第2話:早速女の子拾った

 さてと、イサム達の話ではここが一応大魔王の支配下でも、一番魔族の進行が手薄なんだったな。

 なんでそんなとこを選んだかって?

 いや、中野あいつマジ調子乗り過ぎだろ!

 ここ中央世界の主要な地域はのきなみ押さえてて、その地域の中でも大国と言われる人間の国以外を殆ど支配下に置いてるらしいからね。

 だから文明の発展度というか町としての機能的なものが大分損なわれていて、人としての生活を見る事が期待出来ないって言われたからね。

 その点ここなら大国でなくとも、まだ多少は人間らしい生活の送れる村や町もあるだろうという事だった。

 ゲームでいう所の始まりの村的な感じかな?


 さらに中野のやつ、実は東と西と南の女神をすでに捕まえてやがった。

 中央世界は、東西南北と、中央にある5つの大陸からなり、それぞれの大陸に巨大な塔が立っている。

 北以外の塔に、女神を封じ込めその神気を魔力に変換して中央の大魔王城に集めているとか。

 で、その話を聞いた俺はその塔全てをぶっ壊してやろうかなと思ってね。

 今でも勝てそうなのに、なんでそんな事するかって? ただの嫌がらせだよチミ!

 誰かに話しかけてるのかなとかって、思った?

 一人で行動してると独り言が増えるんだよ!

 ここまで含めて、全部独り言だ!

 寂しいぜチクショー。

 早くもホームシック。

 


 まあ冗談はさておきここは、南の大陸のさらに南の端に位置するミナーミサイハテ地方だ。

 そこにある森に取りあえず降りてみた。

 というのが、森の入り口に人間の村があるのが見えたからね。

 まあ、適当に魔族にちょっかい出しながら、途中で北の世界に行ったり、中野に釘刺したりしながら全大陸制覇目指すかな?


(見つけた)


 ん?森に降り立ってすぐに何かが聞こえたかと思うと、肩に魔力が集まるのを感じる。

 それから、何かが乗っかる感触がする。


「って、ウララ!」


 気が付いたら、ウララが肩にしがみついていた。

 って、さっきの見つけたってこいつか?

 まさか転移が使えるとか、こいつただの狐じゃなかったのか?

 そんな事を思っていると、当のウララはすぐに目を閉じて寝息を立てる。

 何しに来たのこいつ?

 まあ、いいわ……

 狐でも来てくれただけで、嬉しい。

 ちょっと戻った時に、チビコに何言われるか怖い気もするが。

 あとそれを見たスッピンからも……

 

 で森に来た理由なんだけど、森にさ感じるんだよね。

 魔族の気配! しかも割と強いんだよねー……人基準だと。

 多分、森の魔物も集まってるところを見ると、これからそこの村に奇襲をかけるつもりなんだろうね。

 そこで俺の出番!

 颯爽と登場して、人間形態で村を救ったら受け入れられる気がしないかい?

 えっ? どうせ今までみたいに石を投げられて、罵詈雑言を浴びせられて泣きながら逃げ出すんだろって?

 ノンノン! バカをいっちゃいけないよチミ達!

 この世界で中野君ちょー頑張ったの。

 主神を捉えて封印することに成功するくらいにね。

 それに聖教会もバシバシ潰してるらしくて、人間たちの洗脳もそこまで進んでないらしい。

 その点は評価するぜ!

 よし、ちょっと行ってくるか。


「中野! グッジョブ!」

「ひいっ! 田中!」


 俺が中野の前に転移して親指を立ててニカッと笑うと、中野のやつめっちゃビックリしてたわ。

 すぐに森に戻ったけど、ちょっと面白かったな。

 取りあえず、魔力を変質させてカモフラージュしとくか。

 気配探知で中野にこっちの行動を探られるのも、面倒くさいしな。

 人間形態で年齢はどうしようかな……やっぱりリアルに30歳の姿になっとくかね。

 とか言いつつ、どうみても20代前半の姿に変化する俺。

 少し調整を失敗してしまったようだ。

 テヘッ!

 っと、肩で寝ていたウララの耳がピクリと動いた。


「キャーーーー!」


 にしても、中々におどろおどろしい森だな。

 こんなとこに入って来る人間居たら、そいつはただのバカだな……

 襲ってくださいって言ってるようなもんだしな。

 そんな事を思いながら村に向かって歩き始める。


「キュイ!」


 ウララがメッチャ俺の頭をガシガシ噛み付いてるが、何かありましたか?


