第41話


 昼休憩、二人きりの物理室で家庭教師姫奈先生の話をすると、鳥越はくすくすと笑った。


「自業自得でしょ」

「そんなわけあるか。小テストくらいで」

「その『くらい』で3点取ってるから、スパルタ姫奈先生が登場したんでしょ」

「ちなみに、鳥越は何点?」

「配点も大きかったし、さすがに一桁とか、ギャグ以前にちょっと引く」

「いいから、何点なんだよ」

「終わったテストより、中間どうするかで、頭いっぱいだから」


 全然言わねえな……。

 もしかして、鳥越も人の点数笑えないくらい悪いんじゃ?


 頭が悪いイメージはない。先生に当てられても、無難に答えたりしてるし。

 読書しているせいか、頭がいいイメージのほうが強い。


 でも、それはあくまでもイメージ。

 小説が好きだからといって、英語や数学の点数がいいっていうのは別問題だ。


「鳥越も、一緒に姫奈先生に勉強教わらない?」


 キツい勉強も連れ合いがいればまだ耐えられる気がする。


「いや、いいよ。邪魔しちゃ悪いから」

「邪魔? 勉強の?」

「地獄みたいな鈍感具合だよね」


 地獄って。

 空気読むのは得意じゃないけど、そこまで言うことないだろ。


「ちょっと訊いてみる。鳥越も一緒に勉強したいって」

「微妙に嘘を混ぜるのはやめて」

「ま、本当のところは、俺がいてほしいってのもあるんだけど」


 メッセージを送ってもいいか、という視線を送ると、鳥越は両手で顔を覆っていた。


「ほんと……地獄の鈍感具合……そんなセリフ、私に言わないでよ」


 顔は見えないけど耳が赤い。何でだ。


「伏見は、去年、中間期末の計六回、全部トップ5に入ってるんだ。下手に先生に教わるよりわかりやすいかもしれないぞ」


「ブーメラン、刺さってますよ」

「俺はいい点取りたいなんて、今まで思ったことないからいいんだよ」


 呆れたように鳥越が笑う。


「ふふふ。よくないから、伏見さんが世話を焼こうとしてるんでしょ?」


 一緒の大学に通う。……そんな約束をしたかは覚えてないけど、ちょっとした目標ではある。

 何したいかなんて全然わからないし、だからとりあえず進学するなら、同じところがいい。

 というより、伏見と違う学校に通うっていうのが、俺にはまだ想像がつかない。


「……それが、高森くんのためになるなら、一緒に勉強してあげてもいいよ」

「素直じゃねえな」

「私は一人でもちゃんと勉強できるから。むしろ頭下げてお願いされる立場なんだけど?」


 放課後に想いを打ち明けられてから、鳥越は少し砕けたことを言うようになった。

 仲よくなった証とでも思っておこう。


「頼む。一緒に勉強してくれ」

「いいよ」


 高飛車な態度をとったかと思えば、あっさりと了承してくれた。

 言質も取ったし、伏見にメッセージをさっそく送る。

 すぐに返信があった。


『いいよ! 大歓迎!』とのことだった。


 それを鳥越に伝えると、


「長居はしないから大丈夫って、言っておいて」

「え?」


 首をかしげたけど、俺は言われた通り伏見に伝えた。

 既読にはなったけど、返信はなかった。


「伏見さんから、こっちにメッセージきたよ。似た者同士、どっちもいい人だから困るんだよね」


 と、鳥越は携帯につぶやいていた。




 放課後、学級日誌を書き終えて図書室へ場所を移す。


「諒くんは、ライバルがいたほうがやる気出るのかな?」

「ただ誰かを巻き込みたかっただけだと思うよ」


 鳥越に真意を突き止められ、ぎくりとする。


「お、教えるなら一人も二人も、あんま変わんねえだろ」


 図書室の奥にある資料閲覧スペースには、今は俺たちしかいない。

 テスト前でもないのに、勉強する殊勝な生徒は他にはいないらしい。


 向かいに伏見が座り、生徒の俺と鳥越は並んで座る。

 先日同様、今日の授業のおさらいからはじまり、それぞれのわからないところを伏見が掘り下げて教えてくれる。


「鳥越さんも、ちょっと、アレだね……」

「っ……!」


 アレってどれだ。

 教科書をめくったとき、挟んであったプリントがちらりと見えた。


「鳥越、それ、小テストじゃ」

「ち、違うから」

「12点って、おまっ……」


「今回は、勘が外れただけだから」

「わかる、わかるぞ、鳥越。勘ってすげー大事だもんな。でも、真面目そうなのに、点数がこれって、なんか損してるな?」


 ぷぷぷ、と俺が笑うと、伏見に真顔で怒られた。


「諒くんは人のこと笑えないから」

「はい……すんません」


 つん、と机の下で足を軽く蹴られた。

 お返しに、俺も蹴り返す。


「んもう、ちょっと。真面目に問題解きなよ」

「最初に仕掛けてきたのはそっちだろ」


 隣で鳥越がため息をついた。


「仲いいのはわかったから、机の下でいちゃつかないで」


 鳥越にも怒られた。


「「い、いちゃついてないから」」

「はいはい。仲いいね」


「鳥越さんが、意地悪に……」


 ががーん、と伏見がショックを受けていると、鳥越はゆるく首を振った。


「ごめん。そういうつもりじゃなくて。ちょっとからかおうと思っただけ」

「おい、鳥越、人のことイジる暇あったら問題解けよ」

「一問しか解けてない人に言われたくないから」

「諒くんはちゃんと集中して。やればできる子なんだから」


 おまえは俺の母さんか。


 下校時間が迫り、勉強会をそこそこに切り上げて俺たちは図書室をあとにした。

 なんというか、ちょっと楽しかった。


「鳥越さんがよかったら、また三人で勉強会しよ?」

「伏見さんは、いいの?」

「うん。楽しかったもん」


 嘘のないいい笑顔だった。


「じゃあ、うん」と鳥越もはにかんだような笑みを返した。


 昇降口を出たところで、校門のあたりに女子が立っているのが見える。

 ウチの制服じゃない。

 部活終わりの彼氏を待ってるとか、そんなところだろう。


 その子を見て、鳥越が「あ」と声を上げた。


「みーちゃん、何してるの?」


 みーちゃん? 最近、この名前をどこかで聞いたような。


「しーちゃん、久しぶり」


 誰だこの子。


「あ、篠原さん? 久しぶりだね」


 と、伏見が言う。

 篠原さん? ってことは、篠原美南……?


 眼鏡が、縁なしから黒ぶちに変わっていて、髪も以前より長くなっていた。違う高校の制服着てるから全然わからなかったけど、よく見れば、たしかに篠原美南だった。


「伏見さん久しぶり。それと、タカリョーも」


 篠原は切れ長の瞳で、俺と伏見を交互に見た。





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