第3話:ベーコンとチジミと私(住む世界が違い過ぎて辛い)

 さてと、ようやくジュリアがテーブルに食事を並べ始める。


「さあ、どうぞ!」

「えっ?」


 並べ始めたと思ったら、終わってた……

 ちょっと前に流行ったワンプレートって奴か?

 でも皿には丸くて平べったい物体が、一枚乗っているだけだ。

 小麦を練って平たくしたものに、野菜や申し訳程度の肉が入っている。

 ちなみにウララの前には、野菜とベーコンのスライスがちょこんと出されている。

 すぐに、ウララが俺の肩から飛び降りてそれに齧りつく。


「これは?」

「小麦の平焼きだよ? 知らないんですか? しかも! このご時世、中々に手に入らないベーコンを刻んで入れた高級平焼きですよ! まあ、命を救って貰った礼にしては大したものじゃないかもしれませんが……」


 なんか、可哀想になってきたよ……

 チョロっとベーコンが入ったチジミもどきを高級品と胸を張って言える生活水準の低さに、この世界がいかに貧窮しているか分かる。

 でももしかしたら、こいつが貧乏なだけかもしれないけど。


「なにこの椅子! これが椅子?」


 それから俺の作り出したダイニングチェアに座ると、大きな声をあげる。

 そりゃ丸太と椅子を比べたら、椅子の方が座り心地良いに決まってんだろ。


「それが椅子じゃなかったら、何が椅子なんだよ! それともこの世界じゃ、丸太が椅子のデフォなのか?」

「デフォというのが良く分かりませんが、座面に加工がしてある椅子は貴族や王族の方くらいしか持っていないかと……もしくは、商人の方ぐらいですかね? 普通は木の椅子を使うので、丸太でも変わらない座り心地ですよ?」


 まあ、確かにこの世界の文明度からしてスチールフレームや、樹脂、モールドポリウレタンなんてものは存在しないだろうが……

 形を見れば、椅子だと分かるだろ?

 この話をこれ以上広げても、何も得るものは無いと思った俺はチラリとジュリアの前の皿に目をやる。

 ジュリアのチジミもどきには、野菜しか入っていない。

 こいつの事だから、俺より沢山ベーコンを入れてると思ったが。


「ところでジュリアのは野菜しか入ってないみたいだけど?」

「私はベジタリアンなのです。このベーコンはいつか来るお客様用に大事に取っておいた分なので遠慮せずにどうぞ。命の恩人なら食べる権利は十分にありますから」


 そうか、ベジタリアンなのか……

 じゃあ、遠慮せずに頂くか。

 とりあえず、小さく切って口に放り込む「ゴクリッ!」

 ジュリアさん? 思いっきり涎を飲み込む音が聞こえてますが?

 チラッとジュリアに目を向けると、慌てて自分の目の前に置いたチジミもどきを口に放り込む。


「ああ、野菜美味しいよー! 野菜があればなんにもいらないよー!」


 嘘ですよね?

 そもそも、その野菜すらもあまり入ってない。

 小麦を水で溶いて固めて焼いただけの物体。

 試しに自分の目の前に置かれたチジミを切って、ジュリアの目の前をプラプラさせる。

 ジュリアの目が切り分けられたそれを追って、右に左にと忙しなく動く。

 下手くそか!

 そのままフォークをジュリアの口元までもっていくと、パクリと食いつく。


「美味しい! ベーコンから溢れ出る肉汁と塩が平焼きに染みわたって、ただの小麦の塊がより一層味わい深いものに! これがお肉なのね…………はっ! タナカさん何するんですか! 私はベジタリアンなので肉はダメなんです!」


 わーい! 女の子釣れたー!

 ……じゃねーよ!

 やっぱり、やせ我慢してやがったのか。

 アホな子の癖に無理すんな! バレバレだから!

 しゃーない、そんな大事なベーコンを貰うのも申し訳ないから自分で作り出すか……

 こういう時に、自分のお節介な性格にはつくづく嫌気が刺す。

 待てよ、あんまり調子に乗ってもやらかしても後が面倒くさそうだしな……

 いや、でもベーコンくらいなら大丈夫だろ。


「おい、これやるからお前も普通にベーコン食えよ! どうせベジタリアンなんて嘘だろ?」


 俺はそう言って【三分調理キューピー】で、草畑牧場で売られているホエ―豚の白樺スモークベーコンをワンブロックほど、あたかも最初から持っていたかのように取り出す。

三分調理キューピー】を使った際に、背中に冷たい視線を感じたが気のせいだろう。


「えっ? ブロック? こんなに大きいベーコンくれるんですか?」

「ああ、北の世界じゃそんなに珍しいものでも無いから遠慮すんな!」


 俺の言葉にジュリアがポカーンとした表情を浮かべる。

 いやいや、確かに北の世界でもこのクオリティのベーコンは少ないが、たかがベーコンだぜ?

