第8話


『ダメじゃーー!』

 ノン壁ドンチャンスは深刻化を極めた。


『もうええ。廊下を歩く二見ちゃんの手を引っ張り強引に壁ドンするのじゃ! 人が居ても関係ない!!』

『俺は別にいいけど、勝算はあるの?』

『ほんの少し。やはり白石ちゃんが邪魔じゃのう』

 白石。やはりお前が阻むと言うのか。クソ野郎が。




 …………。妖精さんはハッとする。


 『ええーい! 何を慎重になっとるんじゃ! やり直しゃええんじゃ! やり直しゃ!!』

 ごもっとも。予想の斜め上をいく女の子。二見。

 〝机ドン〟失敗の影響か、俺たちは慎重になっていた。


 この攻略はイチコロ。その余裕が崩れ去ったのが大きな原因だろう。


 慎重になるなど、本来のあるべき姿ではない。

 幾度となく時を繰り返し、最適解を導き出す。基本スタイルから大きくズレてしまっていた。


 その事に、俺も妖精さんも今の今まで気付いていなかったのだ。


 予想の斜め上……二見さん恐るべし。



『だな! らしくないぜ! やり直せばいい。答えは至って簡単。シンプルさ! 下手な鉄砲も数打ちゃ当たる!』


 俺たちは拳を合わせた。


 〝空手ポーズ〟



 『『さぁ、攻略を始めようか!』』




 ──俺たちは繰り返した。そしてテイク83。ついに壁ドンが決まる。廊下で歩きながら白石と話す二見の腕を強引に引っ張り無理やり〝壁ドンッ〟した。

 タイミングが難しく何度も失敗した。しかし、今回は成功だ!!


 すかさず〝股ドン〟


 逃さない!



「おまえの事が好きだ」

 きゅんっと、ときめいたような顔。よし、もう一押し。

 耳元に近付き囁く。〝耳つぶ〟発動!

「なぁ、俺と付き合っ──」


「ちょっと! なにしてるの?! 離れなさいよ!!」

 白石……こいつ……空気読めよ。クソがッ。


 あ、二見が逃げていく……。またやり直しか。はぁ。


『いや、リク。これは成功じゃ!! とりあえず、白石ちゃん二見ちゃんに謝るのじゃ!』

『了解』


 成功……なのか?

 謝る……のか。はぁ。



「ごめん」

「はい? ごめんって自分が何したかわかってるの?」

 言い分はわかる。今回はおまえが正しい。しかしな、白石てめーこの野郎……クソッ。俺は唇を噛み締め耐えた。


「ごめん。気持ちを抑えられなくて」

「あのね、君? 時と場所──、ん?」

 言いかけた白石が後ろを振り返る。二見が服を引っ張ったようだ。


「ん、ちほどしたの?」

「大丈夫だから行こ」

「大丈夫って?」

「い、いいのぉ!!」

 その姿はどこか恥じらいに包まれていた。よくわからないが、俺は壁ドンの成功を確信した。



 白石はさげすんだ目で俺を見つめ、二見とその場を去って行った。


 俺の中の白石に対する憎悪が増したのは言うまでもない。


 ──世界が変わっても、お前にされた屈辱は昨日のことのように思い出す。いつか、必ず……ボロボロにして捨ててやる。

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