎騎士団と北獅子騎士団の団長達だろう。

 男の様子に、思わず撤退の足を止めてすれ違った男性を追いかける。

 そのまま逃げればいいものを……


「なんだ? 人か?」


 間抜けな声を上げた魔族が、次の瞬間には両断されている。


「ここは俺に任せて、貴方達も逃げればいい……」


 その男はなんでもないように言うと、目の前に迫る100を越える魔物に対して剣を一振りする。

 漆黒の刃から放たれた黒い斬撃は、半月上に広がって行き目の前の魔物を弾き飛ばしていった。

 綺麗に目の前に出来た大通りを、さらに突き進もうとする男に対して2人の団長が驚愕の表情を浮かべている。


「なっ! 何者だ!」

「嘘だろ? 一撃で?」


 驚きを隠しきれずに大声まであげているが、それ以上に驚いたのは敵対していた魔族達だ。

 まだこんな戦力が残っていたとかというレベルではない。

 複数人の人間の兵を相手取ってもものともしない、大型の魔物すらいまの一撃で絶命している。


「くっ! 勇者か?」

「それにしては異質……黒い斬撃など聞いた事が無い!」


 魔族の中に動揺が走るが、それを感じ取った大きな魔力を持った魔族がその男に向かって火系の魔法を放つ。

 それすらも、片手でかき消すと男のフードがその風圧でめくれ上がる。

 まあ実際には、そういう風に見せただけで自ら脱げるように仕向けたのだが。


「俺の名はタケル……この地の人間を救うために馳せ参じた。いざ参らん」


 それから一気に駆け出すと、目に映る範囲、手の届く範囲の魔族、魔物を全て斬り飛ばしていく。

 一瞬で目の前に現れては斬撃を繰り出すカインに対し、殆どの魔族や魔物が反応すら出来ずに倒れていく。

 その表情は驚きに固まったままで、恐怖する暇すら与えてくれなかったようだ。

 そしてみるみるうちに、形勢が変わっていく。

 ときに斬撃、ときに魔法を駆使しながら一撃毎に数匹から数十匹の魔物を切り伏せながら進むカインの後ろには魔物の死体が次々と積み重ねられていく。


『馬鹿な! これで人間だと! 』


 敵味方から、同じような声が上がっている。

 人から見ても異常と思える攻撃で、次々と魔族を屠っていく姿に人間側に希望という名の活力が沸き上がっていく。

 逆に魔族側からは、突如として現れたこの脅威に対して一気に恐怖が伝染していく。

 そして、ほぼ勝ちが確定した状態で死ぬこと程無駄な事は無い。

 それが分かっているからこそ、魔族は一気に後退し前面に魔物を突撃させる。


「初めまして中央の魔族の皆さん、私は北の勇者……と言っても北の世界の勇者ですけどね。ここは引いて貰えませんかね?」


 喋りながらも、次々と魔物を処理するその姿に魔族側は動揺を隠せない。

 北の世界? そんな片田舎の勇者がこれほど強いはずは無い! そう思いながらも、目の前の光景がその心中に警鐘を鳴らす。


「く、お前ら同時に魔法を放つのです!」


 恐らく相手方の隊長格の1人だろう。

 狐型の獣人の指示で、他の魔族が一斉に魔力を込め使える中で各々が最強の魔法を放つ。

 1つの巨大な魔法となって、広い範囲に襲い掛かって来る。

 逃げ遅れた兵士達が、あまりの巨大な魔法に逃げる事を諦め思わず見入ってしまう程の圧倒的な暴力だ。

 まさに雪崩や津波といった大型災害を彷彿させるその魔法に対して、生を諦めざるを得ない。


「これはちょっと……私一人ならともかく全員を守るのは……」

「何を言っている! これだけの魔法を受けきれる訳が無い! お前も逃げるんだ!」

「そうだ、立ち止まっている場合じゃないだろ!」


 カインがちょっと困った様子を見せると、先の二人の騎士のうち一人が悲痛な表情でカインの袖を引っ張る。

 しかし、その手をカインが優しく振りほどくとその魔法の塊に対して片手を翳す。


「まあ、貴方達くらいならなんとかなりますが」


 即座にカインの張った障壁により、その魔法の衝撃が3人に到達する事は無かった。