「助けてーーーーー!」


 うーん、木々のざわめき……魔物達の鳴き声……穏やかだなー。

 久しぶりに自然に囲まれた空気を満喫しながら、村に向かおうとすると思いっきり頬を噛み付かれる。


「おっ! ウララも置いてかれて寂しかったんだな! 村に行ったらめいっぱい遊んでやるからな!」


 ウララの頭を優しく撫でると目を細めて気持ち良さそうにする。

 ヨシヨシ、愛いやつめ!


「誰かーーーーーー!」


 次の瞬間、手を思いっきり噛みつかれる……地味に痛い。

 はいはい、分かりましたよ。

 ウララにジト目で見られたらしょうがないよね?

 俺は悲鳴が聞こえた方に転移すると、いかにも村娘……じゃなくて、軽装の女戦士が魔物の群れに囲まれている。

 この世界では、人間は魔物に囲まれるのが流行ってるのか?

 にしてもテンプレ過ぎやしませんかね?

 なんて事を考えていると、ウララが尻尾を女性の方に向けて行けと催促してくる。

 これじゃどっちがご主人様か分かんねーな。

 取りあえず、衝撃波を飛ばして女性の前に居た熊型の魔物を吹っ飛ばす。


「大丈夫ですかおバカ……ゴホン、お嬢さん?」

「えっバカ? えっと、貴方は……いや、そんな事より早く逃げてください! ここは危険です!」


 こいつ今助けを呼んでたよな?

 俺が熊を弾き飛ばした瞬間に女性が安堵の表情でこっちを見たかと思うと、すぐに怪訝な顔をして逃げるように言ってくる。

 まあ、俺いまめっちゃラフな格好だしね。

 マントとか、鎧とか疲れるじゃん?

 今の俺の恰好、Tシャツにジーパンだったりする。

 一応ニット帽で髪の毛は隠してたりするけどさ……黒髪って目立つしね。

 ちなみに女性は胸当てと腰当だけのライトアーマーに、細身のショートソードか……

 赤毛にそばかす、赤毛って魔力的にはどうなんだっけ?

 火魔法に特化してるとは聞いたけど。

 色が薄いから弱そう。

 てかどう見ても中身は素朴な村娘っぽいのにね、戦えるのかね?


「ん? 助けて欲しいんじゃなかったのか?」

「いや、確かにそうなんですけど……貴方……どう見ても普通の人ですよね?」


 普通の人……

 普通の人……

 普通の人……


 その言葉に俺は感動した。

 今までどんなに精密に人間に変化しても、なんかムカつくとか言われて石を投げられたり、物を売ってもらえなかったり、畜生以下の扱いを受けて来た俺をただの人だと……

 しかも心配までして、逃げろと言ってくれた。

 中央世界来て良かった。

 ちょっと中野を褒めて来よう!


 またまた、転移して中野の前に移動する。


「中野でかした!」

「うわぁぁぁぁぁ!」


 そう言って中野の頭をポンポンと撫でてやると、一気に玉座から転がり落ちていく。

 大げさな奴め、そんなに嬉しかったのか。

 それからすぐに転移で女性の元に戻る。


「あれ? いま一瞬消えませんでしたか?」

「ん? なんの事? それよりさ、助けてあげようか?」


 今の俺は凄く気分が良い。

 さっきまでウララに言われて仕方なく助けに来たが、今なら全力で助けてあげるよベイベー。


「いや、貴方が? 私を? そんな恰好で?」

「ん? 恰好とか別に関係無くない?」

「いやいやいや、魔物相手に武器も防具も持ってないのに助けるとか言ってる意味が……」

「武器が無くても、魔法ならあるよ?」


 そう言って、めっちゃ手加減したサンダーボルトを魔物の群れに向かって放つ。

 30体近い色んな種族の魔物が、アバババババって言いながら痺れてて面白い。


「えっ? 魔法使いだったんですか?」

「素手でも戦えるよー?」


 次は地面を蹴って一気に魔物の群れに近づくと、片っ端から殴り飛ばしていく。

 次々と上空へと打ち上げられる魔物達。

 ドサッ!

