神殺しのロンギヌス ―レジェンド・オブ・ラグナロク―

七四六明

青髪の双子

青の世界

 海の潮騒が聞こえる。吹き付ける潮風は冷たく、真夏なのに少し肌寒くすら感じる。

 鼻から息を吸うと潮の香りがして、ここは海なんだと主張して来る。

 夏になると何故、人は海に来たがるのかと問われて、生命の源たる海に帰りたいという本能が働くからだと、答えた人がいるらしいと聞いた。

 潮騒を聞き、潮風に吹かれ、今にも海に呑み込まれそうとほんの少しの恐怖に似た感情を感じる青年は、自分が生きていることを実感しながら立ち尽くしていた。

 細い指と整った顔立ちは、母親譲り。目の前の空と海より美しい青色の髪は、父親譲り。

 青年は美しい母親と、美しい父親との間に生まれた奇跡の結晶。ただ、青年自身が己の価値を理解し切れておらず、自らの美しさに気付かぬまま立ち尽くす。

 波が白く泡立って大きく膨らみ、遠くの岩礁でぶつかる音に驚いて一歩引く。その引いた一歩の手前まで、満ち始めた波が届きつつあった。

 今の今まで立っていられたのに急に怖くなって、青年は海に背を向けた。遠くの木陰で休んでいる青年に、声を掛ける。

せつなにぃ。切にぃ、起きて」

 青年――切は静かに目を開ける。

 寝ぼけて家のベッドだと思っているのか、寝ぼけ眼をこすりながら微笑を湛えて「おはよう……今日は早いね」なんて言うものだから、起こした方は溜息をついた。

「もう、こんなところで寝ないで切にぃ。風邪引くよ」

 体を慮ってはいるのだが、海から逃げたい気持ちの方が強かった。だから少し強めに急かす。

 上半身を起こすのを手伝ってやると、青年と同じ青い髪の下で寝ぼけ眼をこする切は、大きくあくびした。

「眠い……」

「もう、パパじゃないんだから」

れいも、一緒に寝たら?」

 母曰く、父は学生時代ファンクラブが存在したほどの人気で、女性から物凄くモテたという。

 同時、寝ぼけまなこをこする青年の姿は当時の父と瓜二つとのことで、本当にそうならば納得できるほど、切と呼ばれた青年は美男子であった。

 若干崩れたシャツの隙間から見える肌は、狙っているのではないかと思うくらいに色っぽい。

 だが零にとって、今は迫り来る海の恐怖から逃れることの方が先だった。

「ほら、行こう切にぃ。あまり潮風に当たるのも、体に悪いしさ」

「……そうだね。じゃあ、行こうか」

 二人、手を取って歩く。

 物心ついた頃から――両親曰く、生まれた時から度々手を繋いでいたらしいから、もはや抵抗も何もなく自然と手を繋いで歩く。

 周囲の同級生からはあり得ないと言われるけれど、不思議に思ったことはない。生まれた瞬間から一緒にいる双子なのだから、むしろ二人でいないことの方が落ち着かない。

 二人でいることが当然で、二人でいることが幸せで、だから一人でいるととても寂しくて、辛い。一人でいることに耐えられない。

 そう強く思うのは双子で生まれたことも要因の一つであろうが、零はもう一つ、要因としていつも父の隣にいる彼女の存在があると思っていた。

「あぁ、いたいた。二人共、どこへ行っていたの?」

 声は問う。

 いつも父の傍らにいて、時折母よりも母らしく――女性らしく振舞うその人が人間でないと聞いたとき、どれだけ驚いたことか。

 漆黒のヒールブーツを履く細い脚が、さらに細い槍の脚だったと聞いたとき、どれだけ衝撃的だったことか。

 彼女を父の愛人ではないかと疑っていた半面で、同時に憧れさえ抱いていた零の心が、どれだけ複雑になったことか。彼女は知らないのだろう。

「ごめんなさい。ちょっと散歩するつもりが、つい眠気に負けてしまって」

「あなたは父親そっくりね、切。あなたを見てると、学生時代のあの人を思い出すもの」

「そんなに父さんと似てますか?」

「えぇ、間違えてキスしちゃいそうなくらいにね」

「それでも、お父さんの方がいいの?」

 えぇ、と笑う彼女はとても幸せそうだった。

 本当に父のことが好きなんだなと、再確認させられるくらいに眩しい笑顔だった。

 でもいつか――

「さ、二人共戻りましょう。みんな心配してるわよ」

「うん、そだね。ロンゴミアント」

 彼女は聖槍、ロンゴミアント。

 神殺しの槍にしてミーリ・ウートガルド常勝の槍。

 二人の父は世界を救った英雄、ミーリ・ウートガルド。

 そして長女、荒野あらや零の目標は、いつか彼女を手に、復活するとされている女神を

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