第9話 天羽々斬

 ラルアを連れて一度部隊に顔を出す。

 指令をもう聞いたのかバタバタと忙しそうにしている。


「輪龍隊長! 今回俺が指揮をとることになりました!」

「ああ、藤原中尉か。”龍王”が出るかもしれないが、頼む。俺から言うことは生きて帰ってこいだけだ」

「はいっ! 頑張ります!」


 藤原中尉が敬礼をして離れていく。

 バタバタと準備している隊員たちの横を通り過ぎる。みんな挨拶をしてくれることに嬉しく感じる悠馬。挨拶されるたびに肩をはねさせるラルアに苦笑する。

 そんな中愛理が前から歩いてくる。


「あ、輪龍隊長。今回私の部下を指揮官に据えます。よろしいですか?」

「ああ、問題ない。藤原中尉だろ? 指揮にも慣れているし、現場の判断にも優れてる。任せてもいいだろう」

「了解しました」

「そうだ、立花大尉。部隊ものたちを集まれるだけ集めてくれ」

「はい? なぜでしょう?」

「意思確認をしておきたいんだ。頼む」


 渋々と言ったように愛理が頷き無線機に何やら話している。

 貴重な無線機の所持が承諾されていたことに悠馬は驚き、今回の作戦の重要性がわかる。


「すぐに集まります。作戦会議室で集合にしました」

「ありがとう」


 悠馬と一緒に愛理も移動を始める。


「立花大尉も大丈夫なのか?」

「今回は私は作戦から外れています。準備の手伝いをしているだけなので問題ありません」


 愛理がそう告げると同時に作戦会議室へ到着する。

 中に入るとすでに数人集まっていた。

 若い隊員たちはあまり集まれていないようだ。

 古参の人間か上に立つものたち。

 流石に藤原中尉は来れなかったらしい。

 悠馬は全員の前に立ちぐるりと見回すと口を開く。


「忙しい中集まってくれてありがとう。今回の任務はかなりの危険を孕む。そんな中この隊の主戦力である俺や愛理が参加できず申し訳ない。俺たちはセイレーンの防衛に回ることになる。

