第37話 ティルダの入門

 なんとなく道場に足が向いた。


「こんにちは」


 俺は師範に挨拶した。


「ちょうどいい所にきたな今からティルダの入門試験だ」


 ティルダはあれから沢山スキルを獲得したのだろうな。

 丸太の前にはティルダがいて周りには門下生が沢山集まっていた。




「よし、始めろ」


 師範の合図でティルダが動き始める。


「筋力強化、水魔法、斬撃強化、強打」


 斜めに剣線が走り、丸太はずれてズシンと音を立て転がった。

 ティルダ、遂にやったな。




 ティルダの側に行き声を掛ける。


「伝言は見たか」

「うん」


「そうだ、試験合格おめでとう」

「ありがとう」


「今は魔力操作は使ってないだろうな」

「強打スキルを再現してから使ってないわ」




「魔力操作は何か不都合が出たか」

「強打を再現しようとして腕を痛めたわ。ポーションで治したけど、安易な再現は危険かも」

「もう魔力を感じるのは想像しないように」

「分かったわ」

「くれぐれも、禁忌に踏み込むような真似はするなよ」


「魔力操作は良いのよね」

「何をするんだ」

「魔力放出と組み合わせると、良い具合に剣に炎をまとわせる事が出来るの」

「へぇ、そんな事が」

「筋力強化スキルと組み合わせると一部分強化とかも出来るし、便利なスキルよ」

「くれぐれも気をつけてくれ」

「ええ」




「ところで、入門に何か思い入れがあるのか」

「孤児になった時にね。最初に借りを作ったのが師範なの。その借りをなんとか返そうとしているところ」


「借りって言うと」

「食事を貰ったのよ。人間はね。楽なほうに流されやすい生き物だって師範に教えてもらって。施しを受けるのはどうにもならない時だけにしとけって」

「それで借りって訳か」

「借りは稼いだお金で師範に食事を奢って返したけど、まだ借りを返しきれないみたいな気がするの。有名になってこの道場の名を上げたいわ」


「施しは受けない。今でもそうなんだな」

「スラムではね。施しが当たり前になると、感謝の念を忘れるのよ。そういう奴は盗賊になる」


「他にも師範に教わったのか」

「人間としての譲れない部分は守れと教えられたわ。悪党にならなかったのはこのおかげね」


「よし、お祝いをさせてくれ。お祝いは良いだろ」

「そうね」




 道場を後にして二人で高級そうなレストランに入った。

 こういう所に入った事がないから勝手が分からないけどなんとかなるだろう。


「えーと、冒険者でも良いのか」


 俺は入り口の近くで席の案内の為に立っている店員に声をかけた。


「どのようなお客様でも当店ではおもてなし致します」

「なら二人だ。案内を頼む」


 俺達は席に案内され、メニューを渡された。

 ライタに前に聞いた事がある。

 接待で行ったコース料理が美味かったと。

 テーブルのベルを鳴らし店員を呼ぶ。


「コース料理みたいな物はあるか」

「ございます」

「では二人ともそれを。それとワインを適当に持ってきてくれ」

「かしこまりました」


 店員はオーダーを受け付け下がって行った。




「フィル、私こんな高級な店で食べた事ないのだけれど」

「俺だってない。恥をかいたって良いさ。俺なんか奴隷上がりだぜ」

「私もスラム育ちだから、似た物同士ね」


 しばらくして、ワインと前菜が運ばれて来た。


「ワインはキャルノードの聖暦368年物です。前菜はグリフォンの寄せ物と生ハムと薬草の盛り合わせでございます」


 薬草、美味いのか山菜って事なのだろうな。


「ティルダ、さあ頂こう」

「「この糧が血肉となりスキルになりますように」」




 うん、普通に美味い。

 薬草と生ハムが合うなんて意外だな。


 グリフォンの寄せ物は変わった食感だ。

 肉を固めている透明なのは何かな。

 スライムじゃないだろうな。

 美味いから文句はないけど。

 ティルダをみたら、ワインを飲みながら一気に食べていた。

 量が少ないので物足りなそう。




 俺達が食べ終わったのを見て店員がスープを持って来た。


「宝石かぼちゃのポタージュでございます」


 宝石かぼちゃは知っている。

 庶民の味方が岩石かぼちゃなら、高級の代名詞は宝石かぼちゃだ。

 食べてみると甘みとコクがもの凄い。

 ティルダもフーフーしながら、盛んにスプーンでかきこんでいた。

 気にいってくれたようだ。




 店員がメインの料理を持って来た。


「オーク肉のステーキ、肉汁ソースでございます」


 オーク肉は食べなれているのであまり感動はないが、ソースが美味いので新鮮な感じがする。

 肉もいつも食べているのより柔らかくて肉汁たっぷりだ。

 きっと下処理が良いのだろう。

 パンも柔らかさがいつも食べているのとは雲泥の差だ。




 最後はデザートだ。


「魔境産リクスの実のシャーベットでございます」


 これどうやって冷やしたのだろう。

 やっぱり魔道具かな。

 冷却スキルで冷蔵庫作る予定だったけど、今はマリリが簡易魔道具を売る事ができない。

 商業ギルドの件が片付いたら大々的に売り出そう。


 そして、お茶を頂いて食事を終えた。




「どうだった」


 店を出てティルダに感想を聞く。


「美味しかった。死にそうになるほど腹が減った時に食べた食事も美味しかったけど、今日の食事も同じぐらいだったよ」


「さて帰るか」

「お礼に何かしてあげようか」

「どんな事なら良いんだ」

「えっちな事でも良いよ」

「えっ」




「嘘だよ。何、赤くなってるのよ。何を想像したの」


 これは刺客に襲われて麻痺した時だったっけ。

 口移しで薬を飲ませないといけないなんてティルダが勘違いしたんだよな。

 もしかして、その時の意趣返しかな。


「いや想像なんてしてないよ」




「そういう事にしておいてあげるわ。えっちじゃない、お礼はしても良いよ」

「じゃ、スキルを教えてくれ」

「フィルに無いのは種火、強打、俊足だけど、どうする」

「何か覚えのあるスキルだな」


「師範に手本を見せてもらったの」

「やっぱりな。試験の時に俊足を使わなかったのはなんで」

「慣れてないから、制御が難しくって」


「種火は持っているから、強打、俊足を教えてくれ」

「良いわよ。俊足、強打」




 俊足は空気を吸い込み噴出して足を早めていた。

 念動じゃないんだな。

 念動はスピードが思ったより出ない。

 貫通は念動だけど、回転しているので威力が出るのだろう。


 強打は重力魔法を使っている。

 教えてもらわなくとも自力でなんとかなりそうなんだけど、教えてもらう方が安全な気がする。

 魔力を感じるのが危ないと言われてから、自力でスキルを開発するのも危ない気がした。

 今後はスキルを見せてもらって覚える事にしよう。

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