第7話 ヘクサーの診療所
ケイジは、道中で頭の中を整理し始めた。
「今回、調べる事件、仮にこれを『人食い事件』と呼ぶとしよう」
被害者は、失踪、あるいは血肉の残骸となって発見されている。
事件の被害者は、貧民層の人々。それも子供や女性が対象。
貴族に被害者はいない。
ヴィトン・トライバルは、人食いが犯人とみているという。
しかし、犯人は怪物ではなく、人間だとも言っている。
一見、矛盾しているような発言だが、それははたして真意なのか。
いずれにせよ、ケイジの考え方は、シンプルだった。
「妙な宗教団体が犯人か、あるいは化け物の仕業か。 いずれにせよ、貧民層の人間を調べればいいんじゃないか?」
いずれにせよ、現場百回とまではいわないが、現場を見るのが正解だろう。
そうシンプルに、ケイジは考えた。
資料室にこもって、文書とにらめっこするのは趣味に合わない。もともと、字が読めないと言うハンデキャップがあるので、実行は不可能だが。
ケイジ、レッドエルフのレダス、そして冒険者であるジャン・マケルス。
彼らが向かったのは、みずぼらしい建物の中だった。
ぼろぼろの板切れをつなぎとめて、ようやく形にしているようなそんな家だった。
「で、ここは?」
「数日前に、死体があった場所です。 と、言っても原型は残ってませんでしたが」
澄ました顔で、ジャン・マケルスが言った。
落ち着いた態度を見せていると、凛々しい顔立ちも相まって、実に絵になる。
「さっきの態度はどこに行ったよ」
ケイジが咎めるような目を向けると、ジャン・マケルスは察した様子を見せた。
言葉がわからないなりに答えてみせる。
「今は職務中ですからね」
「今までも職務中じゃないんかい」
「気分が高揚すると、つい、素が出てしまうだけですから」
「……こいつもたいがい変態の類だな。 ガチで戦いたくなったから、一戦交えただけかよ」
血の気が多いという点では、ケイジも似たようなものではある。
だが、レッドエルフのレダスは、指摘しようとはしなかった。
彼はもともと、どちらかと言えば口数が少ない方である。
現場には、血のシミは残っているが、それほど見るべきものが残っているようにも見えない。なにか手掛かりがあったとしても、今更残っていないだろう。
「手掛かりになりそうなものは、なにかあったのか?」
レッドエルフのレダスが、ケイジの言葉を翻訳する。
ジャン・マケルスは頷いた。
「獣の毛らしき残留物がありましたね」
「獣の毛?」
「ええ。 死体に紛れて散乱していました。 死体からは動物の歯形のようなものが、見つかっています」
「そりゃ人間の仕業じゃねえな。 と言うか、そういった情報は先に言ってほしかったが」
「資料室には、そういった情報もありましたよ。 ヴィトン様からしてみると、先入観を与えたくなかったのかもしれませんが」
「……なるほど?」
ケイジはどこか引っかかりを覚えたが、うまく言葉にできなかった。
ひとまず、そのことについては、わきに置いておくことにする。
「ここの家には、どれだけの人間が住んでいた?」
「子供が3人。 男と、その妻がいましたが」
「死体で個人を特定できないにしても、みんな死んだってことでいいのか?」
「いえ、男は生き残ってていますね」
「はあ? そりゃ、男が怪しいだろ」
まず、一番怪しいのは身内だ。
ケイジはそう思った。
「男からは、話を聞けませんよ。 まともに言葉も話せない状態ですから」
「どういうことだ?」
「当日、現場で心神喪失状態だったのを発見されましてね。 血まみれのまま、呆然としていたそうです」
「ますます怪しいがな、犯人がそいつならここの件はそれでしまいだ」
ケイジはそう断じた。
「ですが、他にも同じような事件が起きています」
「他の事件もこれと似たような状況か?」
「と、言いますと?」
「それぞれの家で、旦那だけ無事なのかって話だ」
「ええ、まあ……男の被害者はいないことになっていますね。 自分の妻や子が行方不明になったと、届け出を出していることもありますが」
「正直な話、旦那の方がみんなグルになって、全部の事件を起こしたと言われたら納得できるね」
「ああ、確かにそれだと辻褄は合いますね」
「……お前、本当に仕事中は真面目なんだな」
ケイジは、ジャン・マケルスの態度にしみじみとそういった。
以前、狂ったように襲ってきた姿からは想像できない様子である。
「仕事ですから」
笑顔でジャン・マケルスはそう言った。
あまり気にしても仕方ない、とケイジは割り切ることにする。
「ただ、そうなると獣の毛はどういうわけだ?」
「外から、怪物でも手引きしたのか。 あるいは、犬でも引き連れているのか」
レッドエルフのレダスが意見を述べる。
だが、それに対して、ジャン・マケルスは否定した。