 ……正直に言って欲しい。この任務を受けたくない奴はいるか? もしくは部下にそういうものはいるか?」


 何を言われるかと待ち望んでいた隊員たちは肩透かしを食らったように失笑する。

 前に出たそっくりな二人。双子の隊員だ。悠馬と同い年の優秀な隊員で、ESEの研究をするために実践の経験をしに隊に来ている。

 姦しい双子の姉妹は嘲笑するような表情で悠馬を見つめる。


「ふんっ! 何をいうと思ったら! ねえ、瑠々?」

「はんっ! 本当だよ、くだらない事を気にして! ねえ、璃々!」

「悠馬隊長は気にしすぎ! この隊にそんな事を考える人なんていない!」

「そうだよ! だって、——日本のエルピスの隊だよ?」


 二人は栗色の髪を揺らして誇らしげに言う。鮮やかな青い瞳の瑠々と、深い青色の璃々の強い意志を持った瞳に元気付けられた悠馬。

 双子の姉妹が隊の総意だとばかりに他の隊員たちも口々に「そうだそうだ!」と声を出す。

 ラルアまで非難するような視線を向ける。


「ゆ、ゆう、が……弱気になっちゃ、ダメ」


 つぶやくような声に冷や水を浴びせられた気分だった。

 双子が「おっ!」っと声を出しながらラルアを興味深そうに観察し始めた。


「いいこと言うじゃん! 隊長がしょぼくれてたら士気が下がっちゃう!」

「瑠々の言うとおり、隊長は抱え込みすぎだからもっとみんなを頼って!」


 全員が頷く。それも総意なのかとちょっとショックを受ける悠馬。

 言われていることは正しく、上に立つものがしょぼくれているところを見せるのはまずいと思い至る。

 悠馬はつくづくいい隊員に恵まれたと思う。


「……すまない、俺が弱気になっちゃダメだよな。ありがとうみんな。かならず生きて帰ってくれ。時間取らせた」


 そう言って解散しようとした悠馬の裾を愛理が控えめに引く。


「輪龍隊長、先ほど本郷大佐がいらっしゃって『天羽々斬』持ってきてくださいました」

「早いな。わかった取りに行く」

「わかりました、それではこちらに」


 これで解散ムードになり隊員たちは作業に戻る。

 隊長室へと向かう。

 悠馬が作業をこなしたりする部屋なのだが、当の本人が部屋にこもるような性分ではなくあまり使われない部屋だ。

 歩いてるとラルアが純白のジャケットの裾を引く。振り向くとラルアは思い切った表情をしていた。


「ゆう、は、不安?」


 漠然とした質問に一瞬困ったが、おそらくラルアも何がなどは固まっていないで質問したんだろう。

 悠馬を見つめるラルアの目は揺れている。


「俺は……不安なんだろうな。エルピスになったのは少しだけ前だ。それに、俺は”龍王”との戦闘を一度しか経験していない。その一度も志雄さんの助力があったからできたことだ。エルピスっていうのは希望なんだ。俺が、こんな俺がそんな大役……」


 初めて吐露する感情。悠馬は常に自分はエルピスとして行動をとるように心がけてきた。その言葉は肩に重くのしかかってくる。責任や命。日本のあらゆるものがその肩に乗りかかる。

