うちの勇者はドMとクズ
裃左右
プロローグ 暗い世界
周囲は見通すことのできない闇に包まれていた。
そこにあるのは三つの椅子。
そして、俺を含めた三人の男。
一人は目の前には髪をオールバックでまとめた、目つきの悪い男だった。
眼鏡をかけて視線の鋭さを和らげてはいるが、不敵に俺を見下していることは明らかだった。
腕を組み、足を組み替えながら、ながながと前口上を述べてはいるが言動すべてが癇に障る。
奴曰く、俺は死んだのだと言う。
正確には、このままだと死が確定するがそれを覆すことが出来る。と言っていた。
言ってしまえば、半分だけ死んでいると言ったところか。
そうなると、ここは三途の川とでもいうのだろうか。随分殺風景なお花畑だな、と毒づきそうになる。
全く記憶はないが、なぜかその言葉が事実だとすんなり受け入れることが出来た。
だが、この不敵な男は俺の人生がどれだけ価値のないものだったかを絶えず触れながら話すのだ。
相手を煽ることにかけて、非常に才能が豊かであると褒めるしかない。
ここまで見事だと呆れを通り越して感心する、よほど人格が破たんしているのだろう。
奴の正体が死神なのか、天使なのかは定かではない。
しかし、どちらにせよ同じことだ。
俺にとっては単純に気に入らない存在でしかないのだから。
そして残りのもう一人、こいつも同じ境遇だった。半分だけ死んでいる男。
こっちは対照的に爽やかな優男だった。真面目そうでどこか頼りない雰囲気を持ってはいるが、彼はその聞くに堪えない暴言を笑顔で受け流している。
同じようにこの優男も死を突き付けられ、さらには下手をすれば俺以上に、罵詈雑言を叩きつけられているのにも関わらず、だ。
あまりにも自然体な笑顔。
もし、境遇を知らなければ、あるいは喜んでさえいるのではないか、と錯覚するほどだった。
そんなはずがある訳ないので、こう見えてなかなか強かな人物なのだろう。
俺は彼をそう評価する。
この優男は目の前で不敵に笑う男以上に、強かで不敵なのだろうと。
そんな中、偉そうに死んだ俺達に告げられた言葉はこうだ。
「お前たちには特別に、異界で生きるための才能をくれてやる」
聞けば、死んだ俺達二人が生きて現世に戻るには、異界に渡り使命を果たす必要があると言う。
それは非常に困難で苦痛を伴う試練となるとのことだった。
「さあ、何がいい? 剣術かあるいは魔法か、もっと便利なものでもいいぞ」
「いらない」
意図せず、二人の声は揃う。
俺と優男の意見は意図せずして同じだったらしい。
「……今のは聞き違いかな?」
男は怪訝そうに問いかけ直す。
信じられないものでも見たかのような表情だった。俺はその不敵な男がその態度をわずかでも崩したことが、面白くて仕方なかった。
自覚以上に俺はよほど、奴の態度が腹に据えかねていたらしい。
再び、俺達は奴の言葉を否定する。
「僕はそんなものいりません」
「俺もいらない」
ようやく自分の耳に届いた言葉を現実として認識したらしい。
不敵な男は肩をわざとらしくすくめた。
「ただの人間が異世界で生き残れると思うのか?」
無知な子供に常識を説く教師のように、言葉を連ねる。
「いいかね、お前たちはなんの力も持たないゴミだ。 なんの特別な才能や力もなく、満足に生きていくことも出来はしまい」
男はそう断言する。
そして、暗に告げる。
異世界に生きる人々は特別な才能もなく生き、活躍している者がいるのにも関わらず、俺達にはそれが出来ないだろう。そう言っているのだ。
「どんな天才もが必要とする何十年と言う努力も、そこに至るまでの苦しみや辛さと言う代償も不要だぞ。 天才達が人生を賭けて築き上げてきたものを、あざ笑う権利をくれてやる。 これをお前たちの言葉で、チートと言うんだ」
それがお前たちの望みなのだろう。
そう男は告げた。
俺達は努力せず手に入った力で、他人をぶっ潰すのが好きなのだろう、と。
それを俺達はあざ笑う。
