第104話 奇跡へと、想いが届くとき。


「……穀潰しにはなりたくないんじゃ。このまま行かせてくれ。リク、わかるじゃろ」


 穀潰し。全てを悟るには十分過ぎる言葉だった。


 それと同時に、たったそれ・・・・・だけのこと・・・・・で今まで姿を現さなかったのかと思うと、怒りが込み上げてくる。


「バカヤロウ‼︎」


 それは、初めて妖精さんに怒った瞬間だった。


「……んまあ、そうじゃよな。でもな、怒ったところで、もうどうにもならんのじゃ。ほら離せ。もうなんの力もない、ただの空飛ぶ小人じゃ。構うだけ時間の無駄じゃぞ」


 俺の指を諭すようにトントンと二回叩いてきた。その顔はとても優しく、〝悪いのは全部妖精さんなんじゃ〟と言いたげな雰囲気すらも出していた。


 誰よりも一番側に居てくれた。

 時の海を渡り、何十年とともに過ごしてきた。


 それなのに……なにが、ただの空飛ぶ小人だ。穀潰しだ。妖精さんは妖精さんだろ‼︎


「ふざけんな。ふざけんなよ⁈ 俺がどれだけ寂しい思いをしたかわかってんのかよ。過去に戻るとか、タイムリープとかそんなことどうでもいいだろ‼︎ 妖精さんが居てくれれば……それだけでいいに決まってるだろうが!!」


 言ってて恥ずかしくなる。でも、言葉にしないと伝わらないんだ。


「な、な……なにを言っとるんじゃリク……正気になれ。よく考えろ」


「うるさい‼︎ 妖精さんは、俺にとってたった一人の家族なんだよ‼︎」


 俺は妖精さんを掴む手を離した。

 行きたいなら何処へでも好きに行ってしまえと、少しだけ高い位地で離した。


 妖精さんは何も言わず、優しく微笑んだ。

 そして、俺の肩に乗ると「お家へ帰るか」と、足をバタバタしながら言った。


 ◇◇◇


 あれから一週間。


 俺は妖精さんと自宅で支度をしていた。


 フォーマルスーツにサスペンダー。首元には赤の蝶ネクタイ。そして、手には一本のメロンソーダ。


「よしっ。着替えは済んだな。行くぞリク‼︎」

「OK妖精さん。行こう‼︎」


 俺はこれから最側に会いに行く。


 告白をして振られるために。

 過去を清算するために。

 前に……進むために。

 

 見も知らずの男に突然告白をされたところで、付き合うわけでもあるまいし、未来は変わらないから安心しろと妖精さんは言った。


 関わることできっと不幸にしてしまうと思っていた。


 でも、たった一回。

 最後の告白だけなら、してもいいんだ。


 ──止まったままの心を、今日、動かす。


 新しい一歩を踏み出すために。

 

 ◇◇◇


 最側が住む、団地の部屋の前に到着した。


 襟を直して深呼吸。スマホのインカメラで髪型を確認。


「よしっ」


 …………覚悟は決めてきたはずなのに、インターホンに触れる人差し指が震え動かない。


「リク。大丈夫じゃ」


 そう言うと妖精さんの小さな両手が俺の人差し指を包み込んだ。


 そうだ。俺はもう一人じゃない。

 

 〝ピン、ポーン〟


 ありったけの想い出が、人差し指に乗ったような気がした。止まっていた時間が動き出すのを感じる。


 ──俺はこれから告白をする。そして、振られる。



「はいはーい」とドア越しから聞こえる懐かしい声。そして……、


 ──ガチャン。


 久々に目に映る最側に感極まる。


 最側は目を細め、俺の全身を上から下までジロジロと見渡した。


 そして右手に持つメロンソーダに視線が向けられ、首を傾げた。


 この世界では初対面。不審者やストーカーの類だと思われても仕方がない。


 それでも、進むべき道がある。


「……うっわ。先輩ですよね? 久々に顔見せたと思ったら、おデブちゃんじゃないですか。一瞬誰だかわかりませんでした。えっと、ごめんなさい、あの日はトキメキかけてOKするつもりでしたけど、やっぱり無理です。ごめんなさい」


 深々と頭を下げてきた。

 それは俺の知っている最側で、意地悪をするときのちょっとふざけた感じのやつだった。



 ──奇跡が起こった、瞬間だった。

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