 最後の一匹を殴り飛ばした後で、振り返ると俺の背後に最初に飛ばした一匹が落ちてくる。

 ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ! ドサッ!……

 そして次々と魔物が落ちて来て上に積み重なっていく。

 ナイスコントロール!


「ねっ? 装備なんて関係ないでしょ?」


 俺がそう言って微笑みかけると、女性が目ん玉落ちるんじゃないかってくらいに目をかっ開いて口まで開けてこっちを見ている。


「おーい! 戻ってこーい!」

「はっ!……えっ? いやいやいやいやいや……えっ?」


 こっちの世界に戻って来たかと思ったら、何かを考えてまた首を振って口を開けてフリーズする。

 駄目だなコイツ。


「で? 逆にさ……こんなに魔力が集まってて、あきらかに魔物が活性化してる森に入って来るキミの方が意味分かんないんだけど?」


 俺に言われて、今度こそこっちの世界に戻って来た女性がまだ何か悩んでいる。

 どう考えても、この森めっちゃヤバい雰囲気だしまくりやん?

 何しに来たの?


「そんな事普通分からないですよ……」

「普通分かるだろ!」


 えー? 森から動物の気配が消えて代わりに魔力を纏った魔物が集まっているのなんか、森の雰囲気ですぐに分かるだろ。

 そして、この奥にいる桁違いの魔力を持った魔族の存在すら気付けないのか?

 さすが赤毛! 魔力探知も並み以下なのか……


「えっと、確かに村の魔法使いの女性が森の様子がおかしいと言ってましたが……それで調査に来てみたら」

「おかしい森に調査に? 一人で? バカなの? 死ぬの?」


 俺の言葉に女性がショボーンとなる。

 ウララがガシガシとめっちゃ頭に噛みついてくる。

 ええっ? 俺が悪いの?

 確かに言い過ぎた。

 普通の人扱いを受けて、テンションが上がりすぎてしまった。

 ついつい、前世のノリで反応してしまったが。

 この世界の人からすれば、ただの悪口だな。

 それも、かなり辛辣な。

 反省。


「まあいいや、俺もどっかでゆっくりしたいと思ってたからさ、その村とやらに連れてってくんない?一人でも行けるけどさ」


 はするけど、謝ったりはしない。

 なんか楽しいし。


「えっ……あっ、はい」


 女性が納得いかないといった表情を浮かべながらも立ち上がる。


「というかさ、名前は? それと助けて貰った礼の一つも言えないの? やっぱりバカなの?」

「あっ、すいません……ジュリアって言います。助けてくれて有難うございます」

「おう! 俺はタナカだ! 宜しくな!」


 なんか、心が籠ってないというか、心ここに在らずというか……

 せっかく馬鹿にした感じからの、謝らせたあとでめっちゃ良い笑顔で人懐っこい感じのギャップアピールだったのに。

 この世界の人間はノリが悪いなー……いや、この状況じゃ普通か。

 でも取りあえず、ジュリアを助けたって事ですんなり村には入れそうだな。

 当の本人はめっちゃ胡散臭そうな目でこっちを見ているが、失礼な奴だな。

 やっぱ助けるんじゃ無かったぜ。


***

「グルァ!」

「あっ?」

「キャイーン!」


 ……


「ガオー!」

「あっ?」

「クーン」


 ……


「キシャー!」

「あっ?」

「ビクビク!」


 ……


「プシュー!」

「あっ?」

「プルプル……僕は悪いスライムじゃないよ!」

「ああっ?」

「プルルルルル!」


 ……

「あの」

「あっ?」

「ヒイッ!」


 あっ、ジュリアだった。

 可哀想に酷く怯えている。


「どうしたの?」


 メッチャ、スマイルで問いかける。

 ジュリアがその微笑みに泣きそうな顔をしながら、遠慮がちに口を開く……失礼な奴め。


「さっきから、サーベルタイガーやら、ライカンスロープやら、デスサーペントがちらっと見えるのですが、一睨みで逃げていくのは何故ですか?」

「ん? 魔物や動物は人よりも彼我の力の差に敏感だからじゃないかな? 実際俺のが強いし」

「はあ……」


 俺の答えに納得がいっていなようだが、そこら辺の魔物が元魔王に勝てるわけないだろ。

 いちいち殺すのも面倒だし、大変気分の良い俺様が寛大な心で力の差を見せつけてるからに決まってるんだけどね。


「そういうもんなんですか?」

「そういうもんなんですよ!」


 ジュリアの質問に簡単に答えると、小首を傾げながらまた前を歩き始める。

 細かい事気にしてないで、キリキリ歩け!

