第17話 高嶺強襲

 あたしは通学路を走って下校していく。もう邪魔立てしたり遮ったりする物なんて何も無い。自由の時間だ。

 お母さんが仕事から帰ってくるまででもまだ時間の余裕があるので、家に帰ったらすぐゲームしよう。

 あたしはこれからの事を考えながら足取りを弾ませて道路を走っていく。そんなあたしの背後の空からヘリコプターの近づいてくる音がした。

 空からヘリコプターのプロペラ音がするなんて珍しいかもしれないが全く無いわけではない。すぐに通り過ぎるだろうとあたしは思っていたのだが……


「神崎さん、お待ちなさい! 逃げられると思っているのですか!」

「ええーーー!?」


 さすがに空から拡声器で自分の名前を名指しで呼ばれたのは初めてで、あたしはびっくりして空を見上げて振り返ってしまった。

 学校の方角からヘリが迫ってくる。鷹宮高嶺がそこのドアから身を乗り出して拡声器を使って呼びかけてきていた。風に髪をなびかせるお嬢様。危なくないの? と思う所だろうが、今危ないのはあたしの方だった。

 あたしが立ち止まって見上げていることに気が付いた高嶺はにんまりと罠に掛かったネズミを見るような満足のいく目をした。


「気づきましたわね、神崎さん。そこで待っていなさい。今迎えに参ります」


 冗談じゃない! ここで捕まったらゲームをする時間が無くなってしまうよ!

 あたしは急いで逃げ出した。


「お待ちなさい! なぜ逃げるのです!? 追いなさい! 追うんですよ!」

「はい、お嬢様」


 高嶺がヘリの操縦士に指示を飛ばしている。あたしは追いつかれないように空から見えにくい狭い路地に跳び込んだ。

 ここで直進すればきっと路地を抜けた先でヘリとご対面することになるだろう。アニメの知識からそれは分かりきっていたので、あたしはちょうど路地にあったゴミ箱を進行方向へ押しやり、逆に通路を戻っていった。

 その作戦は功を奏したようだ。向こうの通りでヘリの飛ぶ音がする。あたしは見つからないように壁に隠れながら自宅を目指した。

 そして、何とか到着した。無事に帰宅したあたしを犬のコウが迎えてくれた。


「ワンワン!」

「ただいま、コウ。今日はもう疲れたよ。さあ、ゲームを始めなくちゃね」


 いつもと同じ彼の姿を見ると日常に帰ってきた感じがするね。

 疲れてはいたがゲームは別腹だ。あたしはすぐに自分の部屋へ向かった。

 その時のあたしはまだ甘く見ていたのかもしれない。よく知らなかったんだ。高嶺ちゃんの信念と行動力というものを。




 自室に入って窓を開けてテレビの前に腰を落ち着けるあたし。さっそくコントローラーを持ってゲームを始めることにする。

 前回と同じようにゲームの姿のヘルプちゃんがテレビの画面に表れてゲームにするかファンタジアワールドに行くか訊ねてくる。あたしは迷わずにファンタジアワールドに行くを選ぼうとして……

 ヘリの音が近づいてきた!


「もう、高嶺ちゃんうるさいよ」


 いくらヘリでも屋内にいる人は見つけられないはずだ。あたしの勝利だ。それでも窓とカーテンを閉めておこうと思ってベランダに近づいたあたしの前に、


「え!?」


 何と縄梯子が降りてきて人が飛び降りてきた。あたしの目の前、ベランダへと華麗に降り立ったのは高嶺ちゃんだ。

 彼女はあたしがびっくりして後ずさっている間に、その綺麗な指で窓枠を掴んで窓を全開にして部屋に入ってきた。

 いつか友達をこの部屋に招くこともあるかなあと夢見たこともあったけどさ。それがこんな形になるなんて夢にも思わなかったよ。


「もう逃がしませんわよ。あなたの住所は調査済みです」

「そんなご無体な」


 彼女はあたしの所在を確認すると一度ベランダに戻って空に向かって合図した。ヘリが飛び去っていって静かになった。

 あたしはもう袋のネズミ。ヘリの騒音があっては話がしにくいと判断したのだ。

 ヘリを帰した高嶺ちゃんは再びこちらに向き直って近づいてきた。


「もう逃げ場はありませんからね。あら」


 彼女の目があたしの付けたテレビの画面を見た。そして、呆れたように息を吐いた。


「早く帰って何をしているかと思えばゲームですか。しかし、ファンタジアワールドに行くと言うのは……?」

「くっ」


 あたしには高嶺ちゃんと無駄話をしている暇なんて無い。すぐにコントローラーに飛びついてファンタジアワールドに行くを選択した。

 彼女は気づいていないのだ。あたしには特別な逃げ道があることに。

 バイバイ、高嶺ちゃん。次に会う時は今日の冒険を終えた後だ。

 あたしは満足のいく計画を達成した勝利者の笑みを浮かべる。

 しかし、彼女はあたしが逃げようとしている事には感づいたようで。


「お待ちなさい! 逃がしませんわよ!」

「おおっとー」


 あたしの肩を力強く掴んできた。でも、もう止まらないよ。

 そして、あたしは再びファンタジアワールドへと転移したのだった。

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