第26話 サンバン谷の魔物
あたし達は国を出てサンバン谷を目指して歩いていく。デッカイ山脈は遠くに見えているので迷うことはない。
まるであたし達の行く手を通せんぼするかのように横に大きく広がっているデッカイ山脈。サンバン谷はこのデッカイ山脈にある三番目に大きな谷だそうだ。
それにしてもさ。前々から思っていたけど、この世界にある名前って安直すぎるんじゃないだろうか。
凄く今更なことかもしれないけどさ。
あたしは以前から思っていたことを考えてしまう。この世界を創った神様がいるならあたしは顔を見てみたいよ……って、あたしはもう神様には会っているんだった。
そして、その神様の代理としてこの世界に降臨したのがこのあたし、精霊の魔法使いの少女ルミナなのでした。
さあ、のんびりと考えている時間は無いよ。モンスターが現れた。
「グオオオッ」
「ガアアアッ」
「ブーーーン」
この辺りではゾンビドッグ、ポイズントード、キラービーなんかが出現するようだね。
もう犬がゾンビで可愛くないよ。家のコウは可愛いのに。
そして、また状態異常を持っていそうなのがいるよ。名前や姿で予想できるのは親切なのか。
頑張れ、コウ。あたしは応援するよ。
コウはもう戦い方を心得たのか。麻痺を持っていそうなキラービーをまずはやっつけた。
その間に毒を食らってしまったけどポイズントードを倒してから毒消し草で回復、ゾンビドッグの攻撃を鉄の防具で防いでこれを斬り捨てた。
凄い。敵の強さは海底トンネルより上がっているのにコウは見事に勝利したよ。
「な? 問題ないって言っただろ?」
「うん、強くなったね」
「これからもルミナは俺を頼りにしてていいからな」
「戦いは任せたよ、コウ」
装備を揃えて順調な勝利をして彼は自信を付けたようだ。さすが勇者だね。高嶺ちゃんがいなくてもやっていけそうだ。
あたしも自信に弾みを付けて先に進むことにした。サンバン谷を目指して歩いていく。
険しい山々の連なるデッカイ山脈が近づいてくる。サンバン谷の場所はすでに聞いてある。
城の人達から聞いた情報を頼りにそこを目指して歩き、数々のモンスター達との戦闘を経て、あたし達はそこに辿り着いた。
山のふもとから谷に繋がる道が開いている。
「ここを奥に行ったところに姫をさらったモンスターがいるのか」
「うん、きっとボスだから気を付けて進もう」
あたし達は左右の山に挟まれた谷底の道を歩いていく。左右は急斜面というよりは切り立った崖で見上げるほどに高く、これは登れそうにないね。
あたしの権限を使えば空まで飛びあがれるだろうけど、そんなズルをしてもコウの邪魔になるだけだ。
あたし達は足並みを揃えて旅を続けていく。
谷はそう複雑なダンジョンではなく、ほとんど一本道だった。通路のように伸びている谷底の道を通っていったらすぐにゴールに辿り着いた。
ここまでは谷底の通路だったんだけど、前方に大きな広間が開けているのが見えた。
あそこに行けばボスとの戦闘が始まるね。あたしはゲームの知識からそう予測する。そして、短めのダンジョンには手強いボスがいるものだ。
「コウ、大広間に出ると引き返せなくなるから手前で止まって様子を伺うよ」
「ああ、分かった、ルミナ」
あたしはコウを呼び止めて、通路の陰から一緒に広間の様子を覗いてみた。
広間の中心で大きな棍棒を持った太った巨人のようなモンスターが座って眠っている。あれはトロルだね。ゲームでは結構強いモンスターだけど今のコウに勝てるんだろうか。
もっと様子を伺った。広間の奥には牢屋がある。姫はあそこに捕まっているのだろう。
さて、どう行動するか。トロルは眠っているけど、きっと近づいたら起きて戦闘になるだろう。ゲームってそういうもんだ。
コウにどうする? と確認の眼差しを送ると、彼は強い頷きで返してきた。そうだね、ここは進まないとね。勇者なんだから。
あたしはそんな勇敢な彼に助言を送る。
「トロルはきっと近づいたら起きると思う。痛恨の一撃に気を付けて」
「ああ、分かった。いつも教えてくれてありがとうな、ルミナ」
「うん、さあ行くよ」
段取りを終えて、あたし達は覚悟を決めて広間へと踏み込んだ。
トロルは必ず起きると分かっていてもわざわざこちらから進んで起こしはしない。危険は避けるのにこしたことは無い。
このライオンは絶対に安全ですと言われても好んで近づく人はいないだろう。
あたし達は忍び足で音を立てないように歩いていく。
トロルの瞑っていた目や耳がピクリと動いた。ああ、これはやっぱり起きるね。あたし達は戦闘の構えを取ろうとするのだが……
その時、予期せぬことが起きた。
いきなり谷の広間に風が巻き起こってトロルがびっくりして上を見上げたんだ。あたし達もびっくりして見上げてしまった。
見えたのは大きな翼。大きな爪が降ってきた。それはトロルの頭をがしっとわし掴むと獣のように乱暴に振り回してポイッと投げた。
投げられたトロルは壁に叩きつけられて崩れた岩に埋まって気絶した。
あたし達の前に風が降りてくる。
地響きを立てて降り立ったのは巨大なドラゴンだ。大きな尻尾、大きな角、牙の並んだ口をしている。
その瞳は獰猛にあたし達を獲物だと認識して睨んできて、どう見ても味方では無かった。
トロルを倒してくれたのは嬉しいけどさ。さらなる強敵の登場なんてあたし達は望んでないよ。だってドラゴンって絶対に強いでしょ。
「コウ、どうするの?」
あたしとしてはここは逃げるのも手だと思うんだけど。
「もちろん、戦う!」
コウの返事は勇敢な物だった。そうだね、勇者が逃げるわけにはいかないよね。なら、あたしも付き合うよ。
その時のあたしには他に取れる選択肢もあったと思う。でも、コウを信じて見守ると決めていた。だから導く者としてはありえない選択の幅の狭さを自分に課してしまっていたんだと思う。
でも、今の自分に出来るのはこれが精一杯で。
あたしの決断にコウは強く頷いてドラゴンに向かって掛かっていった。さあ、勇者とドラゴンの対決が始まるよ。勝負の行方はどうなっちゃうの?
あたしはハラハラしながら見守った。
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