 そんな事を思っているとようやく森の終わりが見えてくる。

 森から続く道はそのまま平原を抜け村まで続いているそうだが、割と入り口に近かったみたいだな。

 相変わらず肩の上で寝ているウララが、ピクッと耳を立てると目を開ける。

 背後から静かに近寄って、俺達を襲おうとしている熊に気付いたらしい。

 俺が軽めの威圧を発動すると、すぐにどっかに行ったが。

 まあ普通の人間なら森を抜ける時が一番安心して、油断だらけ隙だらけだもんな。


「さてと、ここを抜けたら村まではすぐですよ」

「うん、分かる。人の気配がするからね。今村の中に居る住民は128人か、あまり大きくは無いみたいだな」

「……」


 なんでこいつは、俺が喋ると黙るんだろうね。

 俺、何かおかしな事言ってるかな?


「ジュリア!」


 村の入り口が見えてくると、一人の武装した青年が駆け寄って来る。


「あっ、ヒューイ!」


 その青年に向かってジュリアが手を振ると、一気に駆け出す。

 意外と元気だな。


「おい! 1人で勝手に森に行くなんて危険じゃないか! 何してんだよ!」

「ゴメン! ババ様が森から不穏な空気が流れてくるって言うから、心配になって」


 心配になって一人で様子を見に行ったのか。

 やっぱり、こいつは馬鹿なんだろうな。


「だからって、一人で行くことは無いだろう? 俺に声掛けろよ!」


 ヒューイと呼ばれた男がジュリアに文句を言っているが、ジュリアはどこ吹く風でこっちに手招きする。


「大丈夫だよ! 無事に帰って来たし! それより、タナカさんも早くー!」

「誰だ! その男は!」


 ジュリアがこっちに声を掛けた途端に、ヒューイから殺気の籠った視線を向けられる。

 ププッ! 分かりやすすぎだろ!

 ヒューイ君は、ジュリアちゃんに‟ほの字”なのね?


「ああ、魔物に襲われていたところを助けて貰ったの。色々と怪しいけど悪い人じゃ無いと思う……たぶん」


 えらい不安気だなおい!

 助けて貰ったんだから、もっと堂々と俺の事を紹介しろ!


「そっ! そうだったんですか? それはどうも有難うございます!」


 ……!

 最初に会ったのがジュリアだったからあれだけど、すぐにお礼を言ってくるヒューイは好感度大幅アップだな!