「それだと僕は気持ちよくないんですよ」
「なんだと?」
その通りだ。
それだと気持ちが良くない、もっと言ってやれ。どこのだれかは知らないが。
……そう思っていたのだが。
「僕は自分の身を危険にさらすと思うだけでドキドキします」
今度は俺が聞き違いかと疑うような発言が飛び出した。
おい、爽やかな声のトーンで何を言ってやがる。
「とても快感です、どんどんピンチになってそれを味わい尽くしたい。 絶望的な状況下で苦しみぬきながら、青色吐息で堪能したいんです」
「……人生が賭かっているんだぞ? いいか、お前達にとって現世に戻ることは命よりも大事なことのはずだ」
何を根拠に言っているのかは知らないが、不敵な男はそう断言した。
それに全くひるまない優男。
「だからこそ、ですよ。 賭けるものが大きければ大きいほど、より絶望が大きいじゃないですか」
快感が増すから歓迎だ。
そう言わんばかりだった。
「自分が死ぬことは考えないのか?」
「そうはなりませんよ、僕は必ず生還します」
意志の籠った強い目で、優男はまっすぐに相手を見返した。
コイツはそこらにいる連中とは違うな、俺はそう思った。
第一印象はずばり「気持ち悪い」の一言だが、自分に自信がなければそうは言えやしないだろう。そして、自信と言うのは努力の裏付けがあるから成立するものだ。
……少なくとも、コイツの目は苦難を乗り越えた経験者だ。
結論から言おう、俺の勘が正しければこのどМ野郎はかなり使える。
「お前も同じ理由か?」
不敵な男が俺に問うてきた。
「いや、俺はそんな性癖を持ってない」
これだけは言わせてもらう、俺はもっとまともな人間だ。
ごくごく一般的な人間だといってもいい。
「そりゃ他人の努力をあざ笑うのは大好きだし、世の中の大半はそんなクズだろう。 他にも自分が正しいと思っている自称良識人が、理性や尊厳をぶっ飛ばす姿は何度も見ても楽しい。 さらに言わせてもらえば弱い人間を嬲るより、強い人間の精神をへし折るのが一番心が踊るね」
ほら、俺は普通のそのへんにいる人間だ。
ただここからが違う。
「だが、俺は貴様のような奴から施しを受けるのが気に入らないんだ」
「ほう」
「一つ、教えてやろう。 俺はな……すべてを見通しているつもりで聴いたふうな口をきく、己を絶対視している勘違い野郎のメンツと常識を粉々に跡形もなくぶっ潰すのが好きなんだよ」
「実にくだらん矜持だな、クズにはお似合いだが」
そう不敵な男は吐き捨てる。
俺はその言葉を嗤ってやった。
「はっ、ゴミクズをなめるんじゃねえよ。 腹壊すぜ」
「クズはどうあがいても所詮クズだ。 だが、こちらからも一言だけ言わせてもらおう」
男は人を小ばかにするような態度を改めて、感心するような雰囲気を見せた。
いや、どちらかと言うと物珍しい昆虫でも見かけたような雰囲気、だろうか?
どちらにせよ、自然と俺も耳をいっそう傾ける姿勢になる。
「お前たち、人格が破たんしていると言われたことはないか?」
「アレだ。 鏡見たことないだろ、お前」
何を言われたか判断する前に、口が勝手に動きはじめていた。我ながらいい反応速度だ。
それを聞いて何を思ったか、男は笑みを浮かべた。
「お前達にはこれから二つの選択肢がある」
一呼吸おいて俺達二人を見回しつつ、指を一本立てる。
「一つはこのまま異界に降り立ち、一刻も早く使命を果たすべく事態の究明と解決に挑むか」
勿体ぶったような言い回しであるが、至極当然の内容でしかない。
他の選択などあり得るのか、何もせず諦めることなど俺は選びやしない。
だが、この二つ目の選択肢こそが曲者だった。
「それとも……地獄に堕ちるか、だ」
ゆっくりと不敵な男が立てた二本目の指。
奴がその時、浮かべた笑顔に善意は含まれてはいない。
そして、俺達は地獄を選んだ。
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