第二話

 あの死体が魔法の産物であることは火を見るよりも明らかだった。

 誰かが、何かをしている。

 しかも錬金術時代の魔法と同等の凶悪な魔法だ。

(錬金術と言ったらスレイフ老人だが、あの老人は今頃監獄の中にいるはずだ……)

 翌日、カラドボルグ姉妹の待つ遺体安置室モルグに向かいながらダベンポートは考えていた。

 捜査権は簡単にもらえた。そもそも魔法院が本腰を入れて調べようとしていたところだったらしい。渡りに船とばかり、すぐに捜査については全権委任するという。

 スレイフ老人は以前、ホムンクルスに関する禁忌抵触でダベンポートに逮捕されていた。スレイフ老人の家もダベンポートが魔力吸収マナ・ドレインの魔法陣を仕掛けたことにより、魔法が使えない結界となっている。

 そもそも禁忌抵触だ。もう、スレイフ老人が外に出ることはないだろう。

(しかし、あのじいさん以外にも錬金術時代の古い呪文に詳しい奴がいるとなると厄介だな)

 骨髄の鋼鉄化。ダベンポートはそれが現代魔法によるものとはあまり考えていなかった。肉体強化呪文は過去の遺物だ。それに、骨だけを選択的に鋼鉄化できる呪文は少なくともダベンポートが知る限り存在しない。あり得るとしたら安全性を度外視した昔の呪文、錬金術時代の古い呪文だけだ。

(うーむ、判らん)


「カレン、ヘレン、どうだ? 判ったかい?」

 ダベンポートは呪文に関する考え事は一旦やめると遺体安置室の両開きの扉を開けた。

「あ、ダベンポート様だ!」

「ダベンポート様だ!」

 白衣に白い帽子、マスク姿の二人が手術台から顔を上げる。

「全部わかりましたー」

 マスクの下で二人が笑っているのがかすかに判る。

 だが、例の遺体は手付かずのままだ。片足が取れた状態で手術台の上に横たわっている。

「だが、何もしてないように見えるぞ?」

「やりましたよー」

「「ほらー」」

 と二人は手術台の横のテーブルの上に広げられた写真をダベンポートに見せた。

 一見、白黒が反転した写真に見える。

 それは、人体を透視した写真だった。

「私たちね、最新鋭の技術を使ってみたんです」

「X線です」

 カラドボルグ姉妹は並んで胸を張った。

「東の方の国で作られた最新技術なの。これを使えば人間を透かして見えるの」

「凄いでしょ」

「X線?」

 ダベンポートはカラドボルグ姉妹に訊ねた。

「「そうでーす」」

「それを使うとね、人間の身体が透けて見えるのー」

「透け透けー」

「金属はX線を通さないから、白く残るの」

「ふーん」

 判ったような、判らないような。

 ダベンポートは頭蓋骨を撮ったと思しき写真を手に取ってみた。

 確かに、透けて見える。

「この、白い斑点はなんだ?」

「それが鋼鉄化している部分」

「頭蓋骨はなんだか斑らになってるの」

 その写真には、まるでパンチで切り抜いたような丸い斑点が写っていた。丸い斑点が重なり合って複雑な形になっている。

 そのほか、胸、腕、それに腰も見てみたが、どうやら骨が厚い部分が鋼鉄化しているようだ。肩甲骨や上腕の骨、それに胸骨にも白い斑点が浮き出ている。

 二人はマスクを取るとダベンポートの両側に立った。

「血管とかは関係ないみたい。なんかね、気が向くと鋼鉄化する感じ」

「狙って鋼鉄化してるんじゃないみたいなの」

「じゃあ脚は?」

 ダベンポートは訊ねてみた。

「これが反対側の大腿骨なんだけど、こっちは鋼鉄化してないの」

「不思議なの」

 二人は揃って写真を指差した。

 確かにこちらの脚は透けている。

「ああ、不思議だな。ますます判らん」

 ダベンポートは首を捻った。

「でも、こうすると少しわかりやすくなるかも」

 二人がわたわたとテーブルの周りを走り回り、写真を人間の形に並び替える。

「こうしてね、離れて見るの」

「見るの」

 ダベンポートは言われた通り、数歩後ろに下がってみた。

 なるほど、斑点は心臓を中心にして放射線状に広がっているようだ。

「ふーむ」

 顎の下に手をやり、少し考える。

「カレン、ヘレン、もう少し詳しく見てみたい。この遺体を修復するのにどれくらいかかる?」

「一週間くらいかなあ」

「専念したとしても結構かかると思うの。骨が切れないんだもん。糸鋸で切ってたら糸鋸の方が負けちゃった」

「時間がかかっちゃっても、いい? 私たち頑張る」

 二人が下から熱心にダベンポートの顔を見つめる。

 そんなに見られたら穴が開いてしまう。

「ああ。それで構わない」

 ダベンポートは頷いた。

「はーい」

 二人がにっこり笑って大きく頷く。

「じゃあ、頼んだよ」

 何やら楽しそうな二人の笑い声を背後に聞きながら、ダベンポートは遺体安置室を後にした。

…………


 その日、家に帰るとダベンポートはとりあえずお風呂にお湯を張るようリリィにお願いした。

「おかえりなさいませ、旦那様」

「それは後にしよう」

 腕から下げたインバネスコートを受け取ろうとするリリィに首を振る。

「とりあえず風呂に入りたい。今日は遺体安置室にいることが多くてね、なんか身体に匂いが染み付いたような気がする」

「まあ、それは大変!」

 リリィはすぐにぱたぱたとキッチンに降りるとお湯を沸かし始めた。

『旦那様、すぐに沸きますのでしばらくお待ちください』

 地下のキッチンからリリィの声がする。

「リリィ、僕は外に座っているよ。この身体で家の中には入りたくない」

 ダベンポートはインバネスコートを持ったまま外に出ると、玄関の前の階段に腰を下ろした。

「やれやれ」

 思わずため息が漏れる。

 一人なら別段これでも構わない。だが、このままリリィに会うのは嫌だった。何故なのかはダベンポートにも理由が判らなかったが、なんとなく気が引けてしまう。

 ひょっとするとリリィがあまりに無垢なためかも知れない。

(しかし、あれが仕事場だっていうんだからすごいよな)

 カラドボルグ姉妹はやっぱり少しアタマのネジが緩んでいる。

 いや、もう緩み切って抜けてしまっている可能性すらあるな、とダベンポートは苦笑いを浮かべた。

 見た目は小さくて可愛らしいんだがなあ。


 パッカ、パッカ、パッカ……


 石段に座ってぼんやりとカラドボルグ姉妹の事を考えている時、ふとダベンポートはゆっくりと馬が近づいてくることに気がついた。

 ダベンポートの家は袋小路の途中にある。

 この通りに来るという事は、その馬がダベンポートの家に向かっているという事だ。

(?)

 顔を上げて通りの向こうを見てみる。

 それは騎士団の馬だった。

 剣を収められる、特徴的な鞍の形。馬の上にはグラムの姿が見える。

「よおダベンポート」

 グラムは片手を上げた。

「どうしたんだ、そんなところで黄昏たそがれて」

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