 さっきの殺意の籠った視線の件は、水に流してやろう。


「いや、俺の連れがどうしても助けろってうるさくってさ」


 そう言って肩で寝息を立てているウララを撫でると、ヒューイが目を細める。


「狐とお話しが出来るんですか? それともその狐が賢いんですかね? どっちにしてもとっても可愛らしい子ですね。有難う狐君」


 そう言ってヒューイがウララを撫でようとすると、手を軽く噛みつかれる。

 俺の時と扱いが違う……俺だったら、たぶん血が出る勢いで噛まれてた……

 軽く嫉妬。


「なんで?」


 当のヒューイはウララの突然の行動に、少し怯えた様子で慌てて手を引っ込めてるけど。


「ははは、今のは君が悪いかな? ウララは君じゃなくて、ちゃんだからな!」


 俺がそう言うと、ヒューイがああ! といった表情を浮かべ、すぐにウララに頭を下げる。


「ゴメンね、ジュリアの命の恩人さんなのに間違えて。あまりに凛々しいから間違えちゃったよ! 改めて有難うウララちゃん」


 ヒューイが訂正するとウララは気を良くしたのか、ヒューイの肩に飛び乗ると彼の頬っぺたをペロリと嘗めて戻って来る。

 チョロイ奴だ。


「本当に賢い子ですね」

「ああ、たまにどっちが主人か分からなくなる」


 そう言って、ウララの頭を一撫でする。


「もう、私をほったらかしにしないでよ!」


 ジュリアが頬を膨らましているが、俺としてはヒューイ君の方が礼儀もあって案内役にピッタリなんだけどな。


「ああ、ゴメンゴメン! じゃねーよ! やっぱ、危なかったんじゃねーか!」

「いったーい!」


 ヒューイが思いっきりジュリアの頭を殴りつける。

 まあ、今のはジュリアが悪いなうん。


「もう、何するのよ!」

「反省しろ、少しは! どれだけ心配したと思ってるんだ!」

「うっ……ゴメン」


 そう言われた謝るしかないよな。

 取りあえず、いつまでも入り口に居る気は無いので、二人に中に入るよう促すと、すぐにどこかに案内される。

 そこは、村の一番奥にある少し大きな建物だ。

 ババ様と言われる、この村の長老が居る屋敷らしい。

 一応小さいながらもお店もあり、宿もちゃんとあるので安心した。

 取りあえず、よそ者はまずはババ様に挨拶をしないといけないらしい。

 それが終わったら、少し村を歩いて散策して、恐らく来るであろう夜襲に備えるかな?


***

「良く来たの、旅のお方よ……この度は村の者の命を救って頂いたとかで、誠に感謝しておりまする」


 中に入ると皺くちゃのおばあちゃんが出迎えてくれる。

 すでに話は行っているらしく……まあ、ヒューイが俺達より先に走って屋敷に向かって事情を説明してくれたのだが、お茶を用意して待っていてくれた。

 はあ……この青年、俺が今まで出会ったどの人間よりも、そして俺の元部下のどの魔族よりも優秀だな。

 こんな奴が居てくれたら、前職の魔王業ももっと楽だったろうな。


「笹茶のような紛いもので申し訳ない……いま、大魔王の勢いが過去を見ないほどに苛烈でして……ただのお茶でも高級品なのじゃ。お口に合えば宜しいが」

「いや、甘くて疲れた体に染み入ります」


 正直な感想だ。

 かすかに甘みがあり、香りも悪くない……日本に居た時は存在すら知らなかったが、割と好きな味かもしれない。

 健康にも良さそうだし、手間も掛かってそうだ。


「改めまして、ジュリアをお救い頂き有難うございます」


 一息つくと、ババ様が背筋を伸ばして丁寧にお辞儀をしてくる。


「いえいえ、たまたま森で悲鳴が聞こえたので捨て置くわけにもいかなかったので」

「フッ、そのたまたまがこの娘にとっては命を救われるほどの幸運でしたけどな。それにしても、魔物の群れから女を守りながら戻って来られるとは、相当な腕前とお見受けいたします」


 ……俺はいまモーレツに感動している。

 前の世界では、とうとう成し得なかった人間との交流をこうも簡単に行えるとは。

 魔王やめて良かったわ!


「いえ、大した事はありませんよ」

「黒瞳をお持ちなのに、謙虚な方ですな……きっと御髪も黒いのでは?」


 ああ、髪は隠せても瞳までは特に気にしてなかったな。

 流石は長老、目ざといな。


「バレてるようなので、隠しても仕方が無いか……帽子を取らない非礼を責められないだけ感謝します」


 そう言って俺がニットを取ると、ババ様と、ヒューイから溜息が漏れる。


「ねえ、黒瞳ってなに? あと黒髪って珍しいね」


 ジュリアがヒューイに耳打ちしているが、ヒューイが呆れた顔をジュリアに返している。

 こいつは、本当に大丈夫か?


「ふんっ! ジュリアももう少し色々な事を知るべきじゃぞ! 黒瞳、黒い髪の持ち主は魔力に秀でており、様々な魔法を扱う事が出来る……じゃが、このお方のような吸い込まれるような漆黒の瞳と髪は聞いた事がない」


 そんなに褒められると照れるぜ。

 つっても、日本じゃそこまで珍しくは無いんだけどな。

 ちょっと、人より黒々してるかもしれないけど。


「それに……この世界の人じゃ無いですね? もし、このような方がいらっしゃったらきっと勇者として、主要国に召し抱えられておるはずですから」

「ああ、北の世界からやってきました。ちょっと訳ありで事情は話せませんが」


 俺の言葉に3人が目を丸くする。

 まあ、世界間の移動が出来る人間なんて居るはずがないからな。

 とはいえ、こんな田舎で秘密がバレたところで特に問題は無いだろう。


「左様ですか、まあ深くは詮索いたしませんから、どうぞ村でおくつろぎください」

「そうさせてもらいます」


 それから、ババ様と森の様子を少し話した後、これから村の唯一の宿屋に案内してもらえるらしい。

 しかもなんと、ババ様の口利きで滞在中の宿泊費は村が持ってくれるらしい。

 まあ、俺が居れば多少何かあっても守ってもらえるだろうという思惑が見え隠れしていたが……正解!