 普通にステーキハウスだってあるし、肉にそんなに困ってないのは事実だ。

 むしろ、この世界どんだけ人間が暮らしにくい事になってんの?

 これは、中野マイナスポイントだな……【ライトニングボルト】!


 ―――――――――

「ぎょえええええ!」

「おい! 暴れ雷が大魔王様の頭上に落ちたぞ!」

「大魔王様大丈夫ですか?」

「く……大丈夫だ!」

 ―――――――――


 ちょっとすっきりした。


「えっと、すいません……でも貰えないです……助けて貰って、売れば遊んで暮らせそうな椅子まで頂いて、そのうえベーコンまで頂くなんて。全然私からのお礼にもなってないですし……」

「子供が遠慮すんな! その程度いくらでもあるんだから」

「子供って……私もう18歳なんですけど」


 別にお前の年齢なんか気にしちゃいない。

 取りあえずジュリアに見つからないように【三分調理キューピー】で、ベーコンブロックをあと10本程作り出して、適当な袋に入れてそれを彼女に見せる。

 てか、あの椅子そんなに価値あるのか?

 こいつでも物の価値分かるんだな……あの椅子は一応前世でテレビでやってた金持ち特集の際に紹介された、カッシーナの椅子のパクリだ。

 フリーターの俺が買える訳もないのに、ゴゴって(ゴーゴルっていう検索エンジンサイトね)パソコンで眺めるだけだった憧れの椅子を参考に作り出したからな。

 惑う事なき高級品だ!


「また唐突に袋が出てくるんですね。それも魔法で…………」


 妙な事に感心していると当のジュリアは、俺が袋をいきなり出したことに多少驚きつつも袋の中を覗き込み固まる。

 おーい! ジュリアさんやーい帰ってこーい!

 そして、ゆっくりとこっちに顔を向ける。


「なんなんですか、そのバカげた量は! この世界でそれだけのベーコンを買ったら、私の3年分の食費くらいになりますよ!」


 なんで怒られてるんだろ?

 だって、魔法で作り出してるからタダだし、ほぼ無限に作れるし……

 地獄級魔法最弱の第八位地獄級魔法一回分の魔力で、このベーコン1万本は作れるしね。

 ちなみに、第一位……いわゆる最上級の地獄級魔法の消費魔力は、第八位地獄級魔法128回分必要となるが、俺はその第一位地獄級魔法を一時間の回復量で1万発は打てる。

 俺の魔力も無限では無いって事だ……でも、それを絶倫に言ったら無限ではないですが恒河沙くらいはいってると言われたのは良い思い出だ。


「ふんっ、そんな事言われても俺の居た世界じゃ大した事ないんだから、しょうがないだろ?」

「私がコツコツと依頼や採集で集めたお金で買ったベーコンだったのに……タナカさんにとっては大した事無いんですね……これ以上の感謝の表現方法なんてないですよ……」


 ジュリアが泣き出してしまった。

 ウララに思いっきり頬っぺたを引っ搔かれる。

 これって俺が悪いのか?

 いや、悪いのは中野だな……うん、中野が悪い!【ウォーターフォール】!


 ―――――――――

「アブブブブブ!」

「おい! ゲリラ豪雨が大魔王様に直撃したぞ!」

「えっ? ここ室内……てかそれ豪雨っていうか、滝じゃね?」

「大魔王様! 大丈夫ですか?」

「ブブ……大丈夫だ……いや、無理かも……」

 ―――――――――


 うん、スッキリした!

 あっ、中野の心が折れる音が聞こえた気が……

 ちょっとやり過ぎたな。

 これで、心折られて降伏されても面白くないし、なりふりかまわずに暴れられると面倒だから少し放置しておくか。


「いや、感謝の気持ちは伝わってるよ? 銀貨一枚しか持ってない人がくれる銀貨と、大白金貨100枚持ってる人がくれる銀貨じゃ価値が全然違うでしょ? そのくらいは分かってるから」

「そうですか……そして、大白金貨100枚持っている人がタナカさんなんでしょうね……」


 くっ、卑屈になってやがる。

 こういう時は……別にどうでも良いか。

 取りあえずこのチジミもどきの味付けが塩だけで、後はほぼ素材の味だからちょっとこの量を食べるには飽きるよな……

 うー、でもこれ以上なにかやらかすと、ジュリアの心も完全に折れちゃいそうだしなー。

 我慢して食うかな……いや、無理だ! ここまで来たら、とことんだな!

