第8話 羅刹

 志雄の部屋に向かう3人。近くまで来たが終始ラルアが景色に見とれていた。

 まだ愛理が怖いのか愛理に声を掛けられると悠馬のジャケットを掴む時があった。

 志雄の部屋まで来ると物々しい扉のせいでラルアが縮こまる。


「大丈夫だ、中にいるのは志雄さんと本郷さんくらいだから」

「……」


 コクリと頷くラルアの頭を優しく撫でる。

 扉をノックする。


『入れ』

「失礼します」


 悠馬が中に入る。それに続いてラルアと愛理も入っていく。


「来たな。良し、始めるぞ」

「あら、ラルアちゃんきたのね。服可愛いわ」

「光羲総督、こちらの子が例の?」


 志雄の部屋は正面奥の机に座る志雄。扉側にあるテーブルに備え付けられたソファに夏美とスーツを着た長身の男。

 その男がラルアを見て志雄に聞いた。志雄は面倒くさそうに頷く。スーツの男が立ち上がりラルアの前に立つ。


「初めまして。俺は外交官、と言っても日本の都市と都市を結ぶものだが、光羲総督に仰せつかった役職だとそうなっている。萩原達也、27歳だ」


 姿勢は慇懃無礼に、口調は柔らかくを心がけたように見える。昔から悠馬はこの男が苦手だ。

 誰に対しても慇懃な態度だが、心の中では何を考えているかわからない男だからだ。

 ラルアも苦手なのか悠馬の後ろに隠れてしまう。


「萩原、あんた小さい子いじめてないで早く座りなさい。最低」


 射殺すような視線で睨む夏美に達也は肩をすくめるだけでソファに戻る。


「総督、なぜ彼がここに?」


 愛理がスイッチを切り替えて志雄に質問を投げる。


「俺様も止めたんだけどよ、来たんだ。どっから情報持ってきたのはしらねぇけどよ……」

「ふふ、俺の情報網は秘密ですから」


 呆れ果てる志雄に茶化すような達也。

 これでも2人の関係は長い。10年以上前からの付き合いだったりする。


「彼がここにいる意味はないのではないでしょうか? 輪龍隊長もあまり聞かれたくない話も含まれます。そこを考えてここにいることを許可したのですか?」


 今度は愛理の射殺すような視線が志雄に刺さる。

 志雄は手を組み替えて視線を鋭くする。


「俺様は止めた。それでもここに来るということはこいつが何か話してぇことがあるからだろうよ。だからいることを許可した。有用な情報ではなかった場合追い出す」

「それは総督が聞いて、私たち下の人間に話すという形ではダメだったのですか?」

「それはダメなのですよ、立花大尉。私はここで、この場で、このタイミングで話させていただくというのが適切だと判断したためこちらにいます。今から話すことをよく聞いてください」


 話の途中で割り込んだ達也がそういうと志雄がわずかに頷く。

 流石に愛理も意見を出せなかった。


「彼女、天塚ラルアさんは京都で研究されていたモデル『海神』と呼ばれる人工生命です。俺も一度だけですがこの目で見たことがあります。かなり昔ですけどね。

 その特徴は《嫉妬》の”龍王”リヴァイアサンを倒すための素体を生み出すため、リヴァイアサンの細胞を使っています。そのため髪や目が青くなるらしいです。ただ、それは失敗続きでした。成功の素体は少ない。感情を殺すことが失敗の原因ということを突き止めた京都政府は最後の最後に欠陥品を残しました」


 達也が言ったことに愛理は訝しげに目を細め、ラルアは悠馬の後ろでジャケットを掴む。夏美は感情を悟られないように無表情で目を瞑る。悠馬は怒りや悔しさで表情を歪める。志雄はただ話の続きを聞く。


「俺が知る中で最後に確認したのは8年前。その時最後のモデルの識別名称は——コード『羅刹』です。鬼神のごとき戦闘能力を有し、感情を殺し切れず、暴走する可能性を秘める、そんな最後の素体。それが彼女ではないかと予想します」


