第3話 勇者と遭遇

 光が収まるとそこは異世界だった。

 ……かどうかはあたしにはよく分からなかったが、そこは薄暗い部屋のようだった。

 光から完全に出ると転送の光は消滅した。戻る時はヘルプちゃんを呼べばいいだろう。まずは状況を確認する。

 ベッドがあってタンスがあって木の匂いがする。ここは普通の一般家庭の木造家屋のようだった。


「ゲームの世界での民家よね、これ」


 ゲームの知識であたしはそう推測する。この景観はそれっぽい。ゲームで見てきた光景だ。さて、これからどうしようか。

 困ったことがあればヘルプちゃんを呼べということだが、それはそれでいきなり攻略法を訊くようで面白くない。

 せっかくファンタジーの世界に来たのだ。冒険したい気分だった。


「導くのはヘルプちゃんじゃなくて、あたしの役目なんだからね」


 とりあえずこの部屋を出て人を探してみよう。そう思ってドアに向かって歩いていって開けようとしたのだが、手を触れる前に勝手にノブが回って扉が開かれた。

 自動ドアだったわけじゃない。向こうに人が来て開けてきたのだ。開けたのはあたしと同じ年ぐらいの少年だった。あたしも驚いたが向こうも驚いた顔をしていた。

 立ち直るのは彼の方が早かった。疑問を言葉に乗せて発射してくる。


「あんた誰だ? 俺の部屋で何をしている?」

「えっと……」


 ここで怪しまれるわけにはいかない。そもそもあたしは用があってここへ来たのだから。ちょうどいい機会。人を探す手間が省けた。そう前向きに受け取ってあたしは訊ねることにした。


「あたしは神様に頼まれてきた代理……じゃ冴えないわね。えっと、精霊。そう、精霊よ」


 あたしはゲームの知識から神様に近しい者の立場として精霊を選んだ。ゲームでは精霊はよく神様に代わって主人公達の前に現れてお告げをしていったものだ。ちょうど今の自分のように。

 精霊と聞いて、少年は驚いたように目を丸くしていた。


「あなたが精霊様……!?」

「そうよ。あたしは精霊のルミナ。証拠を見たい?」


 あたしには神様から預かった特別な権限として様々な能力が与えられていた。

 まだ詳しく調べたわけではないが、転送の間にウインドウを開いていろいろ見てみて何か凄いなとは思った。

 まだ実行したことは無かったが、相手が見たいというのならば見せても良かった。

 だが、彼は恐縮したように断ってきた。あたしとしてもまだよく知らない能力を行使せずに済むならこしたことは無かった。

 この家が吹き飛んだり、変に注目されても困るもんね。


「いえ、滅相も無い。その神々しいお姿を見れば分かります」

「え? あたしって神々しいの?」

「はい、普通の者なら分からないかもしれませんが、俺には分かります」

「ふーん、そうなの」


 どうやら神様にこの服を用意してもらった効果が出ていたようだ。あの冴えない私服のままだったらこうはいかなかっただろう。

 あたしが気分よく鼻高になっていると、その場に年配の女性がやってきた。


「コウ、どうしたんだい? おや、その子は」

「母ちゃん、精霊様だよ。神様の元から来られたんだ」

「これは精霊様。ハハーッ」


 二人は何と親子揃って床に膝をついて両手までつけて頭を下げてしまった。

 この地には精霊信仰が根付いているのだろうか。ゲームの世界の旅立ちの村ならありがちなことだった。

 あたしは最初は気分が良かったんだけど、さすがに気まずくなってしまった。同年代の男の子だけなら遊びで済むかもしれないけど、さすがに大人の人にまで頭を下げさせるのはちょっと遠慮したい。

 それに後が怖い。あたしが本当は精霊ではなく、ただ神様に選ばれただけの一般人だと知られたら。

 あたしは何とか言葉を探して話を進めることにした。


「頭を上げてください。あたしは用があってここへ来たのです」

「用と申されますと?」


 顔を上げてくれる二人。あたしは気分を落ち着けるようにコホンと咳ばらいを一つしてから精霊らしく神々しさを意識して告げた。


「実はあたしは旅立とうとしない勇者を導くためにここへ来たのです」

「この子が旅立つ時が来たのですか?」

「え? 彼が勇者なの?」

「はい、俺が勇者のコウです」

「コウか……」


 うちの犬と同じ名前だねという言葉は飲み込んでおいた。犬と一緒だと言われて良い気分になる人はいないだろうから。何も初対面から印象を下げる必要はない。

 何か意識すると彼の真摯な瞳とか従順なところとか、尻尾を振って見上げてくるうちの犬と被って見えてしまうのだが……いやいやいや、失礼なことを考えるのはよしておこう。あたしは気持ちを切り替える。

 それにしても彼が勇者だったとは。転送装置は意味も無くここへ繋いでくれたわけではなかったのだ。

 勇者の部屋にダイレクトで連れてきてくれるなんて。ゲームの世界より親切だと思える。

 顔を上げて勇者のコウが言う。


「俺は12の誕生日が来た時に旅立つように言われていたのですが、何分世界が平和でして」

「必要性を感じなかったというわけか。でも、この辺りは平和でも遠くでは魔王が復活しているよ」

「魔王が復活を!?」


 あたしは神様に言われたから知っていたけど、彼は知らなかったようだ。とても驚いていた。

 神様が伝えなかったんだろうか。どうでもよかった。もう伝えたのだから。

 彼の隣で母親も慌てていた。


「大変! すぐに王様に挨拶に行かなければ。精霊様、もう大丈夫です。教えてくれてありがとうございました」

「すぐに準備して旅立ちます!」

「はい、どうかご武運を……じゃない! ちょっとお待ちなさい!」

「どうかされましたか? 精霊様」


 彼らはすぐに行きたくてたまらない様子だったが、精霊の言葉は無視できず立ち止まって戻ってきた。

 あたしはひとまずその慌てんぼを止めることにした。


「落ち着きなさいな。勇者ともあろうものが取り乱してどうします。そんな態度を見せれば町の人達も不安になりますよ」

「ですが、魔王が」

「まだ復活したばかりでたいした被害は出ていません。落ち着くのです」

「はい、申し訳ありませんでした。精霊様」

「うむ、旅は長く大変な物になるでしょう。だからこそ平常心が大事なのですよ」

「分かりました。ありがとうございました」

「うん、分かればよろしい」


 さて、ペットのコウに言う事を聞かせる感じで勇者のコウを落ち着かせたところで、あたしは本題を切り出すことにする。


「あたしもあなたの旅に同行しましょう。何か不都合がありますか?」

「いえ、精霊様が一緒なら心強い。ぜひお願いします」

「うむ」


 勇者を旅立たせるという目的は達成できた。このまま帰れば神様にお礼を言ってもらえてあたしの旅を終えることも出来ただろう。

 だが、あたしにその気は無かった。それでは面白くないからだ。どうせ家に帰っても暇なのだ。

 せっかく来た世界。このファンタジアワールドをあたしは満足するまで見ていきたかった。こんな狭い部屋を一つ見ただけで終わりにしてたまるか。そう思うあたしであった。


「王様のところに挨拶に行くんでしたよね? あなたの旅をしばらく見届けます。さあ、ともに行きましょう」

「はい」


 コウと彼の母親はしばらく相談していたが答えは決まっている。

 精霊の言葉を二人が断るはずがない。

 肯定的な返事を受け取って、あたしは二人に続いて家を出ていった。

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