 自重したってしょうがないしね。

 おれは、ヨツカンの味ポンを作り出しチジミもどきにさっとかける。


「また、意味の分からない物を……」


 ジュリアさんの目が死んだ魚のようになっている。

 久しぶりに、こんな目をする人を見たな。

 まあいい、自重してもしょうがない! 持てる力の全てを使ってこの世界を楽しもう。


「ん? これは俺の国(前世)のソースだよ? ジュリアも使う?」


 そう言って俺がお馴染みの瓶を手渡すと、ジュリアはボーっと瓶を見つめる。


「こんなに均整がとれたガラスの瓶なんて見た事無いです……これだけで村が一つ買えそうですが……タナカさんの国(北の世界)だとありふれたものなんでしょうね?」

「ああ、そんなもん俺の国(前世)だと使い終わった後に、捨てるのにゴミの分別が面倒くさいだけのガラクタだな!」

「なんで私は中央世界なんかに生まれたんでしょうね……タナカさんの国に生まれたかった……」


 やっぱり思った通り、どんよりしちゃったな……

 でも、飯は美味いに限る!

 食えば元気になるだろう!


「まあ、細かい事気にせずに食えよ! 俺が作った訳じゃないが」


 そう言ってジュリアから味ポンを奪い取ると、さっとジュリアのチジミもどきにかけてあげる。

 それから俺が食べるように促すと、そのチジミもどきを無表情のまま切り分けて口に運ぶジュリア。

 そして、目をかっと見開く。


「なにこれ! すっぱくて、しょっぱくて、でも風味豊かで……こんな調味料見た事ない……これ売っても大富豪、これを使ってレストランを開いても大富豪になる未来しか視えない」

「大げさな……ただのソースだよ」


 俺の言葉に呆れた表情でこっちを見てくるジュリア。

 まさか、馬鹿に呆れられる日が来ようとは……イラッとするわその表情!


「もういいです……タナカさんとは住む世界が違いすぎます」

「ああ、世界が違えばこうも違うもんなんだな」

「そういう意味じゃないですけど……もう悩むのがアホらしくなりました! いまは、このソースを堪能したいです! それとベーコンも!」


 そう言うと俺が机に置いたままだったベーコンを奪い取って、そのまま大きな口で齧りつく。

 調理も何もしてないベーコンに齧りつくとか塩辛くないのかな?

 確かにそのままでも食べれるけどさ。


「なんなんですか! このベーコンもなんでこんなに美味しいんですか! 燻されたのに癖も無く、爽やかな香りに溢れ出る肉汁! このベーコンめ! くそっ! くそっ!」


 あっ、とうとうジュリアがおかしくなった。

 というか、癖の無い上に特徴もなんもないただの白樺スモークなんだけどね。

 まあ、この世界じゃ主にクルミ系の樹木を使った燻製がメジャーみたいだし、個人的にはウィスキーオークの燻製が一番好きだけど。

 日本じゃサクラがメジャーだったな……

 怒りながらも美味しそうに食べるジュリアを見ながら、北の世界に置いてきたあいつの事をちょっと思い出した。

 って、こっちに来て2週間も経ってないけどね。


「とりあえず、御馳走様! 一人で食べるよりも楽しくて良かったよ」

「なんですか? 皮肉ですか? 御馳走様は私のセリフです!」


 食事を終え、一息ついて宿に送ってもらった。

 まだ日も完全に落ち切ってないし、別に送らなくてもいいだろう。

 それに、この後魔族が襲ってくるからね、ちょっとゆっくりしときたいし。


「でも、まあ命を助けて貰って本当に有難うございます」

「フッ、礼も言えない阿呆だと思っていたが、案外まともだな……けどあんな状態の森に入って来るとかやっぱりど阿呆だけど」

「もう、それは言わないでください! 私はこの村を守りたくて……」

「守りたいものがあるなら、守れるように強くなるしかないぞ? 自分の身も守れない癖に……人を守るのは自分を守る事より何倍も難しいぞ? 1人で村を守るとなれば、人をやめるくらいの覚悟と鍛錬は必要だ」

「うっ……はい……」


 まあ、こいつはバカだが馬鹿じゃなさそうだ。

 少しは見込みが……いや、全然無いな……

 早々に諦めて、普通の村娘として過ごす覚悟が出来れば多少は見込みもあるだろうが……


「明日から訓練を2倍に……いや3倍に……」


 身の程をわきまえない奴って、絶対トラブル起こすから嫌なんだよね……


「100倍でやっと、村を救う英雄になる第一歩だな!」

「ひゃっ? 英雄……でもそうですね……一人で村を救うなんて勇者や英雄だけですもんね。改めて考えると無謀でしたね。うん! 100倍! 100倍訓練しよう!」


 やっぱ馬鹿だった……もういいや、放っとこう。

 この村を助けたら関わり合う事も無いだろうしな。

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