第30話


「は?」


 唐突な質問に、思わず声が出た。


 ――好きな人、いないの……?


 振り返ると、鳥越は淡々と仕事をこなしている。また一冊、本棚に小説が収まっていく。


「……メジャーリーガーのあの人。レジェンドの。結構好き」

「野茂かな」

「そうきたか」

「……それはこっちのセリフでもあるけど」


 ぼそっと言って、俺を急かす鳥越。


「早くしないと、授業はじまるよ、学級委員」

「仕事遅くて悪いな。けどな、こっちは慣れてないんだよ」


 手伝いを買って出ておきながら文句を言うと、俺が持っている数冊を鳥越は預かり、手際よく棚に戻していく。


「これで終わり。ありがとう」

「いいよ。結局足手まといだったような気がするし」


 ふるふる、と首を振ると、髪の毛がさらさらと揺れた。


「結果じゃなくて、その厚意に対するお礼だから」

「お、おう……まあ、それなら……」


 と、曖昧に返して、俺たちは閑散とした図書室をあとにする。


 教室に戻ると、伏見が心配そうな目をしていた。


 先生がやってきて、号令を済ませる。授業がはじまると、筆談を開始した。


『鳥越さん大丈夫だった?』

『大丈夫。誰のせいでもないっていうのはわかってるから』


 話し相手に困らない伏見だけど、腹を割って話せる友達らしい友達はいなかったように思う。。


 俺は、伏見と鳥越には仲良くなってほしい。

 個別に知っている俺からすると、二人があんなふうに気兼ねなく話すなんて思ってもみなかった。それくらい意外な組み合わせだったのだ。


『ごめんね。もう物理室には行かないようにするから』


 ノートに書かれた文字を見て、視線を上げて表情を窺う。

 伏見は困ったように笑っていた。


 そうしてくれると、俺も鳥越もありがたい。


 学校内で無言でいられて、誰かの目を気にしなくてもいい自由な時間と場所だから。

 そこでひとつ思いついた。

 仲良くなれる時間ってのは、何も昼休憩に限定した話じゃない。


『帰り、鳥越誘ってどっか行く?』


 うん、と伏見はうなずいた。


 ま、向こうが承諾すればだけど。


 黒板を見ながら、こっそり机の下で携帯をイジる伏見。


 後ろの席にいる鳥越の様子は、俺たちにはわからない。

 何度かやりとりをしたらしい伏見は、指で輪を作ってオッケーのサインを出した。


 鳥越にも多少は仲良くしようという気があるようでよかった。




 放課後を迎えて、伏見が学級日誌を書いている間、鳥越は席で携帯を見ていた。


「何見てんの」

「漫画」


 このデジタルっ子め。


「お待たせ!」


 ぱたん、と学級日誌を閉じて、伏見が鞄を手に席を立った。俺たちもそれに合わせて


「伏見さん、本当にいいの?」

「うん。そうじゃなきゃ誘わないよ」

「ううん……そういう意味じゃないんだけどなぁ……」


 困ったように、鳥越は頬をかく。


 話が見えず、俺と伏見は顔を見合わせた。


 教室をあとにして、学級日誌を職員室の先生のところまで届けに行き、俺たちは校舎から出ていく。


「諒くん、どこかあてでもあるの?」

「図書館とかどう? 学校のじゃなくて、市立の。近くに大きなやつがある」


 学校を早退したとき。母さんが仕事に行くまでの間、そこで時間を潰したことがあった。まっすぐ家に帰れば仮病(サボり)が一瞬でバレるし。


「鳥越、そこでもいい?」

「うん」


 話がまとまったので、そこへ向かうことにした。


 昼休憩に話をしたおかげか、鳥越は伏見のことをそれほど悪く思っているわけじゃないらしい。


 打ち解けたってほどでもないけど、そうなりつつあるのはたしかだった。




 歩いて五分少々で市立図書館に到着した。


「お、おっきい……」


 鳥越が思わずといった様子で声に出した。