 ただ、魔法の流れ弾が他の人間に向かっていくのを見て、カインが悔しそうな表情を浮かべる。


「やはり、私では全ての人を救うのは無理なのか?」


 しかし、カインの心配も杞憂に終わる。

 魔族の放った魔法が突如人間たちを覆う、大きなドーム状の障壁に阻まれて消え去る。

 逃げ場を失った衝撃が波となって魔族側に押し返され、こちらも少なくない被害が出ている。

 とはいえ、それなり以上の魔族は障壁を展開し、その余波を防いでいるす、大型の魔物に対してはそこまでのダメージが入る事は無かったようだ。


「助かりました」

「うむ、こっちは任せておいてよいから、とっとと潰してくるのじゃ」


 上空から眼下に向かって手を翳し、魔法障壁を展開する俺に対してカインが頭を下げるが、そんな事はどうでも良いとばかりに、手をしっしと振って見せる。

 今の俺は魔法使いっぽいローブに身を包んだ、ただの老人だ。

 あまり目立っても仕方が無い。


「えっ? いつの間に?」

「この人誰?」

「なんだ? 何が起こった?」


 俺の周りで逃げ遅れた兵士たちが、こっちを見上げて騒いでいるが知ったこっちゃない。

 今日の主役はカインだ。

 同じように目の前で起こった出来事にポカンと呆けた表情をしていた騎士団長の1人が、カインに声を掛ける。


「なあ兄さん、あの老人は知り合いか?」

「ええ、私の魔法と剣の師匠ですよ」


 騎士の1人に対して、カインがニヤリと笑うと一気に魔族の軍団に向かって走り出す。

 凄い勢いで宙を舞う魔族と魔物達……

 その後ろ姿と、俺の姿を見比べてブルッと身震いをする騎士団長の二人。

 そんな事は良いから、とっとと避難すれば良いものを。


 まあいいや、カインが周囲の視線を集めている間に俺は強制拉致スカウトを頑張らないと。

 今回この地に来た目的はカインが北の世界の住人として北の大陸を次は救いたいと言い出したのとは別に、魔族の強制拉致スカウトも一つの目的だった。

 いや、俺からしたら面白い魔族居ないかな? 程度の軽い探索気分で付いてきただけだし、こっちがメインの目的だからな。

 人間に恩を売るのはそのついでだ。

 取りあえず、狐の魔族は外せないよね? 

 その前にと……


「ああ、ここら辺には強力な結界を張っておいた。ここから出なければもう大丈夫じゃ。それと恵みの雨ヒーリングシャワー! これで怪我人も逃げ出せるじゃろ?」


 俺が回復の魔力を存分に染み込ませた雨を降らせると、あちらこちらで呻き声をあげていた人間の兵士達の声が止む。

 キョトンとした様子で自分の身体の調子を確かめている。


「あれ? 傷が塞がってる」

「腕が……腕がくっついてる? いや俺の腕あそこだ! ってことは生えたのか?」

「嘘だろ? 内臓が飛び出してたはずなのに」


 ちょっと強すぎたか? なんかカインより目立ってしまった気がしてしまったが、まあいいだろう。

 怪我が治ったならとっとと逃げろよ。

 仕方が無い連中だ。


「今回はそこに居る不肖の弟子の初陣に付き合ったじゃけじゃから、これ以降は手は出すつもりはない。お主らも怪我が治ったならすぐに城に戻るが良い」


 それだけ伝えると取りあえず、狐型の魔族の元に転移する。

 背後から大歓声が聞こえたような気がしたが、きっとカインに向けられてのことだろう。

 一瞬で狐型の魔族の前に現れたもんだから、彼女はギョっとした目で固まってしまっている。

 これはチャーンス! 


「なっ! なんだ?」

「はいっ! おひとり様ご案内!」


 俺が黒い球体を作り出すと、その中から巨大な手が出て来て狐型の魔族を捕まえるとその中に取り込む。

 これ、マヨヒガの手ね。

 取りあえず、俺が城に戻れないで状況で魔族や魔物だけ捕獲するように作り出した。

 で、この黒い球体はマヨヒガの中にある異空間に直結してある。

 簡易の牢獄みたいなもんだな。


 さてと、他には有用そうな魔族居ないかな? 

 戦力的にじゃないよ? 雰囲気的にだよ? 

