第40話


 ピクニックは楽しいまま無事に終わり、週が明けた月曜日の放課後。


「伏見、篠原美南って覚えてる?」


 学校帰り、俺は伏見に尋ねた。


「篠原さん? うん、覚えてるよ。聖女に行ったんだっけ」

「三年のときはクラス違うのによく覚えてるな」


 すごいでしょー、とどや顔をする伏見。


 聖女っていうのは、聖陵(せいりょう)女子大付属高校の略だ。


 俺が篠原と何かしらの関係があったっていうのは、たぶん当事者の俺たちしか知らないばず。


 当時の伏見とはこんなふうに会話をする仲でもないし、特別仲がいい男子も俺にはいなかった。


「二年のとき、修学旅行の班が一緒だったから、それでよく覚えてるんだと思うよ」


 鳥越をクラスのやつらは地味っ子だの何だのと言うけど、当時の篠原も教室での立ち位置はそんな感じだった。


「どうかしたの?」


 この前、鳥越の携帯に表示された『シノ』から『そっち行ってもいい?』のメッセージ。

 あれは、こっちに来るって意味じゃなく、鳥越の家に行くことを指していたらしく、篠原が姿を見せることはなかった。


「鳥越が、小学校一緒だったらしくて、今も仲がいいんだって」

「へぇぇぇ」


 唐突に篠原の話題を振ったのには、わけがある。


「てか、諒くん、話を逸らさないでよ」


「……」


 今日、英語の授業で小テストが返された。


 小テストなんて聞いてねえよ、って受けたとき言ったら、伏見が、『ワカちゃん、言ってたよ、この前』って教えてくれた。


 それならそうと前もってひと言言ってくれればよかったのに、このプリンセスったら『さすがに小テストの告知を聞いてないとは思ってなかったから……』と俺の右から左へ聞き流す能力に呆れていた。


『小テスト悪かった人は、中間はとくに気をつけるように。赤点だったら、しばらく放課後は補習授業を受けてもらうからなー?』


 と、我らが担任の英語教師、若田部先生(ワカちゃん)は言っていた。どう考えても、俺に。ずっと目が合ってたもんな。ある意味熱い眼差しだった。


 周囲の話声から察するに、一桁、それも片手で数えられるほどのスコアを小テストの回答用紙に刻んだのはどうやら俺だけらしかった。


「こんなんじゃ、諒くん、ゴールデンウィークは勉強漬けになっちゃうよ」

「中間までまだ時間あるだろ。そんな大型連休のハッピーなときに、何が悲しくて勉強なんてしねえと――」

「普段ロクに勉強しないからでしょ」

「いや、だからって、ねえ……?」


 ヒドくね? 連休に勉強とか。


「ゴールデンウィーク、わたし、諒くんと遊びたい……でも、中間テストがダメダメになることを考えたら、今のうちから勉強しないといけないし……」


 しゅん、と伏見が落とした肩を、俺はぽんと叩いた。


「まあ、元気出せ」

「誰のせいだと思ってるの」


 もお、とどでかいため息を吐き出す伏見。

 できることなら、俺だって補習は受けたくないし、自力で脱赤点をしたい。

 けど、まあ、難しいもんは難しい。


 高校入学してからというもの、テストの点数は常に右肩下がりなのだ。


「わかった――」

「何が?」


 首をかしげると、伏見は決意に満ちた顔をしている。


「勉強しよう。拒否権ないから」

「えぇぇ……」


 マジかよ。テスト期間でも何でもないのに?

 テスト期間だからといって、勉強することもないんだけど。


「拒否権ないって……俺の放課後の自由は?」

「小テスト3点の人にそんなのもありません」

「伸びしろと未来あるいい数字だろ」

「屁理屈は禁止」


 くっ。クソ真面目で頑固なところが、ついに俺へ牙を剥いてきた。


「そ、それに……最近、二人きりになる時間、あまりなかったし……」

「へ?」

「な、な、何でもない!」


 わたわたと慌てて手を振る伏見は頬を染めていた。


 二人きりの時間って、登下校は全部二人きりなんだけどなぁ……。


「ってなるとぉ、つまづきやすい英語と数学を重点的にやっていくことになるから……」


 なんか計画考えはじめた!


「伏見どん、五か年計画でお頼み申す……」

「諒くん、いつ卒業する気なの」

「それくらい長い目で見てくれってことだよ」


「大丈夫。諒くんに、補習なんて受けさせないから」


 この妙に自信満々な目。嫌な予感がする。


 さっそく伏見学習塾が開かれることになり、我が家にやってきた。


 嫌だって言ったけど、テコでも動かなさそうな伏見が強引についてきたのだ。


 六畳ほどの我が城へ帰ってきて、鞄を机に置く。


『あたし、今日は遅いから適当に何か食べておいて』と茉菜の書置きがあった。その上には、えちえちエチケットが。


「だから、ヤらねえって」


 そのままゴミ箱へ書置きごとダンクシュート。


「いーい?」

「ど、どうぞ」


 よかった。一旦待ってもらって。

 伏見を招き入れると、ローテーブルの上に英語の教科書とノートを広げた。それと筆箱と同じくらいの箱も鞄から取り出す。

 なんだ、あれ。


「今日からわたし、諒くんの家庭教師の先生だからね」


 箱から、眼鏡を取り出してかけた。


「もしかして、このときのために……」

「ち、違う、違う! 授業のとき、見づらかったとき用のやつで……」


 授業中、眼鏡をかけているところを見たことがない。ま、今の席は、黒板からそれほど遠くないから、かける機会がないだけなんだろう。


「やるよ、諒くん」


 やる気も準備も十分ってことのようだ。

 こうなったら誰の言うことも聞かない。大人しく頑張ったほうが、早めに帰ってくれそうだ。


 へいへい、と適当に返事をして、俺も教科書とノートをローテーブルに広げた。


 今日のおさらいからはじまり、どんどん習ったところを遡っていく。

 一年の教科書を引っ張り出し、そこからはじめることになった。


「偉い人たちが考えたものだから、これをきちんと理解すれば、テストなんて余裕なんだよ?」


 と、成績優秀者は言う。


「この中で重要な部分を元にテスト作るんだから、要点を理解すれば大丈夫」

「……なんか、そう言われるとできそうな気がしてきた」

「でしょ?」


 今日何度目かのどや顔で、伏見は眼鏡をくいっと上げた。


「…………約束で、あるんだよ。一緒の大学に行こうって」

「小学生か幼稚園の子供が?」


 そんな約束をしたのか。

 そりゃまた、ずいぶんとマセたお子ちゃまだな。


「約束がどうこうっていうのもあるけど、諒くんと一緒だったら、きっと大学生になっても楽しいと思うから……」


 真剣な口調で語る横顔に、目を奪われる。


「たぶん、俺も、伏見が一緒なら、楽しい……かも」


 こんなことを言うつもりは、俺自身なかったし、伏見もこんなことを言われるなんて思ってもみなかったんだろう。


「「…………」」


 お互い気恥ずかしくなって、赤い顔のまましばらく無言が続いた。


「き、急に、そんなこと、言わないでよ……」


 小声でぼそっと言って、腕を軽く叩かれた。


「きょ、今日は、帰るね?」


 いたたまれなくなったのか、伏見は荷物をまとめて部屋をあとにした。

 耳も頬もまだ赤いままだった。



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