 達也は切れ長の目で一瞬ラルアを睨む。

 ラルアは悠馬の後ろから出てこようとしないが震えている。


「そ、その識別、名称の読み方は……ラルウァ。旧ラテン語の、鬼」


 掠れた小さな声が志雄の部屋に響く。

 それは悠馬の後ろに隠れたラルアだった。


「わ、わたしが……その、『鬼』。リ、ヴァイアサンの、細胞がもっとも適合、した。でも、そのせいで……狙われる、じ、人体……実験を、リヴァイアサンは絶対に許さない」

「————…………」


 息が詰まる。予想が的中した達也ですら驚いている。ラルアの最後の言葉がその原因だろう。いつも言葉を詰まらせて話すラルアとは思えないほど鮮明に、怒りの感情が膨れ上がったからだ。


「わた、しは。リヴァイアサンの、お気に入り……だか、ら、狙われてる」

「なるほど……。やはりあなたはコード『羅刹』で間違いない、と?」

「……そう。だか、ら。わた、しは……生きて、ちゃ、だめ」


 一瞬の悲壮と諦めが声に乗る。

 そして、瞳に絶望を浮かべるラルアが顔をあげる。


「だ、だから……わたしは、い、けにえに、された」


 この場にいる全員。愛理、夏美、志雄、達也、悠馬が一斉に怒りが湧き出る。

 志雄と悠馬に至っては殺気まで放ち始める始末。

 ラルアはそのことには微塵も反応を示さず話を続ける。


「リヴァ、イアサンに、襲われた、日に……わ、たしは縛、られた。それで、み、んな命乞いしてた」

「……ほぅ、京都がそんな腐ってたとは聞いてなかったなぁ」


 怒気を抑えた志雄が獰猛に唸る。そんな志雄を見て悠馬の額に冷や汗が流れる。


「悠馬の部隊に即通達しろ。今すぐに京都を調べ尽くせ。達也は情報の整理、夏美はESEの準備をしろ。愛理と悠馬、そしてラルアは万一に備え待機しろ」

「光羲総督お待ちいただきたい。その前にしなければならない話が——」

「うるせぇ、俺は日本のまとめ役だ。黙ってろってか!? ああっ!?」


 我慢できず志雄が吠える。

 緊張が部屋を占領する。


「志雄さん、落ち着けって。今は冷静になるべきだ」

「悠馬! テメェ、日和ったか!」

「いいや、今は”龍王”との戦闘に備えるべきだ、その話し合いだったろ!」


 悠馬が怒鳴り返すと志雄が黙る。

 冷静になった志雄が思案しながら口を開く。


「——……今はどんだけ準備してもあの【天災】から被害は免れねぇ。だったら、できる限りの情報を今のうちに集めるべきだ。狙われてるっつーラルアがここにいんだ。ここに俺様と悠馬がいりゃ大丈夫だろ。だからこそ京都の情報を集めるべきだ」


 冷静になった志雄の意見にみんな頷く。


「了解。じゃあ、俺の部隊に通達を立花大尉、頼む」

「はっ! 輪龍隊長はいかがなさいますか?」

「俺はESEの調整と申請を行う。立花大尉は可能ならこちらに残って欲しい。指揮をとる人間がいない場合は立花大尉を指揮官としてくれ」

「了解致しました。失礼いたします」


 敬礼をして出ていく愛理。残った面々は顔を合わせる。


「夏美、テメェは悠馬のESE、『天羽々斬』の準備しろ」

「わかったわ。リヴァイアサンの情報の整理はどうすればいいかしら?」

「天羽々斬が最優先だ。それ以外は他でやる」

「了解、じゃあいくわね」


 夏美が悠馬にウインクして出ていく。

 ラルアは不安そうに悠馬のジャケットを掴んでいる。そっと肩に手を置く。


「達也、さっき言ったことをすぐにやれ。悠馬とラルアはいつでも戦える準備をしたら待機だ」

「志雄さんはどうするんだ?」

「俺様もESEをつけて待機する。あとは全体の指揮をする」

「わかった。それじゃあ、また」

「ああ」


 ラルアを連れて出ていく。

 ——長い1日が始まる。

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