第4話 ルミナの頼み
家を出て眩しい日差しにあたしは目を細めた。家の中はちょっと薄暗かったのでいきなり明るいところに来て驚いたんだ。
手を額に翳して庇にして日光を遮り、あたしは辺りを見渡した。
「ここがファンタジアワールドの町かあ」
そこはまさしくゲームで見て来たようなファンタジーの世界の町並だった。行き交う人々もゲームのような服装をしていてとってもリアル。
まさしくゲームの世界が本当に現実に現れたかのようであった。
物珍しそうな反応を見せるあたしにコウが訊ねてくる。
「精霊様はこの町へ来られるのは初めてなのですか?」
「うん、ゲームでなら何回か来たことがあるんだけどね。こういう町」
「ゲーム??」
「ううん、こっちの話。気にしないで」
この世界にはゲームは無いのだろうか。思い起こせば部屋に現代的なテレビは無かったような気がする。
コウは特に何も質問してくることは無かった。ゲームとは神界の特別な魔法だとでも思っているのかもしれない。
今度は彼の母親が言ってくる。
「精霊様が来られているのにみんな失礼ですよね。村の者達を広場に集めて精霊様が来られたことを伝えましょう」
「ああ、そういうのは無しでお願いします」
「無しでよろしいのですか?」
「うん、村に騒ぎを起こすのはあたしの本意ではありませんし、みんなにはありのままのいつもの生活を送ってもらいたいのです」
「それがお望みとあれば」
恭しく礼をする母親。何かこういうの疲れてしまった。
偉そうにしていれば楽しいのだろうか。そんなことは無かった。あたしはこんな精霊プレイよりももっと気楽に行きたかった。
この村のありのままの生活を見たかったし、変に気を使われるのも疲れてしまう。ドラマで偉い身分の人が自分の素性を隠して行動する理由が分かる思いだった。
こちらの理由も大いにあるので、そんな凄いなあと賢者を見るような眼差しで見られても困ってしまうのだが。
なので、あたしはもうこういうのは止めにしようと思った。
「あたしはみんなと普通に接することを望んでいます。だから、あなた達もあたしのことは普通の子供を呼ぶようにルミナと呼んでくれて構いませんよ」
「そんな滅相も無い。精霊様に向かって」
「変に気を使われる方が無礼だということをあなたは知るべきよ。特にコウはあたしと同じ年ぐらいだし。お友達になりましょう」
前にやったゲームのお嬢様キャラと同じことを言っているあたし。あの子もこんな気分だったのだろうか。今になって思ってしまう。
コウはしばらく迷っていた。
「精霊様とお友達にですか……」
「あたしの名前はルミナよ」
「どうするの? コウ」
「俺は精霊様がお望みなら……」
彼はやがて覚悟を決めたようだ。顔を上げて真っすぐにこちらを見てきた。
さすが勇者は勇気があるね。良い目をしてる。あたしはにこやかに返事を聞いた。
「ル、ルミナ……」
「ええ、コウ。これであたし達お友達ね」
あたしは彼の手を取って満足に微笑んだ。何だかゲームのイベントを一つクリアしたような気分だった。
だが、もちろんまだ何も進んでいない。王様に挨拶に行こうと家を出たのに、いつまでも家の玄関先で無駄話をしている場合では無い。
広がる村の様子を見て回りたい気分でもあったが、まずは用件を済ませよう。
「では、王様の元に。行きましょうか」
「ああ、ルミナ」
彼の緊張が少し取れている。良い傾向だ。こっちも気を遣わずに進みたい。
あたしは満足の頷きを返し、城へ向かう彼とその母親の後についていった。
タビダチ王国の城は結構立派な建物だった。(この国はタビダチ王国という名前らしい。歩いている途中で聞いた)
ゲームの世界がリアルに迫るようなそんな迫力。聳える城門をあたしは見上げてしまう。
「立派な城ですね」
「はい、勇者のいる町の城ですから」
「なるほど」
コウの母親が教えてくれた。
勇者というのは良い観光名所になるのだろうか。それとも勇者の元には人が集まる? 魔王が攻めてくることを警戒して城や町を立派にした?
あたしにはよく分からなかったが、今重要なことではない。
都会に出てきたばかりの田舎娘のようにいつまでも城を見上げている場合じゃない。ほら、コウが話しかけてきた。
「ルミナ、どうかした?」
「良い城だなと思ってね」
「精霊様にそう言ってもらえると王様も喜びますよ」
「もう、精霊様っていうのは禁止ですからね」
あたしが頬を膨らませて言うと彼は笑った。良い笑顔にあたしの気分も柔らかくなった。
コウが訊ねてくる。
「どうして精霊様だってことを知られたくないんですか?」
「余計な気を使わせたくないからです。あなただってみんなに勇者様だって崇められまくったら疲れるでしょう?」
あたしは我ながら良いことを言ったと思ったのだが、彼は少し目をパチクリさせてからいたずらっぽい少年の笑みを見せて言った。
「俺は勇者だって崇めて欲しいかな。特にルミナにそう思われると嬉しい」
「へえ、変わってるね」
あたしが感性の違いにため息を吐くと、彼は慌てたように弁解した。
「いや、今のは冗談だけど……冗談ですけど?」
「……ップ、ははは」
彼でも冗談を言うのか。そんな当たり前のことがおかしくて。あたしはつい笑ってしまった。
何だか二人の距離が縮まったような気分。年が近いからだろうか。縮まり過ぎたような気分。
でも、悪い気分では無かった。
「分かったよ、ルミナ。君は普通の旅人で俺の友達だ」
「普通の旅人で君の友達か」
「あなたは少し気を使いなさい。気の利かない息子ですみません」
「いえいえ」
これはあたしの望んだことでもあるのだから。
だから、母親に注意されている彼が少しかわいそうに思えてしまった。
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