 そんな事を考えながら次々と、魔族や魔物をスカウトしていく。

 大きな虎や、熊型の魔族や、鷹型の魔族も居たから捕まえる。

 鳶や、鷲も居ないかなと探してみたが、そうそう都合よく見つかるわけもないか。

 兎の魔族を見た時は、少しテンションが上がった。

 リアルバニーガールゲットだぜー! と思ったが城の雰囲気と合わないから、衣装は着物だよな。


 どうやら、百人衆も何人か居たようで末端の魔族が悲鳴をあげながら恐慌状態に陥っていく。

 ちょっと面白いな……


「隊長? あれバニー隊長が居ない……」

「ホーク大佐! ホーク大佐!」

「グレズリー一等兵はどこだ!」


 ん? 熊は一等兵だったのか……隊長じゃないんだな。

 というか、名前に捻りが無さすぎるが兎はラビット隊長じゃないんだな。

 取りあえず一通り、マヨヒガに放り込んだから俺は戻って確認に入るかな。

 こっちは……と思っていたら荒神が目の前に現れる。


「あっちは、全て片付けておきました。それから負傷した兵には、我が城で作った薬草による回復薬を渡しておきましたので問題無いかと。もう戻っても?」


 凄いな、どうやったら着物の裾すら汚さずに殲滅出来るのだろう? 

 走るだけで、泥が跳ねたりとかしそうなもんなのに。


「そうか? 俺も帰るところだから、一緒に戻るか?」

「はいっ!」


 俺の言葉に、荒神が嬉しそうに微笑んでくれるが……ごつい色男なんだよな。

 まあ、蛇だからさ……ペットみたいなもんだけど、人間形態の状態では甘えられたくないかな。


「で、実際にこっちの魔族と戦ってみてどうだった?」

「ええ、この鉾の真価を発揮するまでも無く、割と簡単に終わってしまったので拍子抜けでした。雑魚がワラワラと居るだけで、面倒くさいだけですね」


 心底ダルそうに漏らす荒神を見て、ちょっと悪い事したなとは思ったけど、結果だけ見れば十分だな。

 やり過ぎたって事が分かっただけでも良しとしよう。

 という事は、こいつ以上に魔力を注いだ辰子はどうなんだろうな……


『おい、カイン! 俺達は帰るからな! 頑張れよ』

『えっ? 』


 それからテレパシーでカインにそれだけ伝えると、すぐに戦場から離れる。

 弱すぎて、結果に興味すらわかんわ。

 第一形態のカインに良いようにやられるとか、マジショボすぎるだろ。


 ―――――――――

「せっかくのとっておきがあったのに!」


 カインが敵の中心でワナワナと震えているが、すでに田中の興味はこの地から離れている。

 というのに、この男と来たら……


「きっと、遠くから覗いているはずだと思うから、ちょっとやってみよっと」


 などと呑気に新必殺技のお披露目をするらしい。

 もう一度言おう、この戦争に対する田中の興味は完全に消え失せている。


「【全てを浄化せよ! ブレイブエクストリームサウザントレイン! 】」


 上空高くに一筋の神気が伸びたかと思うと、優に1000を越える光の雨が大地に降り注ぐ。

 スッピンが聖女として、神格化され神気を纏ったと同時に、その第一の信者として認められたカインはスッピンと同様に神気を再度操る事が出来るようになったのだ。

 ここぞという時に使って、田中を驚かせるつもりで黙っていた。

 そしてこの瞬間が、ここぞという場面だと判断したのだ。


 人間側から大きな歓声が上がる。


「黒い斬撃を放つから疑っていたが、あれは紛れもなく神気」

「ああ、この地から失われた力……そして真の勇者の証」

「北の世界から、この地を救いに来てくれたらしいぞ!」

「タケル……タケル様とおっしゃるらしい!」

「タケル様か……」


『タ・ケ・ル! タ・ケ・ル! 』


 徐々にカインの情報が、伝言ゲームのように広がって行きあっという間にタケルコールが巻き起こる。

 一瞬、キョトンとしたカインだったが、自分がタケルだった事を思い出し、その歓声に対して剣を高く掲げて応える。


「俺が北の勇者! ヤマトタケルだ!」

『わーーーーーーー』


 そう、自分の主である田中にアピールするかのように、力強く、自信満々に手を高く掲げる。

 だが、しつこいようだがもう一度言おう。

 田中はすでに新しい仲間の事で頭がいっぱいでこの地を見ていないと。


 この地を揺るがすような大歓声、圧倒的な武力だけでなく魔族の弱点である神気を操ってみせたカイン。

 これだけの条件が揃えば、魔族が手を引くのも早かった。

 一先ず先に力のある魔族が転移で居城である北の塔に逃げ帰る。

 それから、その後を追うように他の魔族達が飛び立つと、魔物も散り散りに逃げ出す。

 形勢逆転といきたいところだ、人間側のダメージも多くこれに対して追撃をかける事など到底無理だ。

 とはいえ、この劣勢から生き返っただけでも十分すぎる成果だ。

 結果として、城を捨てる事もせずに済んだ訳だ。

 ここから、カインもといタケルの真のシャイニングロード(笑)が始まるのだった。


 ――――――――――――




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