 今夜の魔物の襲撃で、救世主デビューを狙ってます。

 謎の救世主が、至る所で魔族や魔物を倒して大魔王を追い詰めるとか良いよね?


「助けて貰ったお礼に、今日の昼食は私が作ります!」

「えー?」

「いいからいいから、こっち来て!」


 ジュリアの申し出に、若干嫌そうな顔を浮かべてみたが無視される。

 そんなに料理に自信があるのかな?

 ババ様の屋敷を出て、小さな家に連れて行かれる。


「じゃじゃーん! ここが私の家です!」


 何がじゃじゃーんなのか分からない。

 ただのあばら家じゃないか……


「入って入って!」


 それから背中を押されて家の中に入る……

 思ったより綺麗だな……というか、物が少なくね?


「あんまりジロジロ見ないでください!恥ずかしいじゃないですか」

「えっ?」


 何を言っているんだろう……物が少なくて恥ずかしいって事かな?


「じゃあ、この椅子に座って待っててください」


 そう言って案内されたテーブルの脇にあるのは……丸太?

 どう見ても椅子じゃない!

 これ椅子じゃないから!


「いま、椅子じゃないって思ったでしょう?」

「丸太じゃん!」

「そうだけどさ、ほらほら、細かい事気にしない!」


 強引に丸太に座らされる。


「今から作るから、ゆっくりしててください」


 ……ゆっくり?

 丸太で?

 背もたれも無いのに?

 まだ床に座った方がマシなんだけど?


 10分は我慢したよ……頑張ったよ……でもさ、丸太に座らされてずっと待たされるのってきつくない?

 いや、前にマイが椅子が固いって文句言われてイラっとしたことあったけどさ、それでもあれは椅子だったから……

 これ丸太だし……

 ってことで、リクライニングチェア作っちゃいました……

 まあ、ジュリアが戻って来る前に消せばいいかなって。


「タナカさん出来ましたよ! って、タナカさん……その椅子……」


 はっ! 自分の作り出した椅子の余りの座り心地の良さにいつの間にか寝入ってしまったらしい。

 凄く驚いた表情で、ジュリアに見つめられていたって危ない!

 折角作った料理を手元から落としそうになったので、慌てて支える。


「ああ、ごめんつい寝ちゃった」

「い……いや、その椅子は?」


 ……


「ん? それよりも、料理出来たの?」

「それよりも? いやいやいやいや、料理よりもその椅子なんなんですか? その超柔らかそうで、座り心地も抜群そうで、ついつい寝入っちゃうその椅子は!」


 はい、総革張りのオットマン付き、電動リクライニングチェアでございます。

 腰の部分は高反発素材、頭の部分は低反発素材を使い分け沈み込むような感触が特徴の珠玉の一品ですがなにか?


「いや、丸太でくつろげって言われても……」

「すいません……丸太ですいません……椅子も買えなくてすいません……」


 途端にジュリアが小さくなる。

 少し可哀想な事をしたかな……

 とはいえ、やっちまったもんはしょうがない。


「まあ、人を迎えるなら椅子くらいあった方がいいよね? これと、あとはダイニング用の椅子あげるから、元気出せって」


 俺はそう言って普通の椅子を二脚作り出す。

 はい、スチールフレーム、樹脂シート、モールドポリウレタンフォームを座面に使用した、厚皮巻の座り心地抜群のダイニングチェアです。

 浮きまくってるけどいいよね?


「こ……この椅子貰えるんですか?」

「えっ? いくらでも作り出せるし、タダだから気にしなくていいよ」


 俺の言葉に口をあんぐりと開けて、また料理を落としそうになる。

 というか、あまり美味しそうな料理じゃねーな……


「魔法……ズルいです……」


 まあ、こんな事が出来るのは魔王クラスの連中でも一部だけだろうな。

 後は、森の精霊系なら出来るかも?


「取りあえず、お腹空いたから飯にしよう……それに、宿の部屋も確認したいしな」

「えっ……あっ、はい……お礼に御馳走しようと思ったのに……どうみても椅子の方が高そうですね……」

「だから、原材料魔力のみだから実質タダだって」


 いつになったら食事が取れるのやら……冷めちゃうよ?

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