「我が街、ユーストルムの防壁は、不審な化け物を通すほど無能ではありませんよ。 ましてや、野犬などが内部で繁殖しているなどありませんから」
「街の名前、今、初めて知ったわ」
ケイジは軽口を叩きながら、思考を取りまとめた。
仮に、外から化け物が来たんじゃないとすれば、この獣の毛をどう説明するか。
その答えを、もうケイジは知っていた。
「残念ながら、そういうのは見飽きてんだよな」
ケイジは頭をかいた、
「なあ、ジャンさんよう。 次は、その心神喪失の旦那のところに案内してくれ」
「……それは可能ですが、話など出来ませんよ」
「それはそれでいいんだよ、別に。 見たらわかるからよ」
ケイジは、はっきりそう言った。
そうして、ジャン・マケルスに案内されたのは診療所だった。
ここは、貧民層の住人たちが頼りにする場所らしい。
外見は、民家のようであった。近隣の貧民層の人々が住む家よりは、はるかにマシな環境ともいえた。
「診療所ね」
「ヘクサーと言う、女医がいまして。 あまり儲けにならないような患者でも、率先して診てくれるわけです」
「それはご立派なことだ。 それで、なぜここに?」
「心神喪失の男は、ここで面倒を見てもらってるわけですよ」
「ふうん?」
一同は、内部に足を踏み入れていく。
診療所と言うよりは、書斎が連なったかのような、本に囲まれた作りだった。
「診療所……と言うよりは、学者の家みたいだな」
「あら。 お客様かしら」
ヘクサーと思われる女性が出迎えた。
長い髪に金髪、青い瞳。どこか生命力に欠けていて、儚い印象を抱かせる風貌だった。
「患者さんには見えないわね、わたしに何の御用からしら」
「トライバル冒険社の者だ。 ……患者に会わせてもらいたい」
ジャン・マケルスが率先して、ヘクサーに語り掛けた。
「ああ、彼ね。 でも、まだ話せるような様子じゃないわ」
「構わない」
「……わたしが止めたらすぐに、面会を中止するならいいわ。 あと、同席をさせてもらいますけど、それでもよろしくて」
ジャン・マケルスは、ケイジを一瞥する。
ケイジは頷いた。
「ああ、構わねえぜ。 大した問題でもないだろ」
「……その条件を飲もう、案内してくれ」
一同は、診療所の奥に案内されていく。
途中、ベッドで寝ている患者を何人か目にした。
それなりに重傷な人間も、ちらほら見えている。
「ここの診療所を診ている医者っのは、このヘクサーという女だけか?」
ケイジの疑問を、レッドエルフのレダスが通訳する。
ヘクサーがそれに対し、答えた。
「そうね、医師はわたしだけよ。 助手として、手伝いに来てもらっていることもあるけど」
「手伝い?」
「そう。 患者の家族の人とか、前に見てあげた人とかがお礼代わりに手伝ってくれるわ。 よく女性の方が手伝いに来てくれるわね」
「その助手のなかに行方不明者や被害者は出たか?」
「……残念ながらいるわ。 何人か、お世話になっていた人がね……無事だといいけど」
「へえ?」
ケイジは、ニヤリと笑って見せた。
もともと凶悪な顔をしているだけあって、威圧感のある笑顔である。
一同は、そのまま歩き、事件でたった一人生き残った男の前までたどり着いた。
子供や妻を失い、心神喪失となった男の前へ、と。
男はうずくまり、ガタガタと震えていた。
一切、会話にならない状態だった。
「困ったことに、食事もとろうとしないのよ」
ヘクサーがそう言った。
ジャン・マケルスが何度か声をかけてみるが、やはり反応は得られない。
「……ふむ、やはり時間の無駄だったようです」
そう、ジャン・マケルスが判断したが、それにストップをかけた。
ケイジはまだあきらめてはいなかった。
「それを決めるのは、俺だ」
ケイジはサングラスを外す。
その瞳は金色に光り輝いていた。
「そ、その眼はいったい!?」
「やはりその眼……気のせいではなかったわねえ。 疼くわぁ……」
ヘクサーが驚いた様子を見せる。
だが、ジャン・マケルスはあっさりとその事実を受け止めた。
むしろ、人が変わり興奮したかのように、舌なめずりをする。
「その反応、やめろ。 なんか寒気するからっ」
ケイジは、ぶるっと身震いしてから歩を進めた。
「さあて、お前の魂を見せてみろ」
そういった男の姿を凝視する。
そして、眉をしかめた。
「……ん?」
なにかが気になったのか、周囲を見渡す。
そして、その場にいる一人、一人を比較するように見比べ、再度、周囲の壁を見渡した。
「どうした、ケイジ?」
レダスがその様子に、ただならぬものを感じた。
一度、レッドエルフのレダスは、この眼をしたケイジは見たことがある。
かつて、村で小鬼の巣を探そうとしたときと同じなのだ。
「いや……。 別になんでもねえよ」
ケイジは笑みを浮かべる。
そんな彼の背中を、ヘクサーが見つめていた。
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