「体育館くらいありそう」


 伏見のたとえは、まさにこの図書館を表す広さにはぴったりだった。

 本棚がたくさんあり、絨毯と図書館特有の古紙のにおいがしている。


「わたしたちはいいけど、諒くんは図書館で何するの?」


 伏見は、俺が本を読むなんてこれっぽっちも思ってないらしい。読書家っていうほど、本を読むタイプでもないからな。

 授業の宿題をする、なんて予想も、相手が俺じゃしづらいんだろう。


「何をするって、静かに窓際で読書」

「ふふふ」

「おい、笑うな。別に冗談で言ったわけじゃないんだぞ」


 鞄から、こそっと昼休憩に借りた本を出す。


「あ――それ」

「鳥越オススメのやつ。読んでるから。窓際で」

「さっきから何で窓際縛りなの?」


 伏見が言うと、ふふっ、と今度は鳥越が控えめに笑った。


 本好きは同士で積もる話もあるだろう。

 お邪魔しないように、俺は閲覧スペースのほうへ向かった。


 そこでは、受験生らしき三年生が何人か勉強していた。俺は邪魔にならないように、彼らから距離を置いて、宣言通り窓際の席に着いた。


 二人が本棚のほうへ消えるのを見届けて、俺は借りた本を開いた。


 たぶん、そんなに時間はかからずに仲良くなるだろう。



◆鳥越静香◆


「この小説、よかったよ」


 伏見さんの選球眼……もとい選本眼はなかなか渋い。


 私が知らない作家や、気になっていた作家の作品を読んだりしていた。


 読んだ作品が被ることは少なかったけど、興味はあるものばかりだったので、質問にもつい熱が入ってしまった。


「作中の雰囲気は、ちょっと暗いんだよ。ずーっと雨降ってるイメージ」

「伏見さんって……あれだよね……不幸な話好き?」


「あー……。そういう節があるかも」


 面白い、と太鼓判を押して勧めてくれた作品は、バッドエンドというか、主人公が追い詰められるものが多い。


 もっとフワフワした、ガーリーでドリーミーな感じの少女小説とかが好きそうなのに。


「意外」

「そうかな?」


 そのギャップも、彼女の魅力になってしまうんだろう。


 素直に、いいな、と思ってしまう。


 伏見さんが本を読んでいれば、知的なイメージがプラスされる。

 私が本を読んでいれば、暗いというマイナスイメージが増す。


「……どうして、誘ってくれたの? 私なんて、邪魔にしかならないのに」


 帰り道、二人でいつも帰っているのを知っている。


「言い出しっぺは、諒くんだよ。わたしも、仲良くしたいなって思ったから」


「……そう」


 あの人……何考えてるんだろう。


 どこにいるのか首を伸ばして確認すると、閲覧スペースにいた。宣言通り窓際でハードカバーの本を広げている。

 そして、頬杖をついて……寝てる。


 らしいな、と思って笑みがこぼれる。


「読書読書って言っておいて、寝てる」


 それに気づいた伏見さんも笑っていた。


「「窓際で」」


 たまたま声が揃って、くつくつ、と声を殺すようにして笑い合った。


 昼休憩のときも感じた。


 教室では、澄まし顔のプリンセスだけど、こんなふうにも笑うんだと思うと、私はこの人を嫌いになれなかった。


 だからこそ訊いておきたかった。言っておきたかった。

 ひとしきり笑ったあとの妙な間が、それを決意させた。


「伏見さんは、高森くんのことを好きな女子が現れたら、どうする?」

「どうって……。どうしたの、いきなり」


 想像したらしく、彼女の可愛らしい顔が複雑そうに曇る。

 そのあと、誤魔化すように浮かべた笑顔は、いつになく固い。


「私、高森くんのこと……好き……なんだと思う」



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