【シンデレラ】ハイカブリ
お城に到着したときは、ちょっとした騒ぎになった。そりゃ、これだけ派手な馬車に乗っていればね。
「ねえ、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
「いいから早く降りなさい。時間ないって言ったでしょう」
「でもさあ……」
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけたらしい王子様が来てしまった。
「ほら、早く行きなさいったら」
「きゃっ」
おかーさんに背中をぐいっと押されて、私はすっ転びそうになりながら馬車を降りた。
「おっと危ない」と王子様らしき人が腕を支えてくれる。そのまま、手を取って私の顔をじっと見る。
「あの、なんかついてます?」
「そうですね……かわいい目と口と鼻がついてますよ」
んーと、なんか女馴れしてる?
「ぼくと躍っていただけますか?」
若干不安を感じておかーさんを振り返ると、こぶしを振り上げ「ゴーゴー!」と言っている。
「あの……踊りはそんなに得意じゃありませんけれど」
「なに、あんなのどうせ形だけですから、それらしくクルクル回っていればよいのです」
「はあ、そうですか。では、よろしくお願いします」
ためらいがちに手を差し出すと、おーじ様がそっとエスコートして、白へと続く階段をのぼりはじめた。そこかしこから「はあ」というため息が聞こえた。
大広間で、ろうそくの灯に照らされながら、私はおーじ様とゆらゆら揺れている。ときどき、くるっとターンをする。そのたびに、そのたびに、年頃の女性たちが「はあ」と小さなため息を吐く。そのうちため息で広間じゅうのろうそくが消えてしまうかもしれない。
回りながら、ねーさんたちを見つけた。悔しそうな、にらみつけるような表情でこっちを見ている。ああ、きっとあとでひどい仕返しをされるんだろうな。
「あまり楽しくなさそうだね」
おーじが突然話しかけるので、私は慌てて笑顔を作る。
「そんなことないですよ。ただちょっと、先のことを考えると憂鬱で」
「なぜ?」
姉にいじめられるのが怖いからですよー。
曖昧に微笑み返すと、おーじは別の解釈をしたらしい。
「大丈夫。あなたは十分優雅に踊れていますよ」
「まあ、ありがとう」
もう3回くらいおーじのつま先を踏んづけているのだけれど。
「ところで、まだ名前も聞いていなかったね」
「名前は……灰かぶり」
「へえ、変わった名前だね……ハイカブリ。いや、素敵な名前だと思うよ、うん」
「ただのあだ名よ。姉さんにつけられたの。本当の名前は、次に会うことがあれば教えてあげます」
というのは、おかーさんのアドバイスの一つである「ミステリアスな感じを出す」を実行するため。こんなことで本当に心をつかめるなら、みんな苦労しない。
「そっかぁ……次に会ったときかぁ……」
おーじは目をキラキラさせている。恐れを知らない少年のような瞳だった。きっとこの人は恵まれた環境で育ったのだろう。
「あっ、ごめんなさい」
私はわざと彼の足を踏んづけた。
「うっ……大丈夫。気にしないで」
私、この人となら上手くやっていけるかもしれない。
華やかな人だかりの先頭にたたずんでいるおかーさんが、視界の端に映る。
「どう?」と首をかしげるので、私は「うん」とうなずいた。
おかーさんが腕を振り上げ、パチンと指を鳴らした。
とたんに、ろうそくの灯が1本残らずぱっと消えて真っ暗になった。
広間はパニックに陥り、そっちこっちで悲鳴が上がる。
「なんだ!?」
おーじもびっくりして辺りを見回している。
「時間切れだわ。また会いましょう」
私はおーじの耳にささやくと、するりと腕から脱け出した。
「あっ、待って!!」
さっと広間を駆け抜ける。ちょうど12時の鐘がゴーンと鳴った。
あら、どっちが出口? 暗くてよく見えない……
「こっちよ、さあ急いで!!」
おかーさんが手を引いてくれる。
「あっ、靴脱げた!」
「放っておきなさい! 今正体がバレたらすべてが水の泡よ!」
ゴーンとまた鐘が鳴る。
仕方なくそのまま外まで突っ走った。
駆け込み乗車で馬車が発進する。
お城がすごい勢いで遠ざかっていく。
ゴーンと7度目の鐘が鳴った。
「はあ……はあ……ギリギリだったわね」
おかーさんはユーレイのくせに、肩で息をしていた。ドレスで走った私はもっとひどかった。
「ぜえ……はあ……何も、こんなに慌てなくてもさあ……」
ゴーン
「あなたがぐずぐずしているからよ。早めに決心してくれれば、もっとゆとりがあったのに」
ゴーン
「人生を左右する大事な選択だよ? そんなすぐに決められないよ」
「そんなこと言って、ただダンスを楽しんでいただけじゃないの?」
「うっ……」
否定できない。
「まあいいけどね。おかーさんも楽しかったし」
ゴーン
「それはそうと、言っておかなくちゃならないことがあるわ」
「えっ、何?」
「鐘が12回鳴り終わったら、魔法がとけるから」
ゴーン
「……え?」
今何回目だった?
ゴーン……
鐘の響きが消えていくのと同時に、私は勢いよく地面に放り出された。豪華なドレスも汚いグレーの服に戻っている。
「いたた……」
「というわけで、悪いけどこの先は歩いて帰ってちょうだい」
「えーっ、いやよこんなに暗いのに」
「これまでの暮らしを考えたたら、このぐらいどうってことないでしょ。それに、残念ながらおかーさんも帰らなければならないわ」
おかーさんは私の顔を両手で包みこんだ。
「うまくやるのよ。お幸せに」
チュッとおでこにキスをして、おかーさんは風になった。
家までまだけっこう距離あるんだけどな。
あーもう、なんか泣けてきた。
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