【第四巻:事前公開中】魔法で人は殺せない16

蒲生 竜哉

鋼鉄の骨髄事件

その日、カラドボルグ姉妹がダベンポートの元に息急き切って訪ねて来た。二人によれば今修復している遺体の様子が変だと言う。これは魔法? それともクスリ? そこでダベンポートは姉妹と捜査を開始するが……

第一話

 その日は穏やかに始まった。

 今朝のメニューは最近気に入っているエッグズベネディクト。少し手間がかかるのだが、リリィは嫌がらずに作ってくれる。リリィのエッグズベネディクトは多彩で、毎日違うタイプのエッグズベネディクトを出してくれた。あるときはベーコンとレタス、ある時はマッシュルーム。スモークドサーモンが乗っていることもある。

「それでは行ってくるよ、リリィ」

「行ってらっしゃいませ、旦那様。お気をつけて」

 リリィにコートを着せてもらい、晴れやかな気分で家を出る。

 天気は薄曇り。そよ風が微かに春の気配を纏っている。

 王国の長い冬が終わる。

 最近、めぼしい事件がないため少々退屈だったが、それでもダベンポートの気持ちは晴れていた。

 こんな穏やかな日々も悪くない。

 ダベンポートはいつもは使わない遠回りの方の道を使って池のほとりを回ると、魔法院の建物へと歩いて行った。

…………


 それはお昼過ぎのこと。

 ダベンポートが自席で過去の事件の書類の整理をしていると、何者かが慌ただしく階段を駆け上がってきた。

 階段に繋がる廊下に足音が反響する。

「ダベンポート様あ!」

「おーいおーい」

 いつも遺体安置室モルグに詰めているカラドボルグ姉妹だ。

 二人は白衣のまま階段を駆け上がると、ダベンポートのいるオフィスの入り口からダベンポートを呼ばわった。

「なんだ、カレンとヘレンじゃないか」

 ダベンポートは二人に手を振った。

 だが、すぐに血まみれの白衣を見て眉を顰める。

「カレン、ヘレン、人前に出る時は、せめて血がついていないものを着て欲しい」

「大丈夫、みんな慣れてるから」

 どうやらやんわりとたしなめても効果はないらしい。

「えへへ」

「うふふ」

 カレンとヘレンが明るく笑う。

「大丈夫じゃない」

 ダベンポートはため息を吐いた。

 こいつら、相変わらずアタマのネジが緩みきってる。

「で、今日はどうした?」

「あのね、大変なの」

「なの」

 二人はダベンポートの両側にすがりついた。

「ダベンポート様、来て♡」


 仕方なく、ダベンポートは二人に引きずられるようにして地下の遺体安置室に赴いた。

 いつ来てもここは気持ちの良い場所ではない。ここに詰めていたら、普通の人間でもアタマのネジが緩むかも知れない。

(こいつらがおかしいのは資質じゃなくて、仕事のせいなんじゃないか?)

 ダベンポートは思わず疑わしげに二人を見つめた。

「ダベンポート様、これ見て」

 だが、カラドボルグ姉妹にそんなダベンポートの様子を気にかける様子はない。

 姉妹の一人は小走りに手術台に駆け寄ると、かけてあったシーツを剥がした。

 すぐに黄色く変色した遺体が現れる。

「「これ、変じゃない?」」

 姉妹が声を揃えて指差したのは二人が先ほどまで作業していたと思しき大腿の部分だった。

 骨の表面が削り取られ、中から鈍く輝く金属が露出している。

「……これは?」

 ダベンポートは興味を引かれ、手袋をしてからその遺体の大腿骨に触ってみた。

 骨の表面が砕けている。

「この人ね、馬車に轢かれて道端で死んでいるのが何日か前に見つかったの」

「でね、身元を割り出したいからって私たちの所に運び込まれたんだけど」

「「なんかね、変なの」」

「なんか変どころじゃないぞ」

 ダベンポートは金属部分に触ってみた。

「骨髄が金属になっているなんて聞いたことがない」

「「でしょ?」」

 二人がうんうんと頷く。

「変なおクスリを飲んだのかな?」

「まさか」

 ダベンポートは首を横に振った。

「錬金術じゃあるまいし、そんな変なクスリがあるとは思えん」

「そですよねー」

「よねー」

「…………」

 ダベンポートはしばらく黙ってその骨髄を見つめていたが、やがて心を決めると二人に言った。

「カレン、ヘレン、ちょっとこの骨をいてみてくれ」

「剥くの?」

「そうだ。骨髄を残して表面を削り取ってくれ」

「「はーい」」

 二人はすぐにマスクを付け直すと、ノミとハンマーを持って両側から大腿骨を削り始めた。

 ガチン、ガチン……

 人間の身体を削っているとは思えない嫌な音がする。

「股関節を外すんだ。股関節から膝の上まで骨髄をむき出しにしてくれ」

「「はーい」」


 むき出しになった大腿骨の骨髄は真ん中が金属、股関節と膝関節に向かって金属部分が徐々に普通の骨髄になるという気味の悪い状態だった。

 接合部分は蜂の巣のようになっている。

「……進行性なのか」

「わかんないけどそうかも」

「こういう死体を他に見たことがあるかい?」

 ダベンポートは両手にノミとハンマーを持ったカラドボルグ姉妹に訊ねた。

「んーん」

「こんなの初めて」

 二人が首を横に振る。

「ふーむ」

 異常な死体だ。何をどうすればこんなことになるんだろう?

 ダベンポートが考え込む。

「カレン、ヘレン、この死体を調べてみてくれないか。他の部分も骨を剥くんだ。どこまでが金属で、どこまでがまだ変化していないかを突き止めてくれ。その間に僕は上と掛け合って捜査権をもらってくる」

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