青い春の恋心

好きなひと

 春、出会いと別れの季節である春――


 桜も蕾がふくらみ始めた3月の上旬も間もなく終わろうとする頃、一人の少年が中学校の校門前で佇んでいる。


「もうちょっとで卒業かぁ」


_____________________________________


「いやー、受験終わったんだなー!」

「試験当日の緊張まじ やばかったわ!」

「第一志望合格できたよー!」


 クラスの皆が騒いでいる。俺はそんなクラスメートたちを後ろの方の席から ぼーっと眺めている。

 俺は倉木優斗くらきゆうと。東京にあるやなぎ中学校の三年生だ。俺のクラスメートたちが口々に言っているように、つい二週間ほど前に受験がおわり、数日前に結果が発表された。

 俺は無事、第一志望校に合格することができた。ほんとうに長い道のりだったと思う。受験に関してはひと段落することができた。


「おーい、優斗ー!」


 友達の西河にしかわが 俺の前の席の椅子をこちらに向け、腰かける。


「お前、第一志望受かったのになんか元気ねえじゃんかよー」

「そんなことないって。西河は第一志望落ちちゃったんだっけ」

「そうなんだよー。数学でなー、点落としちゃったんだと思うんだよなー」

「そっかぁ」

「まぁ都立 行きたかったけど、私立も楽しいっしょ! 俺なら楽しい高校生活送れる気がするぜ!」

 

 なんとも楽観的な奴だけど、西河のこういう前向きなところは嫌いじゃない。まあきっとこいつならどこ行っても楽しくやっていけるだろう。


「はーい、みんな席についてー!」


 ガラガラっと教室のドアが開き、俺たちの担任の雨宮あまみや先生が入ってきた。


「はい! まずはみんな受験お疲れ様でした! 第一志望校に合格した子、残念ながら合格には届かなかった子も、今まで本当によく頑張りましたね!

 このクラスで、この学校で 過ごす時間も残り僅かになりましたが、最後までみんなで楽しい思い出を作っていこうね。 あ、でも浮かれすぎないようにね!授業中とか、けじめをつけるときは しっかりつけること!

 それじゃあ朝のホームルームを終わります!」


 先生は話し終えると、教室の外へ出ていった。


 一時間目の授業が始まるまで10分ほど時間がある。そこへ、先ほどの西河が再び俺の席にやってくる。


「なあなあ 今日四時間授業だし、受験も終わったし、放課後 大塚おおつかとか、高山たかやまも誘って遊び行こうぜ!」

「おっけー。いこういこう」

「カラオケとかでいいかな??」

「お前ほんといっつもカラオケだな」


 そして、四時間目の授業が終わり、ランチを食べ、雨宮先生の帰りのホームルームを終えた。大塚も高山も予定は無いとのことで 遊びに参加することになったが、西河の提案したカラオケは 高山のカラオケ嫌いにより却下されたようだ。

 なので、代わりということで高山の家で遊ぶことになった。


 高山の家にはいろんなゲームがあって、中学二年の時に知り合ってから、たまに彼の家にお邪魔しているが、結構楽しい。


「しっかし、受験が終わった後のゲームはたまらんなー! 高校の入学式まで一カ月近くあるんだし、もう毎日遊びつくしてやるぜ!」 

「まぁ 卒業までは一週間くらいだけどなー」

 西河に大塚が返答する。


 そうだ、卒業までもうあっという間だ......


「そういえばよ、高山ー。お前、結局 あの子に告ったのかよー?」

 西河が、突然 高山をからかい始める。高山、好きな子いたんだ。誰なんだろう。

「なっ! お前には関係ねーだろっ!」

「おいおい~、そうこうしてたら もう卒業だぞ~?」


 西河の言葉は確かに高山に対しての言葉だが、まるで、自分に言われているような気がした。


「大塚は好きなやつは――」

 西河が大塚に尋ねると、

「俺は別にいねえ」

 大塚はきっぱり否定していた。


「なんだかんだ優斗、お前の好きなやつが気になる! どうなんだ?」

 

 話の流れ的に俺も訊かれるだろうなとは思っていたが、案の定だ。


「いや、俺も別に......」

「なんだよ、お前絶対好きなやつ いそうな顔してんじゃん!」


 どんな顔だよ。

 そう言い返そうとしたが、内心 俺はかなり動揺していた。


「じゃあ せっかくだからこうしよう! このゲームで対戦して負けたやつが、好きなやつを正直に公表することにしよう! 高山、お前はゲームの持ち主なんだからハンデつけろよー」

 たった今、四人でプレイしていたテレビゲームを指さしながら西河が提案した。


 なんてこと言いだすんだこいつは!

