第82話 高枝切り鋏

 ぱったりとミリタリーアントが出なくなった。

 スタンピードを撃退したから絶滅に近くなったのか。

 いや数百も女王蟻が孵っていればあのくらい数は瞬く間に補充してしまうに違いない。

 それよりも死魔法が破られたのでミリタリーアントに対する対策を何か考えないとな。

 たぶん時間は稼げたと思うから、少し考えてみよう。


 マリリの店に行ったら、開店前から冷却地雷の注文が引っ切り無しに入って大騒ぎだ。

 冷却地雷は他の虫魔獣にも効果があるそうで、大評判になっていた。

 モリー、ユフィア、リンナの三人はその生産で手が回らないみたいだ。

 冷却地雷メイカーがあるから魔力さえあれば誰にでも生産できるが、無限に近い魔力を持っているのは三人だけだ。


「チャンスなのよ。チャンスなのよ。絶対チャンスなのよ」


 ゴーレム騎士団の一同を前に力説するマリリ。


「マリリさん、何興奮しているの」

「ああフィル。冷却地雷は大ヒット商品だわ。それは間違いないけど。色々な人々に脚光を浴びている今がチャンスなのよ。次の矢を放たないといけないわ」

「新商品のネタがほしいって事ね」

「ヒット作を考え出した人には金貨十枚を払うって事にしたの。ゴーレム騎士団のメンバーにたった今、言ったところなのよ」

「俺でもいいのかそれ」

「新しい店の店員にも通達したから、特例でフィルも良いわよ」

「新商品ね。考えてみる」


 ミリタリーアントの対策を急がなくてはならないけど、ひょんな事から糸口がつかめる事もある。

 寄り道も無駄というわけじゃないかも。


 民家の庭で果物を採っていた。

 たしかピミナンだったよな。

 子供の背では果実まで届かない。

 大人でも厳しそうだ。

 棒で使って落とそうと懸命に叩くのだが。

 叩くと果実の汁が飛び散り採っている人に掛かる。

 不便この上ない。


『こういう時は高枝切り鋏。今ならのこぎりもお付けします』


 ライタが言った言葉を考えて見た。

 棒状のゴーレムを作れば実現可能だ。


 そうだ、新商品にどうだろう。

 さっそく材料を仕入れて作成に取り掛かる。

 ゴーレムなので簡単に出来た。

 簡易魔道具でゴーレムを動かすと、はさみが動くと同時に物を挟む所も動作する。

 こんなに簡単に出来ていいのかな。


『これだ』

「何っ」

『ミリタリーアント対策。多腕ゴーレムだよ』

「ミスリルより硬いんだよ」

『関節技を掛けて動けなくすれば、後は液体窒素でなんとかなる』

「狭い所で液体窒素使っても大丈夫なの」

『空気タンクがあるじゃないか』

「そうかそれがあったな」


 ミスリルで多腕ゴーレムか。

 蟻の天敵である蜘蛛の名前を借りて蜘蛛人ゴーレムと名付けよう。

 ようはキメラゴーレムって所だ。

 実戦で役に立つかな。

 ミリタリーアントが居ないので、仮想敵として石でアントゴーレムを作る。

 アントゴーレムに蜘蛛人ゴーレムが取りつく。

 駄目だな。

 身体が小さいので力負けする。

 多腕もそれほど役に立たない。


『良いアイデアだと思ったんだがな』

「つまり絡みつかせれば良いんだ」

『おっ、閃いたか』

「ジェル状の物をゴーレムにして、絡みつかせる。そして背中を液体窒素冷やす」

『上手く冷えるかな』


 とにかくやってみようという事でやってみた。

 絡みつかせて背中に液体窒素を掛けるとジェルのゴーレムが凍りついた。

 カチンコチンだ。

 関節技というより接着剤で固めたようだ。

 振りほどく力が強くなければ有効だろう。

 ジェルのゴーレムはスライムゴーレムと名付けておいた。


 ジェネラルアントのスキル構成を考える。

 魔力をはねつけるスキルがまずある。

 名前がないと不便なので、魔力防護としておく。

 魔法が掻き消えたから魔法防御も持っているな。

 身体が硬いので鉄皮。

 そしてあごの力も強いから筋力強化。

 こんなところだろう。

 ミリタリーアントが出現するまで、スライムゴーレムはお預けだ。




 マリリの所へ新商品の説明に行く。


「どうです、これは」

「そうね。凄い用途が限られる商品よね。どうなんでしょう」


 マリリは浮かない顔だ。


「試作品も十個作ってきたから、現地の人に試すように言ってよ」

「ええ、試さないで評価するのもね」


 翌日になり。


 ドアを叩く音で目が覚めた。

 この魔力の色はマリリだな。

 慌てているようだけどどうしたんだろう。


「はい、今出るよ」

「あれ、あのハサミ。量産して」

「そんなに好評なの」

「この辺りで手広くやっている商会に試作品を持って行ったら。朝一番で千個注文が入ったの。なんであんな棒の先にハサミを付けた商品が売れるのかしら」

「この辺りは森だろ。エルフは樹が好きだ。そして、どの家にも果樹が植えてある。必然だよ」

「なんか悔しいわね。フィルに商売で負けた気がする」

「ちなみに、モリーとユフィアにもハサミの簡易魔道具は作れるから」


 朝食を終えてくつろいでいると、モリーが駆け込んで来た。


「横暴に我々は断固反対する」

「そんな難しい言葉どこで覚えたんだ」

「受け入れ反対って叫んでいた人が言ってた」

「何が横暴なんだ」

「簡易魔道具作るのが忙しくって、遊べない」


「そうか、可哀相だな。ハサミメイカーを作るから、仕事が魔力充填だけなら良いだろ」

「うん」


「そのうち、メイカーを作れるようにならないと」

「回路魔法は難しい」

「そのためにもハサミの簡易魔道具を作る仕事を回したんだ」

「遊ぶのに飽きたらやってみる」

「しょうがない奴だな。遊ぶのもほどほどにな」

『いや、子供は遊んでいるもんだろ』


 ライタの世界ではそうなんだろう。

 この世界では子供が働いているのも珍しくない。

 俺が領主にでもなったらライタの理想を実現するのも楽しいかもな。


「ユフィアちゃんに伝えてくる」


 モリーは駆け足で去っていった。

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