 ずっと感じてきたことだった。誰かに言うわけにはいかないとずっと心に秘めてきたが、言わずにはいられなかった。


「ゆうは、大丈夫、だと、思う……。みんな、ゆうを慕ってる」

「うん、ラルアちゃんの言う通りだよ。悠馬は、みんなに慕われてる。この部隊の隊長になったのはエルピスになる前なんだから、そんな心配いらないよ?」


 誇るような表情のラルアと、愛理の柔らかい笑顔に救われる。

 まだ不安は拭えない。まだ責任に負けている。でも、前を向ける。それだけは分かればいいと、悠馬は隊長室に入る。


「悠馬の机の上にあるのが『天羽々斬』だよ」


 そう言われて机を見ると物々しい白布に被われた細長い剣が置いてあった。

 140cmの長剣。直刀で剣身は細身。

 白布で覆われているとどこにでもある剣に見える。

 悠馬は無言のまま『天羽々斬』の白布を外す。

 白い柄。悠馬の背中に浮かび上がった円環の幾何学模様が刻まれた鍔。漆黒の鞘に収められた神話上にも存在する剣。

 それは何よりも硬く、鋭い。

 悠馬は確認のために鞘から僅かに刃を覗かせる。光を反射させ僅かに剣が喜んだような気がする。ラルアはその刃に一瞬だけ目を奪われる。

 汚れを知らない白銀。冷たく、鋭い刃に魅了される。

 誰がどう見ても業物だとわかる一品。

 日本の”希望”と呼ばれる者が持つに相応しい武器だ。


「相変わらず、こいつは俺には荷が重いな……」


 『天羽々斬』を腰に差しながら苦笑する。


「そんなことないよ。悠馬のためのESEだもん」


 そう、これは悠馬専用のESEだ。他のものはある程度汎用性があるが、『天羽々斬』は別だ。

 ESEの最先端を行く本郷夏美ですら舌を巻き、調整が精一杯だと匙を投げたほどの代物なのだ。

 これは過去の遺産で、”龍王”が出現する遥か前からあるらしい。

 『天羽々斬』の解析を夏美が行なった時、一週間ほぼ寝ずに作業したが解析不可と結論づけたらしい。

 古代のロストテクノロジーがふんだんに使用されているとのこと。


「といってもな……」

「ゆう、大丈夫……。かっこ、いい」


 目を丸くする悠馬と愛理。だんだんと口数が多くなってきたラルアがサムズアップしたのだ。

 自信をつけようとしてくれいるのがわかる。思わずふっと笑いが漏れる。


「ありがとうラルア。はは、自信出てきたよ」

「そう。なら、いい」


 短く返すが照れているのだろう、顔が赤い。

 そんな表情が面白くなってしまう。愛理と悠馬は顔を見合わせて笑いあうのだった。


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「テメェら! 覚悟はいいか!?」


 志雄の怒号が辺りに響く。夜の帳はもうとっくに落ちている。闇の中、最低限のライトを照らした港。悠馬たちが帰ってきたのとは逆側にある。

 海上都市セイレーンは一辺10kmほどある巨大な正方形だ。

 部隊がいたところとはだいぶ距離があるが水路を使えばすぐだ。

 港で志雄が叫んでいるのはストレス解消などではない。

 現在港には悠馬の部隊が集まっていた。30人。今回偵察に向かう人数だ。残留する組もいる上に悠馬や愛理が参加しないため、元々数の多くない部隊の数がさらに減っている。


「テメェらの任務は偵察。情報を集めてこい! リヴァイアサンに出会ったら総出で逃げろ。撹乱なんてものは意味がねぇ。あいつの鱗は悠馬の『天羽々斬』での制限解除で切れるかどうかだ。砲弾も意味がねぇ。戦艦だって一撃でやられる。だから——逃げろ

 今回少数精鋭だ、機動力を主とした作戦行動を行え。そして、全員生還してこい! いいなぁ!?」


 歓声が上がり、士気が高いことを確かめた志雄は満足げに頷く。


「今回はテメェらが悠馬におんぶに抱っこじゃねぇところを見せつけられるいい機会だ! テメェらの隊長を見返してやれ!」


 先ほどより大きな歓声が上がる。

 悠馬の海上都市開拓軍第五部隊は”エルピスのおまけ”と揶揄されている。内情はそういうわけではないのだが、嫉妬等で言われている。悠馬本人がそれを聞いた時は俺が第五部隊のおまけじゃないかと首を傾げていた。

 誰にも文句を言わせない部隊にするのが第五部隊の影の目標になりつつあった。


「それじゃあ、藤原ぁ! 行って来い!」

「はい! 必ずや全員生還をし、情報を持って帰って見せます!」


 敬礼した藤原が港に留まっている小さな軍艦に乗っていく、と隊員達も続々と乗船していく。

 今回はたった一隻の作戦だが皆のやる気は高い。

 悠馬は自分がいなくとも大丈夫そうな部隊を見て誇らしげに胸を張る。


「すごい、ね……。かっこいい」

「ああ、すごいだろ。俺の自慢の部隊だ。あいつらがいるから俺はここにいられるんだ」


 羨望の眼差しを向けるラルアに、自分が褒められた時より嬉しそうに答える悠馬。

 悠馬の誇りであり、生きる意味であり、大切な仲間達を褒められて、何よりも嬉しかった。


「わた、しも……、ああ言う風に、自信、を持って……人の、ためになりたい」


 軍艦が出港した後もずっと羨望の眼差しを向けるラルアが、呆然と呟く。

 そこには微かな希望があったことを感じた悠馬。


「ラルアならできる。だって、海龍種の成龍を一人で倒したんだ。エルピスにだってなれるさ」

「……頑張る」


 ギュッと悠馬のジャケットを強く握ったラルア。前向きになって来たかなと嬉しくなる。

 あってまだ一日程度だがいい方向に進んでいっているようで何よりと少しホッとする。


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 絶望が近ずいてくる。

 全てを破壊する【天災】が。

 矮小な存在を蹂躙するために。

 自分という存在をほんの少しだけ分け与えた”同族”を殺すために。

 全ての人類に恐怖を刻むために。

 あらゆる生物を自分の配下に収めるために。

 絶望が始まる……。

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