 ――そう思ったが、そのゲームは割と俺が得意なアクションゲームで、負ける気は全くしなかったし、下手に拒否してもかえって怪しまれるかもしれないので、取り敢えず西河の提案を受けることにした。――しかし、


「おおー! 優斗が最下位になったぞー‼︎」


 三人に負けてしまった。


 好きなひとを言わなくてはならないという 動揺や焦りによる操作ミスや判断ミスが重なってしまった。平常心なら少なくとも西河なんかには絶対負けないんだけどな...... 最悪だ......


「よーし。優斗、男の約束だぞ! 正直に言うんだ!」


 勝負を受けて 負けたとはいえ、西河がにわかに言い出したことだし、西河くらい単細胞なやつなら 適当に論破できそうなもんだ。


 だけど......


 卒業が近い。時間がない。このままじゃいけない。


 そんな気持ちばかりが急に押し寄せてきて、俺は、むしろ三人に打ち明ける気になっていた。


「......せんせぃ」

「え? なんだって?」

 西河が聞き返す。


「雨宮、先生だよ!」


「お前、言いたくないからって、その逃げ方は――」

「いや、冗談じゃないんだよ。ほんとに」


 とうとう誰かに話してしまった。西河だけでなく、大塚と高山も少し呆気にとられている様子だ。


 確かにあんまり俺みたいな人はいないのかもしれない。ふつう好きな人というと、クラスメートの○○さんとか、部活の○○先輩とかが一般的なのかもしれない。でも、俺はそうじゃない。

 雨宮先生は、歳は知らないけど20代後半くらいだと思う。すごく綺麗な人で、外見から入っただろ、と言われたら否定はできないと思う。でも、俺は先生の外見以外のところにも惹かれている。


 先生を意識するようになったのは去年の10月くらいから。

 受験も本格化してきて、精神的にも辛くなってきていた頃、英語があまり得意じゃなかった俺は、英語の先生でもある雨宮先生に 分からない所を放課後 質問しに行った。おかげで ちんぷんかんぷんだった分野の英文法も分かるようになった。

 そのあと、先生と受験の悩みとか、受験終わったらしたいこととかを一緒に話した。先生はとても優しくて聞き上手な人で、話していてとても心地よかった。

 それからは、英語をはじめ 受験のモチベーションが ぐっと上がり、苦手だった英語も得意になっていった。

 そういった感謝の念もあり、先生に好意を抱くようになっていた。

 先生の英語の授業中、もちろん授業に集中しながらも、先生のことを目で追ってしまっていた。英語のことで分からないところが出てきた時は、放課後何回かまた先生の所へ行った。先生はいつも優しく丁寧に接してくれた。


 そうしているうちに12月がきて、冬休みに入り、冬休みが明けて、あっという間に受験の当日を迎えた。

 今日 西河、大塚、高山に打ち明けるまでは 募るばかりの気持ちを心の中で抱え込んでいるだけだった。


 卒業したら、もう雨宮先生とは会えなくなってしまう。

 その前になんとか気持ちを伝えたい。卒業が目前になった今、もう動かないわけにはいかない......!


「まあでも確かに雨宮先生、結構美人だよね」

 高山が言う。

「告白とかすんの?」

 大塚が尋ねる。

「いや、したいんだけどさ......」

「でも、雨宮先生 結婚してたり、彼氏とかいる可能性高いんじゃない? 確かに美人だし、雰囲気とかも和やかでモテそうじゃん」


 大塚にそう言われ、ハッとした。その可能性を考えたことはなかった。

 それに、思い返してみると先生は指輪をしていたような気もする......


 そのあと高山の家でもう1時間くらい遊んだのだが、頭は雨宮先生のことでいっぱいだった。自宅に帰ってからもずっともやもやしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る