第48話


◆伏見姫奈◆


 諒くんとの電話が終わり、携帯をスリープ画面にしておく。


「……」


 訊けなかった。昼間のこと。


 ファミレスに入った瞬間に、窓際にいた二人には気づいた。


 様子を少しだけ窺って、お父さんには先に帰ることを告げて家に帰ってきた。


 鳥越さんは、饒舌にしゃべっていて、諒くんもそれに応じるようにして会話が盛り上がっていた。


 あのとき、あのテーブルに割って入るような勇気はない。

 わたしだって、さすがに空気くらい読む。


 でも、近くにもいたくなかった。


 何で二人きりなの? とか。

 諒くん、今日出かけるなんてひと言も言ってなかったのに、とか。


 会話が耳元をかすめるだけで、そんな質問が浮かんでは消えていった。


『この前言ってた漫画、買ったから今度渡すね』


 鳥越さんからのメッセージを受信した。

 鳥越さんは、諒くんに告白をして、結果的にはフラれた形だった。でも、すぐに好きじゃなくなるわけでもないんだ。


 そんな当たり前のことなのに、わたしは諒くんを安全圏に連れてくることができたと思っていた。


「円満に、丸く収まらないのかな」


 難しいな。

 今度どんな顔をして鳥越さんに会えばいいのかわからなくなった。


 自分なら好きを貫く、なんて大見得を切ったけれど、前言に対しての自信がなくなっているのを感じる。


 諒くんは、自分の隣にはわたしが一番収まりがいい――みたいなことを言ってくれたけど、まだその優先座席はわたしのものじゃないのかもしれない。


 付き合ってるのか、っていう篠原さんの質問に、諒くんは大して悩みもせずに付き合ってないと回答をしていた。


 ちょっとくらい悩んでよ。


 ベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめる。


「悩めよぅ、バカ……」


 アプリを立ち上げて、鳥越さんにメッセージを返信するべく文字を入力する。


『ありがとう! 楽しみ!』


 なんか違う。テンプレートな返事で、上っ面で言っている気がする。


 削除。削除。削除。


『ありがとう』


 これだけっていうのも、愛想がない。


 削除。削除。削除。


 鳥越さんちの近所には書店がない。って、いつだったか不満を言っていた。

 だから、その漫画を買ったとすればきっと今日。


『諒くんとのデート、楽しかった?』


 しっくりきた。本音の本音。でも……削除。さすがに、言えない。


 わたしと話すときは、共通の趣味があるからある程度盛り上がれるけど、あんなふうに、楽しそうにすることは少ない。


「そりゃそうだ」


 わたしもそうだもん。


 好きな人となら、何してても楽しいもん。




◆鳥越静香◆



『この前言ってた漫画、買ったから今度渡すね』


 メッセージが既読にはなったけど、返事はまだない。


 この前言っていた漫画っていうのが、どれを指しているのかわからないのかも。


 作品の公式ページのURLを貼って再び送信する。


 調子に乗って攻めすぎた内容だったかも。と少し反省する。


 試し読みページがあるので、そのURLも送信した。


『読んでみて』


 思い出してもらおうと、いつその作品の話したのかと伝えた内容を入力して、はたと指が止まる。


 ……私、焦ってる。


 ほんのかすかに、感じていた罪悪感。


 友達が好きな男子を、流れの上で自然だったとはいえ、遊びに誘ったこと。


 けど、私だってまだ好きなのだ。

 地獄のように鈍感で、どきっとするようなことをたまに言い放つ彼が。


 例のレッスンとやらが終わる時間もわからないし、ばったり出会うこともないだろうという部分も、書店デートを後押しした。


 今日の追跡も伏見さんには黙っている予定だったから、高森くんもわざわざ口外しないはず――。


 予定通りなら、今日のデートは私と高森くんのちょっとした秘密のままで終われた。


 でも、あくまでも予定は予定だった。


 ファミレスに伏見さんがいたことを知ると、むくむくと罪悪感は胸の内で大きく膨らんでいった。


 私たちのことを見て何も思わなかったのなら、帰ったりしなかっただろう。


「間が悪いなぁ……」


 私と伏見さんは、そういう星の下に生まれてしまったんだろうか。

 一部分で相性がいいのに、非常に摩擦を起こしやすい側面があるというか。


 謝るのも、何か違う。


『二人きりであのあと何したん??』


 みーちゃんからのメッセージ。

 ニヤつく表情が目に浮かぶ。二人きりにしてくれたこと自体はファインプレイで、心の中でお礼を言った。


 そのあとの流れと伏見さんのことを説明すると、真顔で汗を流すクマのスタンプが送られてきた。ぽんぽんぽん、と連続で。


『私が悪者になっちゃうよね、これ』

『付き合ってないんなら、悪者じゃないような』


 形の上ではね。形の上では。


『軍師殿、私は一体どうすれば』

『わからん』


 頼みの軍師もお手上げらしい。


『タカリョーが一番悪い説wwwww』

『それなw』

『でも真面目な話。仕方ないでしょ。好きなんだから』


 活字にされると、余計にくすぐったくなってしまう。


『タカリョーはたぶん持て余すよ、プリンセスのこと』


 ああ、そうか。

 なんとなく今日感じた高森くんのすっきりしない反応とその違和感。

 持て余す、手に余る、が表現としてしっくりときた。


『どうかな』


 そんなふうに風向きが変わればいいなと思いつつも、ネガティブな発言になるのは、きっとまだ自分に自信がないからだ。


『誰もが振り返る大輪のヒマワリ。片や路傍のタンポポ』


 どっちがそうなのか、言われなくてもわかった。


『それくらいの格差はあるね』

『ちょっとは否定してくれないと、核心ついちゃったみたいで気まずいデス』

『ほんとのことだし』

『けど、少年漫画なら燃える展開だね』

『……漫画ならね、漫画なら』


 そう。漫画だったら、私が大逆転劇を演じるはず。


 小さい頃から一緒で、もう家族みたいな関係――とかたまに聞くけど、何かのきっかけさえあれば、一瞬にして先のステップに進んでしまうだろう。そのトリガーはたくさんある。


 あんな幼馴染、ずるいくらい強い。


 でも、戦うしかないんだろう。どちらかが諦めるか、高森くんを好きじゃなくなるその日まで。

 彼女と私がどれだけ仲が良くても、同じ人を好きになってしまったんだから。


 この前のは、第一ラウンドってだけ。そこで負けてしまったっていうだけのことだ。

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